第7話 ルーズベルト侯爵家

「久しぶりね、モニカ。元気そうで何よりだわ」

「ええ、お久しぶりです、シャーロット様。そちらも相変わらずお元気そうで。セシリア様もきっとお喜びになることでしょう」


事前にアポをとっていたとはいえ、突如として門を叩いた私を、ルーズベルト家の使用人らは意に関することなく迎え入れた。

世情的にはライバルにあたる立ち位置である私だが、そもそもセシリアとの仲は悪くないのだ。


幼馴染、いや、腐れ縁のようなものだろう。


目の前に立つ侍女、モニカもそうだ。


モニカとは、セシリアの専属侍女である。

公爵家、侯爵家などの高位貴族の令嬢は幼い頃から同じ年頃の侍女見習いを側につけ、成人すると同時に正式な侍女とする慣習がある。


セシリアにとって、その侍女見習いというのがモニカなのだ。


つまり私とセシリアだけでなくモニカもある意味長い付き合いということ。

身分差という問題がありながらも少しばかり砕けた会話ができるほどには。


つんと澄ました鉄仮面の如き無表情を見て、ため息をつく。


「……その話題はちょっとデリケートだからやめてくれないかしら」

「そうでしょうか。シャーロット様も御覧しますか? とても美しい寝顔ですよ」


そこでモニカは一息つくと、薄く閉じていた瞳を瞼ごとゆっくり押し上げる。


「私は長年思っていたのです。セシリア様は物言わぬ姿が最も完成された状態なのではないかと。いっそのことこのまま氷漬けにしてドールケースに仕舞ってしまおうかと」

「殺意が高すぎるわ!? あなたが犯人というわけではないのよね…?」

「冗談です。シャーロット様」


まったく冗談には聞こえなかったのだけれど…?


「……ところでシャーロット様。後ろにおられる方はどなたでしょうか。失礼ながら存じておらず…」

「あぁ、この人は……私の下僕よ。気にするほどのものでもないわ」


「本日はお招きありがとう。ノア・ヴァレンタインだ」

「そうですか、ノア・ヴァレンタイン様ですね。公爵家の方であったとはご無礼をお許しください」

「初対面だからね、気にすることはない」

「…………」


私の言葉を華麗にスルーして、自己紹介を済ませる2人。


一瞬言葉を失いかけたが、なんとか誤魔化して笑みを浮かべる。


「今日はよろしくね、モニカ。まずはセシリアに挨拶をしたいから部屋へ案内してくれないかしら」

「そうでした。このモニカ、シャーロット様とお会いできた嬉しさで我を忘れていました」


よく言うわ、先ほど私を無視したばかりというのに。

じとりと睨みつけるも、その表情は依然として動かない。


諦めて一息つくと、モニカはその反応を待っていたかのようにこちらを一瞥し、私たちを先導して歩き始めた。


……ところで、アポをとったとはいえ曲がりなりにも事件の容疑者を堂々と案内しても大丈夫なのかしら。


私は別にどんな目で見られても気にしないけれど、それでモニカの立場が悪くでもなったらあまりにも夢見が悪すぎる。

そう思い立ち、少し前を歩くモニカに声をかけた。


「一応聞いておきたいのだけれど、ルーズベルト家でこの事件はどのように考えられているのかしら」

「そうですね、シャーロット様に対してここの使用人は好意的ですから、疑いはしていませんね。まぁ、あの当主様…ごっほうぇっほごっほぐはっ」

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

「失礼しました。最近ではその存在を口に出すだけで咳き込むようになってしまいまして。アレルギーですかね」

「雇い主をアレルギー扱いするとか君やるねぇ」

「お褒めいただき至極光栄です」


感心したように言うノアに、モニカはツンと無表情のままにぺこりと頭を下げた。


いやそこ褒めるとこじゃないから。

絶対に。


……なんか、この2人を合わせたの、間違いだったような気がする。

脳内に浮かぶ混ぜるな危険という文字を奥の方へしまい込んで、笑顔を浮かべた。


「それじゃあ、使用人に接触しても危険はないと言うことね?」

「ええ、おそらく。うちの者は皆あのクソ狸ジジイのことを嫌っていますから」


最近ではいかに当主様もとい狸ジジイに会わずに過ごせるか大会を承認の中で開いております。


淡々と言葉を紡ぐモニカに、私は頬の筋肉がひくりと痙攣したのを感じる。


……それで本当に大丈夫かルーズベルト家。


「狸クソジジイは権力にがめついですから、シャーロット様のことをよく思っていないでしょうが、今は屋敷にいません。使用人に来客の連絡などをしないように言いつけていますから、バレる可能性はほぼないでしょう」


ある意味で使用人たちの結束感が強すぎる。

共通の敵(ルーズベルト家当主)を見つけてしまったからか……。


呆れつつも今回はその結束力が心強い。


「ここがセシリア様の私室です。本来ならば男性を入れるのはあまり好ましくないのですが、シャーロット様の頼みですもの。目を瞑りましょう」


セシリアは唐突に立ち止まると、華奢な金の装飾が施された扉を手で差し示した。


「しかし、中で起きていることについては他言厳禁でお願い致します」


そんな忠告を受け、私とノアは揃って顔を見合わせた。


興味で爛々と瞳を輝かせるノアの瞳に、幾分か緊張した面持ちの自分の姿が映り込む。

……なんでこいつはこんなにも楽しそうにしてるんだ。


どうせ、ひゃっはー!未だ見ぬ猛毒の被害者をこの目で見られるなんて幸運だ、知識欲がくすぐられるぜ〜!とか思ってるんでしょう。(※全てシャーロットの妄想です)


心に燻っていた緊張が、馬鹿らしさで一気に溶けて消えた。


ふーっと大きく息を吐き、それからドアノブに手をかける。


ひんやりと、やけに冷たい金属の感触が指を伝う。


私はそれを、思い切り引いた。



次の瞬間、

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