第4話 王宮からの使い






 ノースランド・セッツは愛用のウッドチェアに腰を掛け、毛糸で自分用の靴下を編んでいた。家の中は暖炉が焚かれ、のんびりとした空気が流れる。


 ヤーニャが玄関のドアを開け入ってきた。手には裏の畑から取ってきた野菜を手にしている。


「ビンデはまだ帰ってこないのかい?」


 顔を上げて、セッツが聞いた。この質問を今朝からもう何度もしている。


「うん」


 ヤーニャは素っ気なく答えて台所へ向かった。時刻は正午になろうとしていた。


 ナターシャはムーア大陸の中でも比較的に温暖な気候で知られる。雪は降らないが、冬は沿岸から吹く風が強く、人々を凍えさせる。


 しかし、この日は春の訪れを感じさせる穏やかな日差しが降り注いでいた。ヤーニャは黙々と昼食の支度にとりかかる。


 その時、玄関のドアをノックする音がしたので二人が同時に玄関の扉を見た。


「もし、こちらはノースランド・セッツさんのお宅でしょうか?」


 外から声がする。


「はいっ」


 ヤーニャが答えながら玄関へ向かった。ドアを開けると、国の正装に身を包んだ立派な髭をはやした男が立っていた。


「失礼します。私、王宮からの使いの者で、名をアルフレドといいます」


 王宮と聞いて、セッツが椅子の中で身を竦めた。


 ちょうどその頃、ビンデが自宅へと登る坂道へと差し掛かっていた。


「ビンデ、今日もまた朝帰りかい?」


 丘の下の家のランズ婆さんが道の脇にある石に座っていて、声を掛けてくる。天気のいい日はいつもそこにいる。


「バアチャン、もうお昼だよ。昼帰りさ」


 ビンデは疲れた表情で答えた。


「今しがた、役人があんたん家へ上がって行ったけど、あんたまたなんかしたのかい?」


「ええっ?マジで?」


 役人と聞いて、一晩、留置所に入れられてきたのに、まだしつこく何かを言ってくるのかという思いが巡り、ビンデの頭に血が昇った。


「あいつら……」


 速足で家までの坂を登ると、立派な馬車が家の前に停まっていた。


 一瞬、憲兵にしては立派すぎるなとは思ったが、頭にきているビンデは気にせず、ドアを激しく開けて中へ入った。


「おい、今度は何の罪で俺を捕まえに来たんだ?ええ?国王への文句なら、誰もが持っているんだ。それをいちいち捕まえていたら国民がいなくな……」


 早口でまくし立てるビンデを家の中の光景に固まった。目の前に立つのが、憲兵でなく、立派な身なりをした役人と気付いたからだ。


「私はあなたを捕まえに来たのではありません。王宮への招待状を持参してきた者です」


 使者のアルフレドは落ち着いた口調で言った。


「へっ?」


 ビンデは間抜けな顔で答えた。


「大変だよ。王宮の晩餐会に招待されたんだよ、うちが……これはもうあれだよきっと」


 母が顔を引きつらせながら言った。


「晩餐会?なんで?」


 ビンデがつぶやいた。


「殿下は常日頃から、下々の者に関心をもっておらっしゃり、晩餐に招待して、話をされる機会を設けているのです。それで、今回、あなた方のお家に白羽の矢が立ったという訳なんです」


「でも、なんで家なの?」


「選別はランダムになされています。そして、今回、幸運にもあなた方一家が選ばれたのですよ」


 アルフレドは、ビンデに微笑みながら言った。


「でも、断ることも出来るんだよね?」


 その言葉に、アルフレドは目を剥いて、息を飲む。


「だって、家みたいな教養もない田舎もんが、国王の前に出ちゃっあいけないでしょう?多分、いろいろとまずい事になるんじゃないかな。マナーとかも知らないし」


「殿下をはじめ、王家の方々はどなたもとても寛大なお方ばかりです。それに下々の者に教養がないのは分かっております。承知の上で、招待しているのです。それとひと通りのマナーを学んでいただく時間はご用意させて頂きます。その後、殿下に接見してもらいますので、ご安心を」


「なんか、面倒くさいね。でも、どうだろう?……二人も行きたくないだろ?」


 ビンデが聞くと二人は同時に大きく頷いた。


「ということで、申し訳ないけど、別の家を当たって下さい」


 ビンデが言うとアルフレドは「フッ」と鼻で笑った。


「こちらこそ申し訳ないが、ガリアロス国王がご招待されたのです。何人たりとも断ることは出来ません」


「絶対に?」


 アルフレドは、大きく頷いた。


 ビンデは二人の顔を見る。ヤーニャは無表情にビンデを見返し、セッツは顔をしかめ、首を小刻みに、横に振った。


 ビンデは黙っていたが、ふと思いついたように声を上げた。


「よし、行こう。丁度いい機会だ。いろいろ、国政には思うところもあるし……分かりました。お伺いいたしますとお伝えください」


「伝えるも何も、私が来た時点で、それは決定なのです」


 アルフレドは国王の威厳を示すように鼻息を荒くした。


「そう。で、いつ行くことになってるの?」


「詳しい事は招待状に書いてあります。マナーに関する事や注意事項も載っていますので、くれぐれもよく読んで頭の中に叩き込んでおいてください」


 ヤーニャに手渡されたバイブルサイズの招待状をビンデは見た。



 アルフレドが帰ってから、三人はテーブルについて昼食を食べた。


 テーブルの中央には、先ほどの赤い表紙に金の文字をしつらえた豪華な招待状が置かれている。


「あんた、今までどこへ行ってたんだい?」


 母が震えるスプーンでスープを掬いながら、ビンデに聞いた。


「ん?いつもと同じさ。トダンの酒場で酔って、寝てたんだよ」


「連絡も寄越さないで、昼までいたのかい?困った子だよ」


 セッツはブツブツと口の中で言っている。


「手紙でも書けっていうのかい?心配性なんだよ。母さんは。なあ、姉さん」


 ヤーニャは僅かに顔を上げたが、スープを掬うことに専念している。


「手紙でなくても、法を使えばいい。法を使って、ネコやカラスに伝言を頼むとかできるだろう?」


 法とは、ノースランド家に伝わる魔法の隠語である。


「母さん、まだ役人がいるかもしれないよ」


 ヤーニャが顔をよせ、声をひそめ言うので、セッツは首を竦める。


「それに法は滅多やたらに使っちゃいけないんだろ?」


 ビンデが言った。


「緊急の時はいいんだよ」


 セッツはひねたように言った。


「緊急じゃないでしょ?」


 ヤーニャが言った。


「緊急だよ。私が知りたいんだから」


「だったら、自分で探しに来るか、それこそ、ネコか犬にでも探させればいいじゃない」


「あたしゃ、足が悪くて歩けんのよ……それに歳で、もう法が使えないんだ」


「すぐ、そうやって、すぐ歳に逃げる」


 ヤーニャが不満そうに呟いた。


 ヤーニャは家事と母の世話、自宅の裏の庭で、畑仕事を一人でしている。


 五年前に病気で父が亡くなってから、セッツは確かに弱ってきた。足もその頃、骨折してしばらくは寝たきりの生活をしていたが、今は完治している。自分の事は自分でやれるはずなのにヤーニャに甘えてやろうとしないのだ。


「で……宮殿にはいつ行くんだい?」


 はぐらかすようにセッツは話題を変えた。

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