第16話「私は……本当に嬉しかった!」

親友、遥の彼氏、松本海斗君から、陸上部の同輩である、

相原亮あいはら・りょうさんの話を聞き、数日が経った。


まあ、正直、気にはなった。

男子に興味を持たれるとか、生まれて初めてだったから。


しかし、それから何も起こらず、

肝心の颯真そうま君との恋の進展も全くない。


……そして今日もお昼は、はるか海斗かいと君と、

一緒にランチである。


私はいつもの通り、遥と一緒に教室を出て廊下へ。


いきなり、そんな事が起こるなんて、全くの予想外だった。


これまた、海斗君が笑顔で手を振っていると思いきや……

今日は、様子が違っていたのだ。


「お~い、山脇凛ちゃ~ん!」


遠くから、いきなり、ちゃん付けで呼ばれた。

ええっと、聞き覚えのない声だけど、やけに馴れ馴れしいぞ。


そ~っと、見やれば、腕組みをした、しかめっつらの海斗君の隣に、

長身の男子生徒が立ち、笑顔で手を振っていた。


初対面なのだが、男子生徒の顔には見覚えがある。


忘れはしない。

「私の事が気になるんだ」と、海斗君へ告げた人。


昨日、海斗君のスマホで写真を見せて貰った、

海斗君の陸上部の仲間、私たちと同学年の相原亮あいはら・りょうさんだ。


えええ!?

ど、どうして、いきなり!?


相原さんが!?


驚いた遥も同じく腕組みをし、海斗君に突っかかる。


「か、海斗! どういう事、何これ?」


遥の言葉を聞き、相原さんが苦笑。


彼の目じりが下がって、優しい笑顔。

「素敵!」と思う女子は多いに違いない。


「あはは、何これ? は酷いなあ。田之上遥たのうえ・はるかちゃん。4人で一緒にランチをしたいと思って、海斗と一緒に来たんだよ」


いきなりフルネームのちゃん付け。

遥の怒りに火が点いた。


「田之上遥ちゃん? 4人で一緒にランチをしたい? いきなり慣れ慣れしい! 私、貴方とは全くの初対面ですけど」


「まあ、そうだよね。君は海斗と付き合っているけれど、陸上部の練習は見に来ないから、今まで会った事がなかった。……珍しいよね? 彼氏の走る姿を見に来ない彼女なんて」


「はあ? そんなの私の勝手でしょ? 何言ってんの? この人!」


相原さんに対する遥のファーストインプレッションは……最悪のようだ。


改めて海斗君へ突っかかる。


「こら、海斗! どういう事? あんたの話と違って、この人、全然礼儀正しくないじゃない!」


怒り心頭の遥に対し、海斗君はやはりしかめっ面。


「いやあ、参ったよ。いつもの亮とは全然違うんだ」


「いつもとは全然違うって、何それ?」


「いや、俺さ、アポなしでいきなり一緒のランチは強引すぎるって、亮を必死に止めたんだどさ、こいつ、全く聞き入れないんだ」


「はあ? 何、それ? 最低!!」


吐き捨てるように言う遥。


相原さんは再び苦笑。


「最低って……あはは、気分を害したのなら、ごめん、あやまるよ。……でも今日、用事があるのは遥ちゃん、君ではないんだ」


「知ってるわよ、そんなの! あんたの目的はりんでしょ?」


「ビンゴ! おお当たりい!」


遥に指摘され、Vサインの相原さん。

私へ向き直った。


「……という事で、初めまして、山脇凛やまわき・りんちゃん。突然だけど、今日のお昼は、俺も一緒にランチをさせて貰うよ」


うわ!

相原さん、私にもちゃん付け?

