第十二話    その金髪エルフ、強者にて

「ここのギルド長を任されております、黄姫ホアンチーと申します」


 金髪の長耳女の微笑びしょうに、武蔵は両眉りょうまゆを強く寄せる。


(異世界ここにきわまれり……だな)


 武蔵は怪訝けげんな顔で金髪の長耳女――黄姫ホアンチーを食い入るように見つめた。


 見れば見るほど奇怪きかい容姿ようしをした女だ。


 金色の髪だけならば南蛮人の一人だとまだ割り切れたが、どこで誰とまじわればあのような美貌びぼうを持って生まれるのだろう。


 居合いあいの構えを崩さず疑問符ぎもんふを浮かべたとき、そこでようやく武蔵は思い出した。


(待てよ……あやつ、もしや伊織が言っていたか?) 


 伊織の話によるとは金色の髪に尖った長い耳をしており、男も女も整った顔立ちで弓術と魔法にけているらしい。


 それに見かけこそ似ているが、人間とは別な〝妖精〟という種族なのだという。


 確かに黄姫ホアンチーと名乗った女は、寒気がするほど目鼻立ちが整っている。


 背丈せたけは伊織と同じ五尺(150センチ)と六尺(180センチ)のなかばほどだろうが、伊織よりもはるかに中心軸(体幹)が強く通っているため、実際の背丈よりも大きく見えた。


 そのように武蔵が黄姫ホアンチー値踏ねぶみしていると、黄姫ホアンチーは笑みを崩さないまま武蔵から黒狼ヘイランに視線を移す。


「さて、くわしく聞かせてもらいましょう。このさわぎの発端ほったんは何なのですか? 黒狼ヘイラン


 黒狼ヘイランは身体を震わせると、明らかに動揺しながら直立不動の姿勢になった。


 それだけではない。


 黒狼ヘイランは両手を顔の前に持ってくるなり、握った右拳を開いた左手で包むような動作をしながら一礼する。


師父シーフー(お師匠)、実は……」


 黒狼ヘイラン微妙びみょうに裏返った声で、事の経緯いきさつ黄姫ホアンチーに話していく。


 事情を聞いた黄姫ホアンチーは一つうなずくと、再び武蔵のほうへと顔を向けた。


「ミヤモト・ムサシさん、でしたね。事情は分かりました。とりあえず、その殺気を静めてはいただけませんか? 赤猫チーマオ、あなたもです」


「は、はいッス!」


 赤猫チーマオは一瞬で闘志と構えを解くと、黄姫ホアンチーの視線から逃れるためか黒狼ヘイランの真後ろに隠れるように移動する。


 一方、その場の状況を読み取った武蔵も行動を起こした。


 深く下ろしていた腰を元の高さに戻し、全身にまとっていた〝天理てんりの気〟を体外へと霧散むさんさせたのだ。


 しかし、それでも居合の構えは崩さない。


 いや、あまりにも危険すぎて居合の構えだけは絶対に崩せられなかった。


 正直、黄姫ホアンチーと名乗った金髪エルフの力量は尋常じんじょうではなかった。


 黒狼ヘイラン赤猫チーマオの二人も、十代とおぼしき若さのわりには相当の力量を持っている。


 だが、黄姫ホアンチーという金髪エルフはまったくの別だ。


 武蔵は背中に流れる冷や汗を感じながら、口内に溜まった大量のつばを静かに飲み込んだ。


(初めてかもな……俺が〝化け物〟と思うほどの相手は)


 長く兵法者をやっていると、常人じょうじんには及びつかない不思議な力が色々と身についてくる。


 常人には感じ取れない大自然の〝気〟の力を体内に取り込み、その気の力を下丹田で練り上げることで普段以上に肉体の強さを出させるようになるのもその一つである。


 また、気の力を全身にとどめつつ一定の範囲に感覚が広がる意識をすると、足元も見えない暗闇の中でも周囲に潜んでいる人間の存在を知覚できたりもするのだ。

 

 そして、そのような気の力の中でも最大限に戦闘に活用できるものがあった。


 気の力の過多かたで相手の力量がそれなりに読めるようになることだ。


 もちろん、武蔵もこれまで数多くの兵法者と死合いをしてきた人間である。


 当然ながら様々な死闘を乗り越えた中で、気の力の過多を正確に読み取って相手の力量を図る能力を身につけていた。


 だからこそ、武蔵は黄姫ホアンチーを見て化け物と判断した。


 決して黄姫ホアンチーの外見を見て化け物と思ったのではない。


 黄姫ホアンチーの下丹田で練り上げられている、とてつもない気の力の強さを感じて化け物と思ったのである。


 そんな武蔵の気持ちに気づいたのか、黄姫ホアンチーは「安心してください。私は赤猫チーマオと違ってあなたと闘うつもりはありませんよ」と、こちらも優し気な笑顔を崩さなかった。


「どうだかな。そう言われて背中を向けた途端とたんに後ろから刺されてはかなわん」


 黄姫ホアンチーは「ご冗談を」と言ってくすりと笑った。


「どのみち、怖くて背中など向けられないでしょう? 


 この言葉を聞いて武蔵の片眉がピクリと動く。

 

自称じしょう……だと? 俺がだと申すのか」


 あまりにも聞き捨てならないことだった。


 これでも自分は高名無名問わず、様々な剣術や武器術に長けた兵法者と死合い、ことごとく勝ちを収めてきた本物の兵法者である。断じて口だけで兵法者と名乗っているわけではない。


 武蔵は威圧いあつを含んだ眼光を黄姫ホアンチーに飛ばしたが、六間(約十メートル)は離れた場所にいる黄姫ホアンチーはまったくのどこ吹く風であった。


 そればかりか、武蔵の問いに「はい、その通りです」と普通に答えたのである。


「それなりに相手のレベルは推し量れるものの、自分の力を押し通すことに頭がいきすぎて周りがあまり見えていない。いいのですか? あなたのせいでお連れさんがかなり参っているようですよ」


 武蔵は顔だけを横に向けて自分の連れ――伊織のほうを見た。


「伊織、如何いかがした!」

 

 言われるまで気づかなったが、なぜか伊織は頭を押さえながら苦痛に顔を歪ませていたのだ。


 何かしらの持病の発作なのだろうか。しかし、伊織の口から持病持ちだとは聞かされてはいない。


 それに黄姫ホアンチーは〝あなたのせいで〟と言った。


 自分の何がどうしたせいで伊織が苦しんだというのだろう。

 

「だ、大丈夫です……これぐらい……あッ!」


 突如、伊織は武蔵から黄姫ホアンチーの方向に目線を向けて驚きの声を上げる。


 武蔵は瞬時に顔を黄姫ホアンチーがいる正面に向き直す。


 黄姫ホアンチーから目を離したのは数秒。


 けれども、


「敵と判断した相手を前に少しでも目を離す……だから自称、兵法者なのですよ」


 武蔵は驚愕きょうがく戦慄せんりつを同時に味わった。


 六間ろっけん(約十メートル)は離れた場所にいた黄姫ホアンチーが、気がつくと互いにに立っていたのだ。


 しかも黄姫ホアンチーは右手で武蔵の大刀の柄頭つかがしらを押さえ、握った左拳を武蔵の腹部に軽く押しつけた状態で立っていたのである。


 まったく動けなかった武蔵を前に、黄姫ホアンチーは凛とした声で「纏絲チャンスー崩拳ポンチュアン」とつぶやいた。

 

 次の瞬間、武蔵の体内に何かが爆発したような衝撃が走った――。

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