第7話

 バブルが崩壊してからも、円高を背景にして国内工場の移転が相次いだ。背景には、海外で製造した方が、コストを圧縮できるメリットがあるものの……、国内工場の技術基盤を低下させ、日本の産業を空洞化させるリスクを生じさせていた。

 バブル景気は、土地担保価値の上昇で、銀行を中心とした金融機関が業務拡大を目指した諸施策により生じたもので――恭介は、日本経済への過信が招いた――と考えていた。それゆえ、今後の動向次第で、負のスパイラルにつながらないか、気がかりでもあった。

 計画経済体制下で――計画=政策の失敗――が、国民生活から安定を奪い去り、窮地に陥らせるように、資本主義体制下の日本でも、同様の失敗が――企業の倒産、失業、自殺――の悪夢を創出していた。

 現代人は、他人の施策については、いかに不条理であっても責任を追及しようとするが、自分自身については、一切の過誤がないかのごとく振る舞う。他人の施策を批判はするが、内省はせず、もし施策を講じなかった場合の不利益やトラブルの責任は逃れようとする。さらに、批判論者は、代替案を示さず、自身の無責任を是とする構えを見せる。恭介は、誣告が罪であるように、無責任論者にも、道義的責任はあると考えていた。

 日本の国内企業は収益性の低下の対策として、本来は禁じ手だった整理解雇に着手し始めた。企業が解雇を大義のように考えて、失業者が溢れる――と、資本主義社会では、企業本来の顧客となる――消費者=企業の雇用者――のパイを縮小する結果になる。――景気の長期低迷――の悪循環のスパイラルに突入するのは。必至と感じていた。恭介は人件費の削減は、固定費の中でも骨身を削り、企業単体では目先の改善につながったとしても、長く日本経済にダメージを与える愚策だと予感した。

 リストラクチャリング=リストラは、日本に導入されると、整理解雇と同義語として用いられ、黒字の続く収益性の良好な企業でも、酷薄なまでに――生産性の低い社員のレッテルを貼りつける――と、従業員を解雇する口実に使われた。景気動向の先行きの見えない中で、企業は中長期的な目標を立てられなくなり、短期的な観測をもとにして、従業員の入れ替えに夢中になり始めていた。

 恭介は、窮余の一策としてではなく、リストラ策を継続するのは――タコが空腹になった時に自分の足を食する――タコの足食いと同様に、胴体を細くして、やがては破綻するのを直感した。リストラをやり続けると、時間が経つほど国内経済を蝕み、企業を弱体化させる――と、考察していたので、恭介は血の気が失せるのを感じた。

 個々の企業が、どこでも自社の収益性のみを重視する一社主義の独善を続けると、国内経済全体に悪影響を及ぼすのが容易に想像できた。

 恭介が、不動産鑑定部のデスクに腰かけていると、支店長が訪ねて来た。

「企業というものは……」と、支店長は勿体ぶると「上司や、組織の方針に対して、従順で真面目で、不平を唱えず、企業利益をひたすら極大化できるものが、常に重く用いられている。それが理解できないと、君が他所に勤めたとしても、同じことになるよ」と告げた。

 支店長は明らかに、恭介の日ごろの言動に業を煮やしていた。

「正論を受け入れず、批判するのは企業本来の姿ではないと思うのです。私は、衆愚政治を肯定するつもりはありませんが、企業の方針は、合議制でないと偏った考えだけが蔓延し、うまく立ち行かなくなるのは当然の結果だと考えています」

「たとえ、相手の間違いであっても、上司に真っ向から異論を唱えるのは無謀すぎる。織田信長に仕えていた佐久間信盛は、数多くの武勲を上げた名将だったが、信長に意見を具申し、たびたび口答えしたため、失脚の憂き目にあっている。企業では、管理職でさえ、小さな権力者だよ。彼らは、上に立って支配的に振る舞うのを厳しさだと思っている。それが、組織にとっては当然でもある」

「あなたは、物事をうわべ通りには受け取らない。そこは、評価できると思うのです。ですが、何事も付和雷同的では、進歩がなく、望ましい変化もないでしょう? 私には、長い物には巻かれろ――の事なかれ主義は理解できません」

 支店長は、強情な恭介の反論に言葉を失い「どうかな? どうだろう」と呟くと「君の意見は、意見として尊重する」と、だけ告げて自席に戻って行った。

 入れ替わり、如月が来ると険しい顔つきで恭介を睨みながら批判を浴びせた。

「上司に嫌われて、評価されなくなったらおしまいだ。よそを探した方がいい。信託銀行といっても営利を目的とする一企業に過ぎないよ。君みたいな人が、何も……考えずに、一つの会社に執着する必要はない」

