第5話 デートライン
首都グララルン・ラードの北、リザード連峰を越えた反対側にデートラインと呼ばれる大地が広がる。そこは人類未開の地として、長年、多くの開拓者、冒険者を阻んできた。
しかし、様々な恩恵をもたらす魅惑の大地は、現在も多くの人々を引きつけてやまない。
毎年、ロス王はこのデートラインへと兵を送り、調査と開拓を続けているのだが、その過酷さに多くの兵を死なせている。それでも、兵士たちは日々、出陣に備えて訓練をしていた。
「グララルン・ラードからリザード連峰の麓にあるオーブンの町までは一日。そこから、連峰越えは厳しく、天候が良ければ、デートラインまで三日でつく。最悪、吹雪や嵐などでたどり着けない事もある。よく覚えておけ」
教育係のオポッサムの言葉に、新兵たちは張り詰めた空気になる。
「ハハハハッ、まあ、心配するな。かつてはそう言うこともあったが、現在は研究が進んで、気候の穏やかな六月から十月の間しか、デートラインへは行かないようになった。だから、残り四か月かけて、訓練を積むのだ」
新兵たちもつられて、笑みを浮かべた。
「しかし、それは単にリザード連峰の攻略ができただけであり、依然、デートラインの危険度は変わっていない」
そう言ったのは、兵隊長のアムストロング・リヤードである。軍服に身を包んだ長身の鋭い視線をした男であった。
「これより、六月までの四か月間で、皆の者には、現在分かっているデートラインの危険に対する予備知識と演習を徹底的に叩き込む、いいな?」
「ハイッ」
アムストロングの気合いを込めた声に、新兵たちは一斉に返事をした。
新しい年を迎え、十四から四十までの男たちが徴兵制度の為、全国からグララルン・ラードへ集結した。今年は王の命により、上限が三十から四十に、徴兵年数が五年から十年に引き上げられた為、前年より多くの新兵が集まってきていた。
特に気の毒なのは、昨年までに五年間の徴兵を終えた年代であり、四十まで引き上げられたことにより、残り五年間の徴兵を延長しなくてはならなくなった。
新兵の多くは、二十五以下の若者であり、みな純粋な顔立ちをしている。
「この中でテートラインについて知識のある者はあるか?」
オポッサムが聞くと、何人かの若者が真っすぐ手を挙げる。オポッサムは最前列の兵士を指した。
「ハイッ。自分の父がデートラインに行ったときの話です。父の隊は深い森の中で岩のような生物に襲われ、多くの死傷者を出したそうです。幸い、父は助かったのですが、一瞬の出来事で成す術がなかったそうです」
「そうだ。デートラインには大小様々な生物がいて、人を襲う獣も多い。お前たちはそこを生き抜かなくてはならんのだ……お前は?」
その隣の少年のような新兵を指した。
「ハイッ。私の聞いた話しでは、刺されたら三日三晩高熱にうなされ、最後は死んでしまう、小さな虫がいるそうです」
「それはガンと言う虫だ。こんな小さな虫だが、森の中に生えている木の葉の裏なんかにいて、いつの間にか皮膚についている。刺されたら、患部を皮膚をえぐり取らなくてはいかん。発見が早ければ助かる見込みがあるが、遅れたら毒が体内をめぐって、先ほど言っていたように三日三晩熱にうなされ、死亡する。だが、これも心配はいらん。すでに特効薬が開発され、死にいたるケースは少なくなった。君は?」
「私は、毒ガスが流れ出る谷や洞窟があると聞きました」
「そうだ。しかし、すでに地図が出来ている所では、どの場所に毒ガスが出るか判明している。君っ」
「はい。私は人の声を真似る動物が森にいて、ついて行くと、惑わされて孤立してしまうと聞きました」
「ナットゥクルだな」
次々と新兵たちが手を挙げ、自分の知っている知識を披露するのを聞き終え、オポッサムはこう締めくくった。
「そう。君たちが言ったことは、おおかた事実である。しかし、それらのほとんどが、先人たちの犠牲により、今では脅威でなくなった。だが、それでもまだデートラインの半分も攻略できていない。そんな中で我々の一番の武器はなにか?それは勇気である。先人たちもこの勇気を持って、デートラインへ挑んできた。誰でも恐れはある。だが、サウズ・スバートの兵士はどの国の兵士にも負けない勇気を持ち、デートラインを攻略できると私は信じている……」
宮殿の中庭では、幾つかのクラスに分かれて、兵士たちの厳しい訓練が繰り広げられていた。
それを上から眺めるガリアロス・ロス王は、満足そうな笑みを浮かべていた。
「陛下っ」
兵士の膝を付いて報告する。
「エントラントからトッポビが到着いたしました」
「まことか」
ロス王は踵を返し、報告にきた兵士を置いてトッポビの元へ向かう。王殿一階の通用口に赴くと、巨大な檻に入れられたトッポビがいた。
「おおっ、こいつはデカいな。素晴らしい」
檻の中の黒い岩のような生き物を見て、ロス王は思わず声を漏らす。
トッポビとは、先ほど話にも出たデートラインに生息する猛獣であり、そのどう猛さから数が減っている肉食獣である。体長三メートルを超え、全身黒い毛で覆われており、檻の床をひっかく爪は太く鋭い。更に周りの人間を威嚇する地響きのような唸り声を発し、口から覗く牙は長く、鋭い刃のようである。
「殿下、余り近づかない方がよろしいかと」
檻の傍らに立つ男は、片目に眼帯をしたスキンヘッドの男であった。この男、エントラントの行商人で、名をグルムングという。
「こいつには今まで、五人殺られています。とても俊敏で、爪も鋭いし力も強い。薬で弱らせておりますが、万が一の事があっては大変でございます」
「分かっておる。しかし、よく捕らえたな。ご苦労であった」
「光栄であります」
グルムングは深々と頭を下げた。
「今夜は宮殿に泊まり、明日帰るがよい」
「ありがたき幸せ」
ロス王は兵士の方へ向いて言った。
「こいつにエサは与えるな。そして明晩、ルーカスと闘わせる」
宮殿内の宿泊室に案内されたグルムングは、入口で案内の兵士に礼を言って部屋に入ろうとしたその時、兵士長のアムストロングが、通路を歩いてくるのが見えた。
行き交う兵士たちからの挨拶を返しながら、通路に誰もいないことを確認すると素早く宿泊室に入った。
先客のグルムングが煙草をくゆらして、待っていた。入ってきたアムストロングに顔を上げて、わずかに会釈をする。
アムストロングは男を通り越して、窓辺に立った。
「上手く入り込めたようだな」
「……ええっ。国王は贈り物を喜んでいましたよ」
口元に笑みを湛え、グルムングは言った。
「予定通り、決行に移す」
アムストロングが外の様子を確認しながら言った。
「こちらの準備も進んでいます。ユアル・サリナスの軍艦もエントランスを出航したとの連絡がありました。上手いことタイミングが取れると思います」
「そうか。では、決行の時は合図を送る。いいな?」
「はい、いつでも構いません」
グルムングはアムストロングを見て、微笑んだ。
「それでは、もう、会うことはないだろう。よろしく頼む」
そう言うと、アムストロングは足早に部屋を出て行った。
グルムングは、ゆっくりと口から煙を吐き出した。
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