第6話 第一回ドキドキワクワク⭐︎情報交換会

ノアはあの短時間でここまで計算に入れてこの作戦を提案したのだろう。


それに比べて私は婚約などという浮ついた言葉に惑わされ、ノアに説明をされてようやく気がつく始末。


なんて情けないのだろう。

俯き、グッと唇を喰んだ。


そんな私の心情を知ってか知らずかノアは優雅な動きでティーカップを持ち上げ、一口含む。


「まぁ、君のような単細胞と僕は頭の出来が違うからね。そのために僕と手を組んだんだろう?」


王家を守る盾として代々護衛騎士を輩出するオルレアン家。

王家に仇なす者を排除するために頭脳を振るう、王家の剣のヴァレンタイン家。


相互監視の関係といえど、それはただの一面にすぎない。


表向きの役割としてそういった役割が与えられているのだ。


今ノアは家系的な特色の得意不得意について触れているのだろう。


実際に、オルレアン家出の人物は、武道に優れている反面、頭脳面では弱いものが多い。

いわゆる脳筋と呼ばれる貴族である。


私も事実、剣術を得意としている。


しかし、私にとってこの呼び名は不名誉なものでしかなかった。


「……うるさい」

「怖い怖い。さっさとこれでも食べて機嫌を直してくれ。今日はこんな話をしに集まったわけじゃないからね」


そういって差し出されたお皿の上には艶々といかにも美味しそうなチョコレートケーキ。


「元々は僕が頼んでいたものだけどね、君の機嫌が悪いとこちらとしても不都合だ」


まるで……いや、完全に子供扱いである。

同い年のくせに。


そんな悪態が喉元まででかかったが、ここで噛み付いたら私は子供みたい、ではなく完全なる子供まで成り下がってしまうだろう。

それだけは避けるべきだ。


脳内でなんとか完結させる。


それでも腹立たしく思うことはやめられず粗い手つきでお皿を取り上げると、ノアはさも面白そうに眉を上げるからさらに苛立ちが増した。


いや、我慢。

我慢よシャーロット、我慢できなくて場をわきまえず相手を煽る餓鬼ではないのだから。


あっでもこのケーキ美味しい……っじゃなくて!


若干今更な気もするが私はこほんと喉を鳴らし、場の仕切り直しに取り掛かる。



「……ノア、今日集まった理由はわかってるわね?」

「わかってるもなにも僕はずっと言っていたけど」

「わかってるわよね?」


じりじりと圧をかけると、ノアは仕方がないと言いたげに息を吐いて目を閉じた。


「……第一回ドキドキワクワク⭐︎情報交換会だろう?」

「そんなふざけた名前をつけた覚えはないわよ!?」


何よその幼児女子が好みそうなクソダサいネーミングセンスは!


「まぁ堅いことはいいじゃないか。まずは僕から行こう」


にこにことさも楽しげに微笑んで、ノアは深く椅子に座り直した。


「僕の報告は今回の事件の詳しい概要だね。被害者はセシリア・ルーズベルト侯爵令嬢。12歳の頃、シャーロットと同時期に皇太子妃候補へと名前が上がる。

本人はよく言えば純粋で穏やか悪く言えば能天気な性格で、正直に言ってしまうと皇太子妃にはふさわしくないと判断できる。しかし、もう1人の候補者であるシャーロットの出身であるオルレアン家には敵が多く、ルーズベルト侯爵令嬢を皇太子妃にと推す声も多い」


ノアの言葉に、脳裏にセシリアの姿が浮かぶ。


風に煽られて軽やかに広がるストロベリーブロンドの髪。

新緑を摘み取ってそのまま閉じ込めたかのような、暖かなエメラルドグリーンの瞳には、穏やかな笑みが浮かぶ。


春に綻ぶ一輪の花のように瑞々しくて、愛しい外見と、それに呼応する柔らかい物腰。

初々しく、それでいて美しく。


少女から1人の女性へと羽化する瞬間を閉じ込めたかのような、どこか儚げな彼女の周りにはいつも人が溢れていた。


脳裏に浮かぶ姿はさながら妖精であるが、実物を嫌というほど見慣れている私にとっては、決して美化しているわけではないことがわかる。


ノアは続ける。


「そのため、最近ではルーズベルト侯爵派とオルレアン公爵派で派閥が出来、対立が水面下で行われる冷戦状態に陥っている。

そして動きが見えたのがこの前の夜会の前日だね。突如として誰かしらにルーズベルト侯爵令嬢が毒を盛られた。それによってオルレアン派及び、その筆頭であるシャーロットに容疑が降りかかったわけだ」


これが事件の大枠だね、と言い切ったノアはそこで紅茶を一口含む。


「いやー情報を集めながら思ったけれど、明らかに君は怪しいねぇ。もう罠に嵌められてるんじゃないの」

「うるさいわね…」


とりあえずはそう返したけど、もしその話が本当なら非常に厄介だ。


殿下がああして夜会で私を断罪したのも、私と取引をしたのも、勝算があったから?

私が体調を崩している間にオルレアン家に間者を紛れ込ませ、なんらかの証拠品になるものを落としていったとか?


……いや、それはないだろう。

脳裏に浮かんだ疑問を即座に否定する。


殿下が馬鹿で無能だからという理由だけではない。


すでに私はオルレアン家の調査を終えているからこそ断言できるのだ。


私の行動が迅速だったというよりも、オルレアン家の使用人らが優秀だったというだけなのだけれども。


あの夜会の日、私が濡れ衣を着させられんとしていることを知った使用人らは激怒し、そして独自に調査を始めてくれたのだ。


オルレアン家の使用人は、公爵家にしては少なめで、なおかつ使用人同士の関係値が深い、いわば先鋭の集まりだ。


貴族の屋敷の中ではアットホームな職場だと言えるだろう。


そんな彼らはまず、互いに事件前後のアリバイについて話し合い、証拠を見せ、己が間者ではないことを証明した上で敷地内を捜索してくれたらしい。


その結果、証拠品なるものは見つからなかった。


シャーロットからすればそれは当たり前のことなのだが、濡れ衣を晴らすことができるといった点では、その事実は強力なアリバイとなってくれる。

本当に使用人様々だ。


「……というわけで、罪を逃れる準備は万端よ。後は真犯人を見つけるだけ」

「簡単にいうけど後者の方がよっぽど難易度が高いんだよなぁ……」


少し行儀悪く顔を顰め、大きなため息をつく。


「まず毒の特定、この国への流通ルート、真犯人の特定、真犯人を追い詰める証拠。ざっと数えただけでもやるべきことが山積みだ」

やはり泥舟だったかと芝居がかった仕草で肩を落とすノア。


「まぁ、そこはコツコツと地道に調査を進めていくしかないわね。それじゃあ行くわよ」

「どこに?」


かたんと、唐突に腰を上げた私に、ノアは首を微かに傾けた。


さらりと、黒髪が重力で撓む。

意思の読めない無機質な黒水晶を、しかと見つめ、唇の端を持ち上げる。


「言ったでしょう? ツテがあるって」

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