「君の言うことは分かるが……」恭平が言いかけると、如月はそれを制止して言葉を足した。

「どうだ? やめる覚悟はあるのか?」

「今すぐやめる気はしない。いつまでも、しがみつく気はないが、考える時間が欲しい」

「それなら、待遇改善を求めて、銀行を相手にして訴訟を起こすべきだな」

 如月は、恭介が上司に叱責される様子を見ていながら、鋭利な刃物を仕込んだような尖った言葉で切りつけて来た。今の恭介には、過去の友情が薄っぺらな仮面のごとく思われた。人は状況が変わると、かくも酷薄な存在になりうるのかと、胸の痛みと共に涙がこぼれ落ちた。仏教では――心を空っぽにする――気構えを説いているが、煩悩は恭介の心を焦がし、恭介の弱気な構えは、彼自身を打ち据える鞭にしかならなかった。

 恭介は――人は信じるに値する物事を信用するのではなく、つくづく、自分が信じたいと思うものを信用する――と、痛感していた。それは、人間関係でも同様だった。

       ※

 物悲しい時間を過ごしていたが、決して楽しい経験がないわけではなかった。狂騒と混乱の只中にあって、恭介は自分を求道者なのではないか――と思った。しかし、恭介は不徳で享楽的なエセ求道者でしかなかった。至福と安寧が、恭介の望みであるにもかかわらず、今の恭介は不安に責めさいなまれていた。

 一九九二年四月、国家公務員の給与法が改正されたため、同年五月から国家公務員について週五日労働(完全週休二日制)が実施された。地方自治法も改正されたので、行政機関はすべて土曜日も休日となった。企業の多くもこれに倣って、土日の週休二日制が採用された。

 自分の時間が増えたのは、恭介にとっても有難かった。桔梗と別れてから、酒席や競馬場での男同士の付き合いしか、なくなっていた。恋人のいない彼は、ふたたび異性との交際を意識し始めた。

 この数年間で、婚前交渉について、マスコミの煽りが原因なのか、友人たちの認識では――成行きにまかせるのが当然――との意見が大半を占めるほど、寛容になっていた。同棲を肯定し、婚前妊娠も許容する者もいたが……、恭介は、かなり抵抗感があった。

 それを口にすると、周囲は皆「嘘をつけ」とか「本音が出ていない」とか「綺麗ごとを言っているようでは、世渡りがうまくできない」と、批判を差し向けて来た。

 茶谷は、一人住まいの自宅に――ビニ本、裏本のライブラリーがある――と、自慢げに打ち明けた。「裏本は、あと少しで百冊になる」と告げた後で、茶谷は最高傑作と持ち上げる美人モデルの写真をこっそりと見せた。

 女性のヌードは神秘性があった方が、相手を大切に思う気持ちにつながり、恋愛・結婚願望にもつながる――と、恭介は考えていたが、裏本は粗い画像のハードコアなので、心臓が激しく脈打つのに気づきながらも、失望を感じていた。女が愛おしい存在ではなく、欲のはけ口であり、男の道具に見えるのに不快感があった。

 孤独が胸の中を支配しているときは、性愛が救いに思える日があるものの、求めた後で理解不能な寂寥感が強くなる日もあった。裸の獣のごとく、時間を貪り尽くそうとしても限界があり、ゆったりと落ち着いた気分で時間に身をゆだねた方が、恭介にとっては救いになるのが明白だった。それでいて、彼は一人の女の魅力に心を奪われていた。

 歓楽街に足が向くと、通りに出て客引きをする男たちが、下品な声で「お兄さん、うちの店にはかわいい子がいるよ。寄って行ってくれないかな」と、呼びかけてくる。最近では、厚化粧をして派手な服を着て色目を使う、立ちんぼの女が、一目で見分けられるようになっていた。そうした俗悪な雰囲気が漂う場所の一角に、ユイのいる店もあった。

 恭介は、茶谷に紹介されたキャバクラのPUSSYに、一人で通うようになり、キャバ嬢のユイと仲良くなった。店に行くときは、いつもシュークリームやチーズケーキの差し入れを用意した。旅行土産の小物入れをプレゼントした時もあった。

 ユイは恭介を――渋江さんが一番のお気に入りなの――と臆面もなく告げると、頬に口づけし「チュッ」と舌で音を出した。

 彼女の愛想の良さが本心からのものではなく、客を喜ばせるための演技だと思っていた恭介は、恋のアバンチュールを連想し、情熱的にユイを求めたくなった。ユイの唇を貪るように求め、胸に抱く情景を想像すると、身体が熱くなるのを感じた。今の時間が、甘い蜜とときめきで満たされた特別なものになっていた。

