プロローグ2:敏感系主人公の俺は今日も視線に気付く

俺は属に言う「主人公気質」ではない。というか向いていない。


なぜなら──




「おっはよ!レオ君、今日も遅刻?」


いつもの通学路、校門前。後ろから駆けて来たかと思えばバン、と軽快に俺の背中を叩く人物がいた。挨拶にしては強すぎる衝撃に、勢い余って俺は壁に激突する。間違いない、幼馴染のメイだ。


「痛っ……おま、いつも強過ぎんだよ」


「ごめんごめん!なんかレオ君を見るとちょっかいかけたくなっちゃうんだよね〜」


メイは小学校から今の高校に至るまで、ずっと俺と同じ学校に通っている。家も近いため、物心着いてからこうして毎朝顔を合わせ続けている。そして、その度こうしてだる絡みをされるのだ。


「ていうか、この時間にいるってことはお前も遅刻だろ」


「都合の悪い話は耳に入らないようになってるよ」


「自分勝手なヤツ」


満面の笑みでメイがまた拳を構えたので、俺は渋々すいませんと言葉を置いて退散した。


思うが、メイは本当に変なやつだ。

顔も可愛くて成績優秀な上、学校では真面目な面をして過ごしているくせに、こうして俺にだけはイタズラを仕掛けてくる。しかも、毎度俺の通学時間に合わせて来るのだ。


そこから導き出される答えはひとつ。こいつは俺のことが好きである。


そうでなければ、わざわざ朝の貴重な時間を費やしてまで俺に絡もうとしたりしない。それに、学校でも俺を見かける度ちらちらとこちらの様子を気にしているのが丸わかりだ。直接話す時は快活な姿を演じているが、ふと距離を離すとその本心がくすぐったいほど瞳に映っている。


そして俺は、それに気付いている。全ての行為は故意であり、故に恋であるのだ。


俺が主人公に向いていないというのも、これが原因だ。


通常主人公というのは展開を長引かせるために、或いは駆け引きを生むために、不自然なくらい好意に鈍感なものだが、俺はその視線に気付いてしまう。彼らを鈍感系主人公と称するならば、さながら敏感系主人公といったところか。ちょっと変な誤解を産みそうな字面だが、ようするに俺は他人の視線や感情に人一倍勘づいてしまうのだ。


「俺、先に行くから」


「え!待ってよもうちょい遊ぼうよ〜」


物足りず物憂げな顔のメイに物理的に後ろ髪を引かれながらも、何とか彼女の視線を振り切って俺は学校の中に入った。



「おいお前、また遅刻か」


下駄箱に靴を入れていると、後ろから凛と力強い女性の声色が聴こえた。声に乗った感情は怒りと呆れを半々に孕んでいる。


「なんですか、ジュン先輩」


振り返るとそこには、艶めいた長い黒髪を風に揺らしながら立つ我が校の生徒会長の姿があった。相も変わらず美人である。


「お前ごときが気安く名前で呼ぶな、汚らわしい。自分のやったことを自覚しているのか」


腕組みをしながらはぁとため息をつくジュン先輩。確実に怒られているのだが、彼女の立ち姿が画になり過ぎてそちらの方に釘付けになってしまう。


先輩は俺が遅れてくる度、というか登校する度にこうしてつらつらと文句を垂れに来るのだ。生徒会長も暇じゃないだろうに、ある意味律儀と言えば律儀である。


早い話、彼女も俺のことが好きである。


何がきっかけだったか忘れたが、気がつけばこうしてほぼ毎日顔を合わせているような気がする。生徒代表のような顔をしているが、その本心はダダ漏れである。


「まあいい。お前と世間話をするほど暇じゃない。今日の放課後、生徒会室に来るように」


「え」


思わず声が漏れてしまった。廊下や人目のつくところに呼び出されることはあったが、一室に、しかも彼女のホームグラウンドに招待されるのはこれが初めてな気がする。


「なんだその反応は、ずっと前から予定していたろ」


「そ、そうでしたっけ……」


メイではないが、俺もお叱りを受ける時に都合の悪い話が耳に入らないようになっているせいで、適当に返事をしてしまっていたのかもしれない。これはまずい事になったぞ……万が一その、告白されでもしたら俺は学校中の男子から恨まれるのではないだろうか……。


「本当に駄目な奴だな。とにかく、今日は途中で逃げるなよ」


憂鬱だ。ただでさえ長く感じる学校生活が今日は余計に冗長になりそうだ。


ジュン先輩が話は終わったとばかりに踵を返すのを見て、俺はとぼとぼと教室へと向かった。その途中、ふと横目に見た保健室の中でいかにも病弱そうな小柄の少女が羽を休めていた。彼女の名前は確かイチカ。同じクラスのはずだが、教室にいるよりも保健室にいる時間の方が長い気がする。


ぼーっと眺めていると、ふとイチカと目が合った。はっと恥ずかしそうに目を見開いて、イチカはすぐに保健室のドアを閉めた。


あの子も俺のことが好きである。



「長かった……」


チャイムの合図でようやく俺は溜め込んでいた無駄な緊張感を吐き出し、元の姿に戻ることができる。


学校の勉強は相変わらず面倒だ。多少授業に遅れても分かる内容ばかりだが、何よりペアワークやグループワークがダルい。リーダーぶりたい人間や他人任せの人間が上手く噛み合えば良いが、そうでない場合は水面下で押し付けあいや奪いが始まるあの感じが、それぞれの思惑が透けて見える感じがどうも茶番に見えて仕方ない。


