第8話  コンチから来た少女

  


  


 ソルトロードに入ると、多くの荷馬車や旅人たちの往来がある。 


「グララルン・ラードに向かうこの道ももう少し、整備すればいいのにな」 


 轍が変わるたびに馬車が大きく揺れ、キャビンの天井に頭が当たりそうになる。寝不足のビンデでなくとも文句の一つも言いたくなる。 


 足腰の弱いセッツは片方の手をキャビンの窓枠に、もう片方でヤーニャの手を掴み、必死に耐えている。それでも、石を踏んだりして大きく上下すると椅子から腰を落とす。 


「こりゃ、たまらんねえ」 


 ヤーニャに支えながら、腰を引き戻してセッツはつぶやいた。 


「もうじき、茶屋がありますから、そこで休憩がてら昼食にいたしましょう」 


 アルフレドが言った。 


 やがて、沿道にちょこんと小さな茶屋があり、その付近で旅人たちが休憩を取っているのが見えてきた。 


 近くの空き地に馬車を止め、四人は外へ出た。 


「うああっ」 


 大きく伸びをして、声を上げるビンデ。外は春先の好天であり、日差しが温かく感じられる。 


 旅人たちも思い思いの場所で腰をおろし、ひと時の癒しを求めている。 


「おや、どうしたんだい?ビンデさんじゃないかい?」 


 茶店の老婆がビンデに気付き、声を掛けてきた。老婆はビンデたち親子と使者の組み合わせに、目を大きくさせている。 


「ばあちゃん、俺たちこれから国王様に会いに行くんだよ」 


 ビンデは胸を反った。 


「あれま」 


 老婆は驚くが、傍にいる使者のいで立ちに思わず頷く。三人は茶店の縁側に腰を掛け、お茶と茶菓子を注文した。 


 そこへ一人の小さな女の子が店に入ってきた。 


「お水を一杯ください」 


 茶店の婆さんに頼む。 


「水なら、下の小川で汲んできな」 


 婆さんは、客でない少女を冷たくあしらった。 


「お嬢ちゃん、一人かい?」 


 セッツが声をかける。 


「ハイッ」 


 少女は旅姿をしており、如何にも危なっかしく見える。 


「どっから来て、何処へ行くつもりなんだい?」 


「コンチから。グララルン・ラードへ父を訪ねて……」 


 コンチと言うのは、ナターシャとエントラントの中間に位置する山間の町である。ここから大人の足でも一週間はかかる。 


「コンチ?随分遠くから来たもんだな。グララルン・ラードまで一人で行くのか。大したもんだ」 


 ビンデは感心する。 


「はい。父はグララルン・ラードで兵隊さんをしているので、会いに行くんです」 


「お母さんは?」 


「……死にました。もうお父さんしか頼る人がいないんです」 


 少女は淡々と答える。 


「兵役は絶対ですからね。特に今年から更に五年の延長。家族を犠牲にしても兵役に参加している者も多いと聞きます」 


 アルフレドが言った。 


「残された家族はどうなるんだ?王の身勝手な政策で、被害を被る者がいるってことを教えてやらないといかんな。ああ、ちょっと待ちな」 


 行こうとする少女をビンデは引き留めた。 


「お嬢ちゃん、俺たちもグララルン・ラードに行くんだ。よかったら、あの馬車に乗っていかないか?」 


 ビンデは馬車を指さした。少女は馬車とビンデたち一行を見て、一瞬、戸惑いを見せたがコクリと頷いた。 


「乗る場所なんてありませんよ」 


 アルフレドが冷たく言った。 


「母さんと姉さんの間を詰めれば乗れる。けちけちするな」 


「ケチケチとか、そういう問題じゃありません。あなたたちはゲストです。勝手な真似をされては困るのです」 


「まあ、いいじゃん。減るもんでもないし」 


 ビンデは軽く言う。 


「旅費は三人分です」 


「分かったよ。その子の旅費は俺が出す。それでいいだろ」 


 ビンデは懐から財布を出した。 


「厄介ごとを背負い込みましたね」 


 アルフレドは、表情を変えずにつぶやいた。 


「すみません」 


 少女は頭を下げた。 


「気にするな、楽しく行こうぜ。特別な旅には、特別な道連れ似合うってもんだ」 


 ビンデは、アルフレドの方を見ながら、意地悪く微笑んだ。 


「そうではありません」 


 アルフレドは、さりげなく木蔭で休む旅人たちの方へ視線を走らせた。近くに如何にも目つきの悪い男たちが、こちらを見つめていることを言ったのである。 


「へえ、あんた案外、色んなことを見ているんだな」 


 ビンデはむしろ、アルフレドに関心した。 


  