 恭介の心を支配する新しい蠱惑的な影響力が、力を増しつつあるのを薄ぼんやりと意識した。力の源泉は、本当のところは外側にはなく、自分の内奥から湧き出ていた。

 店の客の大半は、二十代から四十代の男性客で、彼女の話した内容を驚くほど覚えている――と、ユイは嬉しそうに話した。ただし――この女は自分のものだ――の態度がチラつくと、うんざりするケースがあると打ち明けた。

 男たちの傲慢な態度が、彼女に不快を催させるなら、何故ユイは、男の鋭い視線や脂ぎった手で触れられるのを避けられないのか? ここにいて、こうしていられるのか――と、恭介は不思議に感じた。

 恭介への誘惑が……、唯一無二のユイの存在を強い光で照らす反面、無数の男たちの嫉妬心を無力化するだけの力を持ちうるのか? 疑問に思うとともに、ユイの魅力が絶対的な力で、迫ってくるのを眺めていた。

 店に入ると、ユイは他の客がついているのか、中から楽しげな声が、漏れ聞こえて来た。嫉妬心ほど、一人の人間を飲み干してしまい、ダメな者に変える力は存在しないかに思えてくると、恭介は情けなくも、気が気でなかった。嫉妬は虫歯の痛みに似ていて、嫉妬しているあいだは、痛みに耐え続けるしかなかった。

 十五分待たされた後で、ユイはへそ出しルックに、下着が見えそうなほどの超ミニ・スカート姿で、恭介の席の隣に座った。官能的な姿に、期待感が高まった。恭介は、鼓動が早くなるのを感じた。

 ユイは、明らかに酒に酔っていた。彼女は恭介に口づけると、耳元で「好きなのよ」と呟いた。「僕もだ。大好きだ」と恭介は告げると、甘い香りのする唇を貪るように求め、肩を抱き寄せた。ユイは身体を少し離すと、するすると下着をずらし椅子の横にそっと置いた。恭介は胸が熱くなると、気が変になりそうなほど、ドキドキしていた。恭介は――随分、大胆だな――と思うと、恥ずかしくなり、頬が赤らむのを感じた。

 息もつかせず、次々と言葉が彼女の内奥から湧き出ていた。「可愛い人……渋江さん……、私が好きなのでしょ? 愛されたいのでしょ? 私に触れたいのに我慢していたのよね」溢れ出る言葉が、虚無の内側に溶け込むと、正体の分からない興奮の坩堝と化しつつあるのが分かった。店内のテンポの速い曲が、恭介の気持ちを掻き立てた。

 恭介には、ユイの女の部分が、薄暗がりの中で濡れて、てかてかしているのが判断できた。目視したのは、初めての経験だった。まるで、それが奥に軟体動物が身体をくねらせて潜む蛸壺のように見えた。あまりにも、突然の状況に慌てて驚くと、恭介は身震いしていた。

 ユイが見せる野性的な香りが漂う部分の美醜が判然とせず、妖艶なのか俗悪なのかも、恭介にはまるで分からなかった。それでいて、ぬめぬめとした快感を夢想すると同時に、興奮のあまり鼻息が荒くなり、ユイに対する憧れの感情が、今までよりも何倍も強くなるのに抗えなかった。

 肩を竦め、背中を丸めて緊張していたが、ユイは恭介の股間を見ると「クス、クスッ」と、笑い出し、ズボンの上から触れて「もう……こんなに、硬くて、大きくなっているのね」と、嬉しそうな声で指摘した。あどけない少女にしか見えない二十歳のユイの態度が、いかにも老練に見えると、恭介は失望を感じて辛くなった。

「渋江さん、君の本質が見てみたいって言っていたでしょ?」

「それは、誤解だよ。僕が見たいのは、ここだよ」と、恭介はユイの胸を指差した。

「あっ」とユイは声に出すと「胸なの?」と言って、彼女は後ろに手を回しブラのホックを外す素振りをした。

「ほんとは、ここも……ダメだけどね。渋江さんにだけ、こっそり見せてあげる」

 彼女の目は、微笑しながらも恭介をとらえていた。僅かな間、恭介は様子を見て、首を横に振りながら言った。

「ちょっと待って……。僕は、君のハートに興味があると言ったつもりだ」

 恭介は、ユイが……、男のむき出しの腕に、心臓の鼓動を高鳴らせる純情少女でもなければ、手を握り締めただけで、瞳を濡らす愛情豊かな聖女だとも思っていなかった。それでいて、自分から大胆になれないもどかしさを感じていた。

