第8話 ルーズベルト侯爵家(2)

次の瞬間、身を突き刺すような冷気が襲った。


「さっっっむ……!」

「これは……すごいサプライズだね。予想外だ」


いや、ただ寒いだけじゃない、痛い。

急に雪国に放り込まれたかのような気温の低下に、体が危険信号を発している…!?


「も、もももモニカ、今はまだ春よ? 冷却魔道具を使うにはちょっと時期が早すぎるんじゃないかしら…!?」

「いいえ、シャーロット様。私は何もしていないのですよ」

「え…?」


ガタガタと震える私に上着を差し出しつつ、モニカがそう答える。


肌に触れたふわりとした羽毛の感触にほっと息をつき、私は簡易的な炎の結界を張った。

幸いにも私は炎属性の魔法は苦手ではない。

吹き抜けた生ぬるい風に、ふるりと体を揺らした。


それから、モニカに促されるように部屋を見渡す。


部屋に置いてある家具には霜が降っており、ただの生活魔法である部屋の温度を冷やす魔法(冷却魔法)の使用によるものではないことが読み取れた。


確かにこれでは冷却、どころではなく凍傷魔法だ。

しかし、普通主人の部屋の温度を調節する役割のはずのモニカは、手を加えていないと言う。


理解が追いつかず訝しみの表情を浮かべる私に、モニカはすっと手を前に伸ばし何かを指し示した。


それを目線で追うと、そこにあったのは……ベッド?

天蓋から垂れた柔らかい布が、不自然に揺れている。

窓も開いていない中でのその光景は、明らかに不自然だ。


私は一瞬ノアと顔を見合わせると、恐る恐るベッドににじり寄る。

それから、そっと中を覗く、と。


「っぇ……」


思わず目を見開いた。



「セシリア……?」


そこにいたのは、滑らかなストロベリーブロンドの少女。

しかし、もう一つの特徴であるエメラルドグリーンの宝石は、固く閉ざされていて合間見えることはない。


穏やかな笑みを浮かべておらずとも、あたりに漂う雰囲気はどこか静謐で、触れることすら躊躇してしまう。


たとえ眠っていたとしても、彼女の独特な空気感は失せることはない。

普段と変わらない姿。


……と、言いたかった。



ただ一つ。



「……これ、魔法の残り香がうっすらと見える」


同じくセシリアの額に視線を落とすノアが、ポツリと呟いた。


「魔法の残り香、ですか」

ぱちぱちと無表情のまま瞬きを繰り返すモニカ。


「ああ、魔法を使われた場所、物には必ず、跡が残るのは知っているだろう?」

「知識としては知っていましたが……私には視認できません。なにぶん、私は平民上がりですので」


魔力を持つことは、貴族だけに許された特権であるという考えが根強い。

そもそもこの国の成り立ちが、その思考を加速させているのだ。




あるところに闇に包まれた、ひろいひろい大地がありました。


そこは荒れ果てた大地でした。


ひろいひろい大地には数人の動物と、瘴気に染まった魔獣がいて、人間は疲弊していました。


また、あるところには、光り輝く女神様がいました。


その美しい女神様は、とても優しく慈悲深いお方で、荒れ果てた大地を見てそれはそれは悲しい気持ちになり、嘆かれました。


そこで女神様は、自身の力を分けた少女を大地に生み落とすことにしました。


少女は聖なる力で大地を包みました。


すると大地はあっという間に浄化され、緑あふれる豊かな地に生まれ変わったのです。


魔獣も、輝かんばかりに清らかな力に飲み込まれ、次第に数を減らし、ついには大地から消滅しました。


人間はその少女を『聖女』として崇め、彼女を王とする国を建設しました。


こうして、スウォインツェ王国ができました。




王国の国民なら子供でも知っている童話だ。

そして、今の王家がその『聖女』様の末裔だと言われている。


その血は、婚姻などの関係で貴族にも混ざっているのだ。


奇跡、現在で言う魔法のことだろう。


貴族が魔力を扱えるのは、彼女の血を濃く受け継いでいるからだという。

そして、平民が魔法を使えないのは血を受け継いでいないからだと。


まぁ稀に平民でも魔力に覚醒する者もいて、

魔法という現象についてはまだまだ謎が多いのだが。



ーーっと、話が脱線してしまった。


つまり、モニカが魔法を使えず、残り香が見えなくてもなんら不思議なことではない。

むしろ、極々自然なことなのだ。

しかし、それはモニカのことを知っている人物から見た事実で。


次女見習いは主に分家や、低位貴族、親戚から出すことが一般的だ。


つまり、貴族なのである。



それを、侯爵家の令嬢でありながら平民を侍女としているセシリアはかなりの変わり者だと言える。


むしろ何処の馬の骨とも知り得ぬ下賎な平民をそばに置くなど瑕疵だと判断されてもおかしくはない行いなのだ。

少なくとも、この様に会話にしていい内容ではないことは確かである。


そんなことを微塵も窺わせずさらりと口を滑らしたモニカに、私はぎょっと目を瞬かせた。


その平坦な印象を抱かせる瞳はノアの横顔をじっと見ており、なるほど、彼を試そうとしているのだろう。


「……そうか、なら僕が説明しよう。モニカ、ルーズベルト嬢の額には蓮華の模様が浮かんでいる。僕はこれを呪いの一種だと考えるんだが、どう思う?」


ノアは短く返すと、さして気にも止めていない様子で、モニカに問いを返した。

彼女はふっと表情を緩ませると、軽く会釈をした。


それからすぐに元に戻して、会話を続けた。


……よかった、ノアのことを認めてくれたらしい。

まぁ、この男も変わり者だから、他人のことをどうこう言える話ではないと思うのだがー……。


「っっじゃなくて、何普通に話を続けてるのよ!?」


何やらうまくまとまりそうになっている空気を察して、私は慌てて待ったをかけた。


今さらっと爆弾発言したわよね!?


「呪いってどういうことよ!?」

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