第十三話 虎穴に入らずんば虎子を得ず
「――
その意味不明な言葉を聞いた瞬間、凄まじい衝撃を
(な、何だ今の
腹部から広がる強烈な痛みに耐えつつ、うつ伏せに倒れていた武蔵は片膝をついて何とか立ち上がる。
「……が、がはっ!」
片膝立ちになったのも
口内から出てきた
内臓を
やがて少し落ち着きを取り戻した武蔵は、血の混じった
(これほどの使い手が異世界にはいるのか……)
武蔵が
それほど
今の自分では勝てないかもしれない、と思うほどに。
では、勝てるかどうか分からないほどの相手を前にして、宮本武蔵という男は
答えは
兵法者には逃げてもよい闘いと、逃げてはならない闘いがある。
そして
武蔵は力を振り絞って立ち上がると、長く深い呼吸をして心身を整えた。
正直、体調は最悪だ。
額からは脂汗がにじみ、内臓が暴れ回っているような痛みが腹に残っている。
凄まじい打拳の
日ノ本の剣術流派の中には丈夫な
まさしく
完全に目で見えたわけではなかったが、
(抜き打ちでは追いつかんな)
抜き打ち――居合では
二刀流。
それは武蔵が目の前の相手を〝本気で斬る〟という決意をした表れである。
だが、すぐに武蔵は強烈な肩透かしを食らうことになった。
「大変、ご無礼をいたしました。これ以上はやめておきましょう」
これには武蔵も
「人を馬鹿にするのも
「はい、思っていますよ」
と、
「うちの受付人もお伝えしたそうですが、ここは冒険者たちの活動を管理する冒険者ギルドであって、互いの命を取り合う決闘場ではありません。それに、あなた方がここに来た目的も冒険者ギルドの人間と闘うことではないでしょう?」
武蔵は二の句を
確かにそうである。
自分たちは冒険者としての仕事を貰うために来たのであって、誰かと闘う目的で冒険者ギルドに足を運んだわけではない。
「ミヤモト・ムサシさん……あなたが私と命を奪い合うほどの闘いを望むというのなら、私も一人の武人として最後までお相手いたしましょう。ですが、今のあなたは私に絶対勝てませんよ。それは私の拳を受けたあなたが一番よく分かったはずです」
武蔵はぎりりと奥歯を
おおむねその通りだが、さすがに面と向かって相手から言われると心がざわついてしまう。
「ましてや、あなたには可愛いお連れさんがいる。いいのですか? あなたが仮にこの場で命を落としてしまえば、そちらのお連れさんも近いうちに命を落とすことになりますよ」
ぎくり、と武蔵は痛いところを突かれて表情を
そして武蔵は
宮本伊織。
数時間前、アルビオン城内において自分と一緒に異世界へと連れて来られたうちの一人だ。
身の上のことなどはアルビオン城から冒険者ギルドまでの
それもそのはず、何と伊織は自分が生きていた時代よりも四百年以上経った未来に生きていたという。
これには武蔵も最初に聞いたときはまったく信じられなかった。
だが、伊織の小綺麗すぎる身なりや女子とは思えないほどの高い自立心が感じ取れた物の考え方や話し方などを聞いているうちに、伊織は自分よりも四百年も後の平和な時代に生まれた女子であるということが信じられるようになった。
中でも伊織が持つ異世界に関する情報の多さには
四百年後の未来では
ならば伊織が〝
また伊織自身も剣道と居合道と呼ばれる未来の武術を学んでおり、その関係もあって自分の宮本武蔵という名前を知っていたのだと言っていた。
それに伊織は武術以上に
武蔵は改めて伊織の顔を真剣に見つめる。
もしも
決まっている。
宮本武蔵という頼みの
いや、路頭に迷う
それは武蔵自身に置き換えても同じだった。
人外の技たる魔法や魔物が存在する異世界においては、元の世界で天下無双と
なぜなら、あまりにも武蔵は異世界の情報や常識を持ち合わせていないのだ。
どれだけ修行に修行を重ねて剣の腕前が
まず間違いなく宮本伊織という情報源を無くした場合の武蔵は、半月も持たずにどこかで
だからこそ、武蔵は異世界の情報を持つ伊織を弟子に取ったのである。
そして、どんな理由であれ師匠と弟子の契りを交わしたということは、それは本当の親子以上の関係になったも同然であった。
でなければ人間を簡単に殺せる技など伝授できない。
兵法者とは断じて快楽を求める殺人者ではなく、厳しい修行の果てに〝天と一体になる〟ほどの心身の高みを目指す
ほどしばらくして、全身を脱力させた武蔵は「
「もしも俺が一人だったならばお主と最後まで闘ってみたいと思っただろうが、お主が指摘したように今の俺は一人ではない。奇妙な
完全に武装を解いたとばかりに、武蔵は大刀と小刀の柄から手を離した。
それを見た
「いかがでしょう、お二人とも私の部屋で少し話をしませんか? 見たところ、あなた方は冒険者ギルドの登録自体が初めてなようなので、よろしければ私のほうから冒険者登録についてご説明させていただきますよ。それにお二人とも静かな場所で身体を休める必要もあるでしょうしね」
武蔵は迷いに迷った。
申し分ない提案だったものの、
それこそ正直について行った結果、あっさりと寝首をかかれないとも限らない。
「お師匠様……」
不意に伊織の口から掠れるような弱々しい声が漏れる。
そんな伊織の声を聞いた武蔵は、
(ふざけるなよ、宮本武蔵。弟子をこのような弱気にさせて何が師だ。何が天下無双だ)
このとき、武蔵は固く決心した。
迷いが出たり弱気になるということは、
むろん、武蔵も血の通った一人の人間である。
特定の人物や物事に対して絶対に恐怖や弱気を感じないはずがなかったものの、それを身近な人間に
――
この異世界で再び天下無双となることを決心したのならば、神仏や魔王が敵として立ちはだかろうと必ず打ち破ると言う強い意志を持たなくてはならない。
武蔵は伊織から
万が一、
その程度のことに
「では、こちらへ。私の部屋は二階にありますので」
その後、武蔵と伊織の二人は知ることになる。
この異世界に存在する、もう一つの裏の真実を――。
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