第12話 王宮内の探検
ビンデは、見張りの兵士にアルフレドの所在を聞くが、兵士はみな要領を得ない。
「まったく、あのアルフレドってやつは何なんだ?」
ブツブツと文句を言いながら、宮殿内を巡り、一階に降りていくと、出口に向かう市民たちの姿が見えた。その先の正門は夕焼けに染まり、どこかもの寂しさを感じさせる。
「あれ、ここはどこだ?」
戻ろうとしたが、いつの間にか迷子になってしまっていたビンデ。舌打ちして、引き返そうとしたとき、ふと立ち止まる。静まり返った宮殿内に、どこからか、自分を見つめる視線を感じたからだ。
ビンデは自然を装い、歩きはじめた。すると、相手も付いてくる。 ビンデは宮殿内を迷いながらも、なんとか控室に戻った。
部屋の入口で、エントラントの民族衣装を着た行商人と芸人が、何やら真剣な眼差しで話している。
「ごめんよ」
脇を通って、中に入ると、控室はまだ様々な人々が残っていた。
「それにしてもお腹が減ったねえ。朝しか食べてないんだよ」
ビンデが腰を掛けるとセッツがつぶやいた。
「何となく予想はしていたが、客の扱いが最悪だな。王宮ってやつは」
ビンデは吐き捨てるように言った。
「何だって?トッポビがヤラれたせいで、他の対戦相手を用意しろだと?」
入口の芸人の男が声をひそめ、目を剥く。
「ああっ、国王が急遽、対戦相手を探しているらしい。しかし、トッポビをたった一人で倒したヤツが相手らしい」
行商人はグルムングである。
「どうする?そんなのと戦えるヤツなどいないぞ。しかも計画はどうなる?トッポビを暴れさせる計画……」
「決行は変えられん、考えるさ。それにそのムン族の奴隷、トッポビの爪を受けて瀕死のようだ。ただ、そのまま死を待たせるより、対戦させて、敗戦を観客に見せることが、王の狙いらしい」
「よく分からんが……ムントにやらせるか?」
大道芸人は控室の中の一人の男を見た。
「奴なら、間違いなくとどめを差せるだろう。問題は計画の方だ。予定が狂った調整はどうするつもりだ?」
「分かっている。俺が後で、アムストロングと打ち合わせる」
とグルムングが去って行き、もう一人の男が控室に入って来た。
控室は先ほどより人は減ったが、まだ多くの人がいる。彼らは国内外の曲芸師や踊り子などの芸人であった。話を聞くと、急遽、晩餐の余興に呼ばれることがあるので、王宮に残ることが許されているという。昨夜、カンザスで見た大道芸の一団もその中に含まれていた。
「よかったら、食べない?」
先程から、「お腹が空いた」を連呼していたセッツに対し、正面に座った踊り子の女性が風呂敷の中から取り出した乾いたパンを砕い前に差し出した。
「ああ、いいのかい?ありがとう」
セッツはカラカラに乾いた硬いパンを素直に受け取ると、ビンデとヤーニャに見せる。
「食べるかい?」
ビンデは手を広げ、いらないとジェスチャーで示し、ヤーニャは頷く。
セッツはパンを砕こうとするが硬くて割れない。仕方なしにヤーニャに手渡す。ヤーニャはパンを砕いて、母に手渡した。
セッツはパンを口の中に入れて、歯のない口の中でモゴモゴとさせる。
「……しかし、今日は厳しいかもしれんな」
ビンデの隣に座る力自慢の大男が、その隣の大道芸人と話している。
「何しろ、拳闘士の闘いが急遽組まれるらしい。だから、芸人の出番はないかもしれないな」
「何でも最強の戦士が、最後の闘いをするらしい。これで勝てば、自由の身になるそうだ」
異国の彫りの深い顔をしている。恐らくエントラント人だろうとビンデは思った。
「奴隷がか?そんな話、聞いたことがない」
隣の小さな大道芸人が驚く。
「今の国王は変わっておられるからな。あるんじゃない、そういう事も?」
踊り子が言った。