……この人、笑顔は素敵だけど、海斗君の言う通り、かなり強引。


……弱気な男子より、強気な男子は嫌いではないけれど、これはやりすぎ。

遥を怒らせ、海斗君を困らせてまでというのは、私も納得出来ない。


ここは、やはりお断り致しましょう。


曖昧あいまいなのは、いけないって思い、きっぱりと。


「いえ、申し訳ないですけど、いきなりのお誘いはお断りします」


「え? 断る?」


「はい。というか、どういうつもりなんですか?」


「いや、どういうつもりって……海斗にさ、凜ちゃんの事は『自分で聞けば』って言われたから、ただ聞くのも芸がないと思って、ランチに混ざろうと思って来たんだ。その方が楽しく話せるじゃないか」


相原さんの言葉を聞き、再び怒ったのが遥である。


「何? やっぱり海斗が適当な事言ったのが原因じゃないの!」


大きな声で叫ぶ遥。


そんなやりとりをしていると、いつの間にか廊下はというか、私達4人の周囲は、他の生徒がいっぱい!

大勢の人だかり、いわゆる野次馬さん達に囲まれてしまった。


海斗君は目立つし、相原さんも目立つから。


「やっぱり、お断りします、私!」


きっぱりと相原さんの誘いを断った、その時。


生徒たちの中から、ひとりの男子生徒が進み出た。


進み出た男子生徒は、何と!

その人は!?


颯真君!!??


岡林颯真おかばやし・そうま君であった。


颯真君は、ひどく険しい、真剣な表情をしている。


相原さんをまっすぐ、じろっと見据え、


「おい、あんた、凛ちゃんが断るって言ってんだろ? さっさとあきらめて帰れ」


と、きっぱり言い放った。


相原さんは、少し困惑。


「へえ、何だい、君は? いきなり」


「いきなり? いきなり、押しかけて来たのはあんただろうが」


「まあ、そうなんだけど、君は誰だい?」


相原さんは颯太君に詰め寄られても、全く動じていない。

ひょうひょうとした、雰囲気は変わらなかった。


颯真君も顔は怒っているけれど、……冷静だ。

口調が落ち着いている。

相原さんと、『殴り合い』とかにはならなそうだ。


私は少しほっとした。

危なくなったら、間に入り、止めようと思ったから。


つらつら考える私をよそに、颯真君は、相原さんへ言葉を戻す。


「誰って、人に名前を聞く時は、自分から名乗れよ」


颯真君の物言いに納得したらしく、相原さんは頷き、


「ははは、それはその通りだね。俺は、相原亮あいはら・りょう


と名乗った。


「相原さんか……俺は、凜ちゃんと同じクラスの岡林颯真おかばやし・そうまだ」


「へえ、岡林君か。あまり見ない顔だね」


「ああ、俺はこの学校へ転入して来たばかりさ」


「成る程、転入生か。じゃあ凛ちゃんとも知り合ったばかりだろ?」


「俺と凜ちゃんが知り合ったばかり? いや、違うな」


「ふうん、違うって? どういう意味だい?」


「あんたには関係ない話だよ。それに、凛ちゃんとは、約束したからな」


「約束?」


「そうだ! 彼女を守るって約束したんだ!」


「守ると約束?」


「ああ! そもそも! 嫌がる女子へ強引に迫る野郎って、凄くダサいぜ、はっきり言って」


凄い気迫の颯真君。

自分より背が少し高い相原さんに対して、一歩も退かない。


颯真君が助けに来てくれて!

私は……本当に嬉しかった!

6歳の時、助けて貰った記憶が鮮やかに甦って来る!


相原さんが、嬉しそうな私の顔を見て、苦笑する。


「はははは、凛ちゃんは、岡林君の言う通りだって、嬉しそうな顔してるね……やっぱり、海斗の言う通り、俺は強引すぎたようだな」


そう言った相原さんは、何と!

私に深く頭を下げる。


「すまなかった、凜ちゃん。こうなったのは、俺の本意ではないんだ」


そして、


「遥ちゃん、海斗、君達にも迷惑をかけた。すまなかった、謝るよ」


最後に、


「凛ちゃん、海斗から聞いただろうけど、俺は君に興味がある。いろいろ話したいと思っているんだ。また機会を作らせてくれ」


と、にっこり笑い、


「じゃあ、失礼」


と、あっさり去っていったのである。

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