第6話 七十年前の事件
「それでは、そのナターシャにいる家族以外、ガンツの子孫は残っていないというのか?」
ミターナは、報告に来た兵士に向かって尋ねた。
「はい。全国にノースランド姓は他にもありましたが、ガンツの直系は今のところ、その一家しか見つけられなかったようです」
「間違いないのだな?」
「間違いございません」
実は、調査もそれほどしっかりやってないのだが、報告に来た者は、そんなことはおくびにも出さない。
「……そうか、ついにノースランド・ガンツの子孫に会えるというのか」
ミターナは座る椅子の肘掛を、力を込めて握った。
「御意」
「いつ来るのです?」
「早ければ、明後日には都に到着する予定です」
「フフフフフッ、そうですか……」
ミターナはテラスの藤椅子に身を沈め、ギラギラと目を光らせ、不気味に笑った。
「彼らを呼んで、いかがなさるつもりでしょうか?」
それが見えない傍らの執事が聞いた。
「無論、色々といたぶってやるつもりじゃ。己の罪を贖罪して、泣いて詫びるまで。それでも許すかどうか」
凶悪な響きを持った言葉に、侍女たちも顔を引きつらせる。
「……そうだ。面白いことを思いついた。パミンを呼びなさい」
ミターナ妃がふと、思いついたように執事の方を見た。
「パミン……?劇作家の?」
「そうです……これはいい。ひとつ楽しみが増えたわえ」
ミターナは不敵に微笑んだ。
* * *
ノースランド家の三人が宮殿に招待された事は、瞬く間にナターシャの町中に知れ渡った。
ナターシャの町の北のはずれの山すそに、ビンデたち暮らすトラ地区があるのだが、この田舎の地区が大騒ぎとなった。沢山の人々が、ノースランド一家を一目見ようと押し掛けてきていた。
「まったく、鬱陶しいたらないな」
近所の子供たちが、家の中を覗き込むのを追い払い、ビンデはつぶやいた。
「まるで犯罪者だ。たかが国王に会いに行くだけなのに……」
「もしかして、国王様は、私のことを捕らえようとしているんじゃないかね?」
セッツは不安そうに聞いた。使者が来てからというものセッツは口を開くたびにそのことを気にしている。
「七十年も昔の事で、今更、捕まえに来るなんてことはないよ」
ビンデは母の杞憂を否定した。
七十年どころか、三百年前の事を持ち出して、根に持っての事だとは当然、知らない。
「でも、どんなに時間がたっても、罪ってのは消えないんだよ。魔法罪ってのは、得にね」
母の心を今も捕えて放さない罪悪感とは、七十年前に自身が犯した魔法に関する事件である。
三百年前に魔法を使うことを固く禁じてからのサウズ・スバートでは、魔法を使った者を厳しく取り締まった。
しかし、魔法に対するあこがれや興味は、人々から完全に消すことは出来ず、密かに魔法を研究する者や先天的に魔法能力を持って生まれる子供もあり、魔法文化は密教のように受け継がれていた。
ノースランド家の一族には、強い魔法力を持ち産まれてくる者がいる。母のセッツもその一人である。生まれながらにして、天才的な魔力を持っていた。
彼女が五歳の時、家に隠してあった魔法の杖を手に取り、ドラゴンを召還して、当時住んでいたリザード連峰の裾野にあるトンズラーという町を壊滅させた。
この事は、後にトンズラーの悪夢と呼ばれて、怪奇現象のように語り継がれている。
幸いにも、セッツの父が早く気付き、町の人々を安全な場所に逃がして死者は出なかったが、町のほとんどの建物はドラゴンが暴れ回ったことにより、倒壊してしまった。
その後、憲兵が街にやって来ってきて、調査が開始されたが、幼いセッツを守るため、町の人々の協力もあり、ノースランド一家はナターシャに引っ越し、事なきを得た。
セッツの父は、トンズラーの町の復興に努め、数年後、トンズラーの町は元に戻った。
セッツはそのままナターシャの町で暮らし、ビンデたちの父親であるゴズ・トーマスと結婚した。因みにゴズ・トーマスは普通の農夫であり、落ちぶれても名家であったノースランド家へ婿入りした。
そんなわけで、セッツは未だに政府や役人を恐れているのである。
「国王がなぜ、俺たちのような一般市民を晩餐に招待するのか?その魂胆はわからんが、使者の説明は確かに嘘っぽい。あの国王が下々の話なんて聞くものか。何かあることは確かだが、母さんのことではないのも確かだ」
ビンデは顎に手をあて、考えた。
「なんで、そんなことが言えるんだい?」
セッツが聞いた。
「ドラゴンと母さんを結びつけるものは残らないようにしたって、じいちゃんが言ってたからね。それにトンズラーの悪夢ってのは、七十年も前の田舎町で起きたことで、今や、その信ぴょう性は薄らいでいるから、ドラゴンが街を壊滅させたなんて、信じている人は残っていないよ」
ビンデは祖父が生前、トンズラーの悪夢を話したときのことを思い出して言った。
「そうかねえ?……だったら、いいんだけどねえ」
まだ納得をしてないのか、セッツは噛み切れない物を食べているように、口の中をもごもごとさせた。
* * *
「まったく、男どもときたら、自分で何もしようとしないで……」
広い酒蔵の中を進みながら、ブツブツと文句を言いパムル・リターは酒の品質をチェックしている。
「お嬢、まだ怒っているんですか?」
梯子に登った杜氏のカイザンが、大きな樽に入ったラク酒の原酒を長いレードルですくい上げ、下のリターに手渡す。
リターはレードルを傾け、原酒を持っていたコップに少し移して、匂いを嗅いで一口含んで地面に吐き出した。
「悪くない」
カイザンは、大きな体を揺らしながら梯子から降りて、次の樽へと向かう。
「大体、組合長は昔からああいう人だから、誰も文句が言えないんですよ。しかも、オーブンの町長の弟でもあるし」
「だからって、重大な責任をこっちに擦り付けないでほしいわ。王様に直訴なんて」
「まったくだね。万が一、粗相あれば、首が、あっ……わるい」
カイザンはしまったという顔をした。パムル酒造に入って、四半世紀はとうに過ぎて、リターの父親代わりと言っていいほどの信頼もある。
「ニーサさんはなんて?」
ニーサはリターの母親である。
「それが、王様に会うなら新しい服を新調しないとね。恥ずかしくないように、とびっきりいい服を仕立てないと、だって。呆れるわ、娘が処刑されるかもしれないのにさ」
リターは口を尖らせた。
「ハハッ、ニーサさんらしい。しかし、いくら暴君と言われていても、いきなり女子供に手は出さないでしょう。それに以前から民の訴えは聞くという名目の、目安箱があるのだから堂々と行けばいいじゃないか」
「ただ聞いてもらうだけじゃあダメなの。王様が重税を止めるように考えを変えてもらわないと。じゃないと、ラク酒の歴史は終わることになるわ」
「それはそうだが、余り肩に力を入れてもどうしようもないこともあるから。一応、役目を果たすという気持ちでいけばいいんじゃないのかな?」
危機感の薄いカイザンの言葉に、リターは顔をしかめた。
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