「しかし、見てみたいな。その最強の戦士と言われる男の闘いを」
大男が両手を合わせて言った。
聞き耳を立てていたビンデが急に立ち上がった。
「もうひた?(どうした?)」
口の中のパンをもぐもぐとさせ、セッツが聞いた。
「ん?寝る前にもう一度、アルフレドを探しに行く」
「やんな、ぱたぃい……ぱまくはえっへくまるんぱみ(あんた、またかい?……早く帰ってくるんだよ)」
廊下を歩き、ビンデは素早くトイレに入った。
後を付けていた男が、柱の陰に隠れて、ビンデが出てくるのを待つ。
トイレの中に入ったビンデは。中に誰もいないことを確認すると、首の後ろからマントを引っ張り出し、徐に被った。
すると、体が透明になり、姿が消える。
「王宮内をくまなく見てみるか。ククククッ」
いたずらっぽく笑って、外へ出る。
ビンデは真っ直ぐ、見張りについていた男の隠れる柱へ行って、思いっきり顔を近づけてみる。
見張りの兵士はトイレの入口を見つめたまま、たじろぎもしない。
ビンデは笑いを必死に堪える。ちょっと離れた所で口を開き、生暖かい口臭を吹きかけてみる。少しして、見張りは鼻をひくひくさせてつぶやく。
「臭いな」
と、徐に腰の短剣を抜いて、何もないはずの空間を見据えた。
ビンデは口を結んで息を止める。その距離、僅か数十センチ。剣を払えば、ビンデの体を刃が捉える距離だ。
「おかしい?気配がしたような……気のせいか」
しかし、見張りの兵士は剣を鞘に仕舞った。
ビンデは見張りに背を向け、足音をさせない様に歩き始める。すると、消えていたビンデの体が、シルエットのように何もない空間から現れた。
見張りには、何もなかった空間に突然、黒い物体がふわりと現れて、浮遊しているように見えた。まるで、幽霊が現れたかのように……。
実はこのガリアロス王宮には、長い歴史の中で、数々の悲劇があり、幽霊が出るという噂も枚挙にいとまがない。
「うッ……」
見張りは固まったまま、動けなくなってしまった。
「危なかったな……ああいう人種はからかうもんじゃないな」
ビンデは歩きながら、右手人差し指に嵌めた指輪を撫でた。すると、指輪の青い宝石がぼんやりと光りだす。
「こっちか」
階段で一階に降りる。王宮内はすっかり静まり返り、役人の姿も消えていた。
足音が廊下に響くのを忍び足にしながら、ビンデは歩いて行く。
見回りの兵士が時折、通路を巡回しているが警戒心はなく、御座なりの警らと言ったところだ。
「危険な侵入者がここにいるとも知らないでいい気なもんだな」
下へと続く階段を見つけ、ビンデは躊躇なく下りて行く。
地下は薄暗く通路も途端に狭くなっており、階段を降りきると兵士が二人立って通路を塞いでいて、その後ろに格子扉がある。
「やっぱり、そうあまくないか」
どうしようかと思案していると、上から数人の足音が降りてくるのが聞こえてきた。ビンデは狭い通路の壁に思いっきり背中をくっつけて、人が降りてくるのを待った。
すると、四人の兵士が鍋やかごを手に階段を降りてきた。
「ご苦労さん。いい匂いじゃないか、今日はなんだ?」
見張りの兵士が格子戸のカギを開けながら聞いた。
「肉の煮込みにニラパンだ」
料理を運ぶ兵士の一人が答えた。
「奴隷の飯にしては、随分豪勢じゃないか。どういう風の吹きまわしだ?」
「ルーカスの最後の試合だから、国王様が特別に用意させたものだ」
「そうか。国王様も酷なことをする」
看守は顔をしかめ、つぶやいた。
「食べれそうもないか?」
「ああ、生きているのが不思議なくらいだ」
「そうか……」
食事を運ぶ兵士たちが、格子扉を通り抜けるのについて行くビンデ。
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