予め身支度を整えていた俺は、いち早く玄関を抜けて帰路に付いた。周りの視線などこの時ばかりは気にならない。基本的にこういうのはスタートダッシュが命だ。放課後の生徒が犇めくあのダラダラとした校庭が広がる前に抜け出さねばならない。そしてその努力のせいか、俺はいつも誰もいない校門を颯爽と駆けることができる。ボロボロのシューズと多少の切り傷は、俺の勲章とも言える。


のだが──


「ん」


いつもこの時間は誰もいないのだが、今日は1人の女子生徒が校門の鉄柵に腰掛けてスマホをいじっていた。見たところ、ここの学校の生徒の制服では無い。いかにも“ギャル”めいた感じで、化粧も髪色もとにかく濃い。目にこびりつくような派手さだ。


誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。まぁとにかく、君子危うきに近寄らず。ここは得意の忍者歩きで気付かれないように過ぎ去ろう。


「お、学校終わった感じ?」


ああダメだった。俺も結構感覚が鋭い方だが、こいつも中々の手練である。独り言か話しかけられているのか曖昧な台詞だが、視線ははっきりとこちらに向いていた。


「おい」


無視しようか返答しようか迷っていると、スマホを握った手の甲で小突かれた。


「お……わりました。さっき」


「あ、そ」


用は済んだとばかりにギャルはすぐさまスマホに目線を戻した。ある意味はっきりしていてむしろ清々しいモノ扱いだが、まあここは大人になったような顔をして気にしないでいてやろう。


かと思えばすぐにこちらを睨んできた。


「てかさ、なんで泣いてんの?」





は?










泣いてる?誰が?






「ウケんだけど。いやアンタに決まってっしょ」


誰も居ないはずなのに周りを見渡す俺に、ギャルが内カメラを向けてくる。そこに映ったボクは──目は赤く腫れ、口角は下がり、曇りきったメガネは傾いていて、見るからに“みっともない”様相をしていた。


──あれ?


ボクってこんなに太ってたっけ、目が小さかったっけ、ニキビだらけだったっけ。


あれ、


記憶にない景色を目の当たりにし、熱暴走する勢いで思考を巡らせていると、それを遮るように頬に向けて衝撃が走った。考える暇もなく、ボクの巨体はいとも簡単に壁に打ち付けられる。


「ちょっとレオ君!私を置いて先に帰んないでよ〜」


その衝撃の出先を考える前に、聴き馴染みのある声が鼓膜に届いた。間伐入れず胸ぐらをぐっと掴まれる。


「来るのは遅いのに帰るのは早いんだね」


ようやく視認できた。メイだ。


胸ぐらを掴まれた手を、押し出すように地面に投げ捨てられる。頭がずっと混乱状態だ。だからといって、前を向くのは怖い。今のボクの姿を客観視なんて出来ない。したくない。


「ぐ……ぅ、え…………」


周りが騒がしくなってきた。どうやら他の生徒たちも下校し始めたようだ。頼む、来ないでくれ。見ないでくれ。


「あれ、いっつも満更でもない顔してたから喜んでるのかと思ったけど、今は何か違うね……?珍しっ!」


いや待て、何を億劫になっているんだ。そもそもメイは俺のことが好きで、それにボクも気付いてて…………。


「まあでも仕方ないよね」


そ、そうだ。視線を見れば、目の色を見ればきっと彼女の考えてることが──


・・・・・

「あんなことするのが悪いんだよ」




──アンナコト?


腫れた瞼を一身に押し上げて、ボクの前に立つ彼女の姿を見上げる。その瞳は氷のように冷たく、そのクセ澄んだ色をしていた。


きっと嘘だ。


「嘘だ……」


嘘に決まってる。


「ちがうちがうちがう!!!」


痺れた体に鞭を打って、メイの視線から逃れるように床を這い蹲る。横を見ると、保健室のあの子──イチカが不安げな表情で離れた場所からこちらを見ていた。


彼女としっかりと話したことはないが、やたらと目が合ったり、廊下で出くわしたりしていた。それは、きっと彼女がボクのことを気にかけて、さらには好きだからに違いない。


「助けてくれ、イチカ……なんかボク、勘違いされて」


「やめて……ください」


か細い声が、混ざりあった絵の具の中に一滴落とされる。


「キモチワルイ……です」


消え入りそうな煙のような音色。しかし、喧騒を切り裂いて確かにボクの耳に届いた。


「は、え……?」


プルルルルルルルルル


思考を邪魔するように、遮るように、ボクのスマートフォンが鳴り響く。誰でもいい。誰かに助けを求めたくて、一人ぼっちじゃないと知りたくて、名前も確認せずに緑のボタンをスワイプした。


『おいお前、何を考えてる!!!今朝言ったばかりなのに忘れたのか!!放課後生徒会室に来いと!!!!』


どよめいた空気の中でもはっきりと伝わる叱咤。ジュン先輩だ。そして、すっかり忘れていた。今日は大事な用があったんだった。


『まだいるか?ならすぐに来い。校長もPTA会長もお待ちだ!!!絶対に逃げようなんて考えるなよ』


校長?会長?おかしいな、今日は放課後ジュン先輩と二人で──





いや、もしかして、“二人で”なんて言ってないのか?


疑問符で溢れかえった脳内と、泥にまみれた身体に響く。ボクは人一倍“気付ける”人間なのだ。今何が起こっているかも、皆が何を考えているかも、本当は手に取るように分かるはずなのだ。


それなのに。


『今日、お前の処分を決めるからな』







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