  *        *         *



 ナターシャとグララルン・ラードの中間辺りにカンザスと言う町がある。 


 グララルン・ラードからソルトロードへ入ると最初の宿場町であり、グララルン・ラードまで向かう者にとっては最後の宿場町となる。しかし、このカンザスという町は、余り評判がよろしくない。 


 と言うのが、王宮のあるグララルン・ラードで罪を犯した者たちが追放され、この町に留まったり、また、グララルン・ラードで悪事を働こうとする連中は、此処を拠点にしている事が多いからだ。 


 治安も悪く、それでいて、警吏の連中たちも悪党たちに袖の下を貰って黙認しているのだから、善良な市民や旅人はたまらない。旅慣れた者たちはカンザスを素通りして、一気にグララルン・ラードに入る。 


「愛想の悪い亭主だ」 


 宿の部屋に落ち着くと、ビンデは開口一番不満を口にした。 


「部屋も余り綺麗ではないねえ」 


 セッツは室内を見回しながら言う。 


「私はずっと野宿だったので、屋根があるだけマシです。ありがとうございました」 


 少女は一番最後に部屋に入り、入口で頭を下げた。 


「礼はもういいって。返って疲れるからお互いに」 


 さっきから、何度も丁寧に頭を下げてくる少女に、ビンデもいい加減、辟易とした。 


 少女は、リシャール・トラポリンと名のった。歳は十歳で、しっかりした顔立ちをしており、なかなかの美人である。コンチ地方は肌が白く、美人の産地として知られ、その血を受け継いでいるようだ。 


 馬車の中で聞いた話しでは、彼女の母は長いこと病気で、とうとう昨年末に死亡したのだが、何度も手紙で病状を知らせていたが、父は帰ってこなかったのだという。 


 アルフレドの話ではないが、こういう事は枚挙にいとまがなく、国は任期中の兵士を故郷に帰省させたくないので、手紙も検閲していて、差しさわりの無いものだけ見せるという。


 トラポリンの父親は、まだ任期が残っており、帰って来る様子もない。身寄りのないトラポリンは成すすべなく、父を頼りに旅へ出たという。 


「コンチの町は昨年、飢饉に襲われ、みな、食べる物にも困っています。親戚には私より小さな子供たちがいて、とてもお世話になることが出来ずに飛び出してきました」 


 カンザスへの道すがら、トラポリンは事情を話した。 


「お父さんに会えたらどうするつもりなんだい?」 


 ビンデが聞いた。 


「出来れば、父の任期の間、都で働けたらと思っています。どこか、働き口はないでしょうか?なんでもやります」 


 幼いトラポリンの真っ直ぐな目をビンデに向けた。 


 ノースランド一家はアルフレドに視線を集めた。 


「ないこともないが、しかし、まずは都で父と再会ってからではないのかな?」 


 アルフレドは話をはぐらかした。 


 トラポリンは部屋に入ると、自分用に用意された布団に横になると、安心しきったのか、すぐに寝てしまった。 


 セッツは、まるで孫をあやす様にトランポリンの頭を撫でながら、添い寝している。 


 ヤーニャは持って来た本を黙々と読んでいる。 


 馬車の中で読むと、ひどく乗り物酔いするので控えていたが、その反動のように一心不乱に文字を追っている。 


「ちょっと行ってくるわ」 


 先程からそわそわしていたビンデが、椅子から腰を上げて、部屋を出て行こうとする。 


「どこへ行くんだい?」 


 セッツが非難するように聞いた。 


「町をみてくる。久しぶりだから」 


「あまり遅くなるんじゃないよ」 


 その背中にセッツが言った。



 カンザスの夜の繁華街は、人でごった返し活気があった。ビンデは人波に流されながら、混沌とした町の様子を見て回った。 


 途中、酒場によって、一杯ひっかけたり、屋台で珍しい食べ物を食べたりして楽しんでいたビンデが、つけてくる気配に気づいたのは、屋台が立ち並ぶ通りを歩いている時であった。 


