第11話 接見審査待合室にて



「接見審査?何だいそれ?」


 ビンデは二階へ上がったところで、アルフレドに聞いた。


「国王様に接見する市民は、必ずこの審査を受けなくてはなりません」


 アルフレドは当たり前のように答える。


「えっ?だって俺たち招待されたんだぜ。おかしいだろ、審査されるなんてさ。じゃあ、ここで審査に通らなければ、どうなるんだよ?帰されちゃうの?そんなの変だよね?王様が呼んだのに、役人がそれを会ってはダメだって、止めるのは」


「これは、あくまでも形式です。国王に会うのです。どんな輩か、一応、確かな目を持って審査しなくては、とそういう建前です。無論、招待状が有るので、何の問題もなく審査は通るはずです」


「フーン。なんか、納得いかないんですけど。どういう人物か、普通よぶ前に審査しておくんじゃないの?仮にも王様の家来を名乗るのなら。それで問題がないから招待状を送るんじゃないの?順番が逆のような気がするんだけど?」


「控室はそこになってますので、呼ばれるまで、そこでお待ちください」


 アルフレドはビンデを無視して、廊下の先の部屋を指して言った。


「えっ、控室で待つの?」


「はい、他にも大勢、審査を待つ人々がいますので」


 廊下には審査室へ続く列が続いている。


「あのさ……」


 振り返るとアルフレドの姿は消えていた。


「……まったく、あのクソオヤジっ」


「ビンデ」


 セッツが下から声を掛けてきた。


「ここまで来たら、私たちゃ、まな板の上の鯉だよ」


「……分かってるけど、なんか、腹が立つ」


 控室に入っていくと、様々な格好をした老若男女が座る場所もないほどすし詰め状態であった。


「これ、全員、接見審査待ち?」


 ビンデは驚き、独り言のようにつぶやいた。


「お婆さん、ここが空いてますよ」


 入口に立っていると、部屋の隅の椅子に座る若い婦人が声をかけてきた。


 セッツは頷き、言われるがままに横の僅かに空いた長椅子に腰を掛けた。


「この人たち全員、王様に何かを訴えに来たのかねえ?」


 セッツが若い婦人に聞いた。


「いいえ。私もそう思ったんですが、どうやら、この人たちの中には、国王様の夜会に出し物を見せる芸人も混ざっているようです」


 若い婦人は丁寧に答えた。


「そうですか……あなたは王様に何かを訴えに来たのかえ?」


「ええっ……まあ」


 若い婦人は曖昧な笑みを浮かべた。


「我々は国王に招待されて来たんですが、こんなところで待つことになるなんて。いったい誰が悪いのか、王宮の手続きって、面倒なことばかりですよ」


 ビンデが苦笑いをした。


「ホントにその通りです。私も今朝からたらい回しになって、ほとほと疲れはててしまいました」


 若い女は、目の下にクマを作り、本当に疲れた表情をした。


「僕の名はノースランド・ビンデといいます。母のセッツと姉のヤーニャです。ナターシャから来ました」


 ビンデが自己紹介する。


「パムル・リターです。オーブンから来ました」


「えっ?オーブン?ラク酒の原産地じゃないですか」


 ビンデのテンションが上がる。


「そうです。よくご存じで」


「ええ、ラク酒には目が無くて、毎晩飲んでます」


「そうですか。ありがとうございます」


 リターは丁寧に頭を下げた。


「この子は飲んだくれでね。毎晩飲みに出かけているんですよ。いうなれば、ラク酒は元凶……」



 セッツが口を挟む。


「そんなことは、今はいいんだよ。母さん」


 ビンデは、母の言葉を遮って、早口で言った。


「では、もしかして、ラク酒増税の差し止めか何かで、王に接見を願い出るのですか?」


「そうですッ」


 リターは驚きを隠せず頷いた。


「僕もラク酒増税には大反対なんですよ、ラク酒愛好家としては。ラク酒は庶民の生きがいなんです。それを増税なんて許せないって、地元の酒場でもいつも言ってます。国王に会ったら、絶対に文句を言おうと思っていたんです」


「まあ、本当ですか?」


 リターの顔がみるみる笑顔になった。


「当たり前ですよ。それに増税することにより、どれだけ不利益を被るか、国王は分かってないんです。利益が下がることは勿論、ラク酒の製造、販売の影響。その他に原材料の農家だって、この先、大変な苦境になる。国王だって分かっているはずなのに、何を考えているのか……」


「ビンデ」


 ヤーニャが珍しく、ビンデを窘めた。部屋の周りでは兵士が聞き耳を立てている。


「……まあ、そんな具合です。すみません。勝手に自分だけ話をして」


 すると、リターが急に目を潤ませ、鼻をすすった。


「えっ?どうかしました?」


 驚くビンデ。


「いえ、ありがとうございます……ここまでずっと張り詰めてきたものですから。嬉しくて……すみません」


 リターは目頭を手で拭った。


「お嬢さん」


 セッツがハンカチを取り出し、リターに手渡した。


「……ありがとうございます」


 受け取り、涙を拭く。


 ビンデは顔を赤らめて、あらぬ方を見ていた。


 それからリターとビンデたち親子はすっかり打ち解け、ラク酒の製造のことやオーブンの話、ビンデたち親子の話などをして、時間が過ぎてゆく。


「今日は此処までだ。また明日、出直すがよい」


 どのくらい時間が経ったか、突然、入ってきた兵士が大声で怒鳴った。


「そんなぁ……」


 控室のいたる所から落胆や抗議する声が上がる。


「なんだよ。どういうことだ?俺たちも、ってことか?来賓だぜ?呼ばれてここまで来たのにさ、また明日、出直して来いというのか?」 


 ビンデは立ち上がり、兵士に向かって歩み寄った。


「お前たちのことは聞いていないぞ。まあ誰か、担当の者が来るまでここで待っているがよい」


「どうなるんだい?」


 セッツがつぶやいた。


「分からない。アルフレドが頼りなのだが、肝心な時にいつもいないんで、まったく頼りにならん使者さんだよ」


 ビンデは皮肉まじりに言った。


「あの、ありがとうございました。私は宿に戻り、また明日、出直そうと思います」


 リターがバックを手にして、立ち上がった。


「そうかい、気をつけてね」


 セッツが見上げた。


「皆さんのおかげで、持ち直すことが出来ました。これは洗って返しますので、失礼します」


 リターはハンカチをバックに仕舞って、いそいそと部屋を出て行った。


「俺もちょっとアルフレドを探しに行ってくる」


 リターを見送ってから、ビンデも部屋を出て行く。

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