 ビンデは、茶屋でトランポリンとあった時も妙な連中がいたことを思い出した。カンザスまでの道すがらいつの間にか、消えていたのだが。 


 ビンデは相手がどこまで追って来るのか、確かめようと思いながら街を歩く。 


 屋台の通りを抜けると道が開け、公園に出た。公園の広場には曲芸師たちが観客を集めて、芸を披露している。ビンデもその輪に加わって、曲芸を見物する。 


 陽気な音楽に合わせて、男女ペアが肩車をしたり、宙を舞ったりしている。技が決まるたびに観客から拍手が起こり、御ひねりが飛ぶ。 


 ビンデも拍手を送りながら、それとなく観客の中から、付けて来た者の顔を確認する。三人組の目つきの悪い男たちがいた。やはり、茶屋で見かけた男たちであった。 


 ビンデは少し迷ったが、男たちの元へと近づいていき、声を掛けることにした。 


「なんか用かい?」 


 声を掛けられ、一瞬、驚く三人。しかし、すぐに警戒心を持った目をしてビンデに詰め寄る。 


「なんだ、お前?」 


 リーダー格らしい、その中では一番背の低い男が前へ出てきた。それでもビンデより頭一つ分大きい。三人は東の地方の服装をしていた。言葉もそちらのイントネーションをしている。 


「あんたらが、つけてくるからさ。何か用かなと思って」 


「つける?ふざけんな。何のことだ?」 


 男は白を切る。 


「あんたらナニモンだ?あの小娘を追っていたな。人攫いか?まあ、いいや。兎に角、バレてんだ。つけるのは止めることだ」 


 ビンデが背中を向け、行こうとする。すると、三人は顔を見合わせ頷いた。 


「おい、お前。ちょっと、来てもらおうか」 


 男二人がビンデの両側に立ち、腕を抱え込む。 


「認めるんだな?」 


「だったら、なんだ」 


 三人組は見物人から離れ、人気のない暗闇にビンデを連れて行く。 


「勘弁してもらえないかなあ……」 


「今更遅い。後悔はあの世でしな」 


「あんたらも見ただろ昼間?俺には年老いた母親と病弱な姉がいるんだ」 


「そんなこと知るか。俺たちが用があるのはあのガキだ。大人しくしていればよかったんだ」 


 右脇の男が言った。 


「そうか、じゃあやっぱり人攫いから何か?」 


「うるさい。聞いたところで、どうしようもないだろう」 


「俺の事はどうでもいいってことなんだ。だったら俺も、あんたらのこと、どうでもいいってことでいいよな?」 


 ビンデが右の拳を握りしめると指輪の青色の宝石がぼんやりと光った。  


「ん?威勢のいいこというじゃないか?何か持っているのか?」 


 左脇の男がぼんやりとした光に気付き、覗き込んだその時、宝石からまばゆい光が放たれ、三人の男たちはその光に目をやられ、叫び声をあげて、動けなくなる。 


 次の瞬間、ビンデは掴まれた腕を強引に振りほどき、一目散に逃げだした。 


「クソぉ、あのデブ。何をしやがった?」 


 目を押さえながら、男たちは苦しみの声をあげた。 


 ビンデは肥った体を揺らしながら、公園を激走して、大道芸の人だかりに紛れた。 


「成功だ。久しぶりなんで、試したいと思っていたんだよ」 


 息を切らしながら、ビンデは嬉しそうに微笑んだ。 


 すると、ビンデが逃げてきた方から、三人組が現れて、懸命にビンデを探しているのが見えた。 


「やばっ」 


 ビンデは三人に気づかれないように、人混みを縫うように離れていった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る