 仏教の開祖・釈迦は禅定に入った時に、煩悩の化身とされる魔王・マーラに悟りを妨げられる。マーラは、三人の美人の娘に釈迦を誘惑させるが、釈迦の意思は固く、微動もしなかった。それに反して、凡夫に過ぎない恭介は、可愛らしいユイの誘惑に抗する構えができず、魅力の虜になった。かつて、一人の女性に、こんなにも心を揺さぶられた経験はなかった。

 恭介は店を出ると、ユイに別れの挨拶をして、心からの抱擁を交わした。これからも、連絡を取り合い、店にも来る約束をしたが……、何故か、恭介の目から涙が溢れ出していた。悲しみの涙ではなく、ユイの無邪気な明るさが目に染みていた。

 それ以来、恭介は街角にいても、眩いばかりの不可解なときめきに心を奪われると、身動きできなくなっていた。ユイの存在は、万雷の拍手を受ける輝かしい栄光とも、類まれな正義とも、美しい感動とも異質だったが……、恭介にとっては、求めずにはいられない大切な宝になっていた。

 それから三、四日して、ユイと恭介はホテルのレストランでディナーを楽しみ、たびたび二人で会うようになった。ユイの方から、恭介の携帯電話に連絡をしてきた。恭介は、ユイと映画を見に行ったり、ロック・コンサートに招待したり、郊外の海沿いのコースをドライブして、二人で休日を楽しく過ごした。

 誕生日に、バラの花束とケーキをプレゼントすると、ユイは目を白黒させて「本当に、私なんかがもらっていいの?」と問いかけ、満面の笑みを浮かべた直後に、涙をぼろぼろと流した。恭介も、もらい泣きすると「男らしくない」と、詰った。

 ワインやステーキ肉や激しい音楽は、恋愛を素晴らしく演出する小道具だった。男女がお互いの思いを確かめるために、駆け引きするのに不都合があるか? とはいえ、恭介が純粋な恋愛対象にキャバクラの女の子を選んだ考え方に、周囲の非難を覚悟する必要があった。

 ユイは、安部公房や大江健三郎や村上春樹の小説を読み、ユーミンやドリカムの歌を口ずさむ多感で茶目っ気のある可愛らしい少女だった。

「この二年間は、ろくでもない男の人が、私の人生を無茶苦茶にしたの。でも、あなただけは、私を人並み以上に大事に扱ってくれた。それが、嬉しくって……」

 ユイの目には涙が浮かんでいた。恭介は、彼女の身の上話を聞くのが辛くなると、明るい話題に切り替えた。ユイは仕事の話題は、明るく、ケロッとして話すが、家族の話になると表情を曇らせた。子供のころから苦労していた様子で、恭介には……、ユイの職業や状況と、彼女の本質とがかなり違うものに思えていた。ユイは、恭介の前では、いつも純真で美しい少女だった。恭介に対しては、心を丸裸にしてすべてを包み隠さずに見せていた。

 恭介にとっては、ユイの心の中を見抜くのは、スカーフの色を見分けるのと同じぐらい簡単だった。彼女の悩みも困惑も、何を今望んでいるのかも、すぐに理解できた。ユイは正体不明の怪物ではなく、街でよく見かける可憐な女の子の一人であり、恭介の最愛の女でもあった。

 銀行の昼休みに、テーブルで如月と隣り合わせに座った。恭介は、如月と同じ日替わり定食を注文し、料理に箸をつけながら、ユイとの交際を話すと「あんな女は、男を食い潰すゲスだと思う。それにキャバクラと言っても――PUSSY――は、実態はピンク・サロンと変わらない。僕は、あんなのには目もくれない」と、恭介を非難した。

 ユイは、如月が絶賛していた――かわいさとみ――に、顔立ちやムードが似ていた。恭介は、如月が二人を連想で結び付け、嫉妬しているのかと、勘繰った。

「そもそも、銀行員たるものが、水商売の女と付き合うなんて、ありえない」

「ユイは、まだまだやり直しができる年齢だ。そんな風に決めつけるのは気の毒だろ。ピンク・サロンでも、ストリップでも……、ああいう娘は理由があって、ああしていると思う」

「やばい女だよ。絶対に……」

「皆、一律一様に同じなわけがない。僕は、彼女に限っては、そんな娘ではないと思っている」しばらく、押し問答が続いたが、強弁した後に虚しさが長い時間、残っていた。

――人間は自分を変えられない。だから、知能程度も、性格も、短所も自覚した上で行動すべきだ――と、如月は主張するが……、恭介には迷妄邪説にしか思えなかった。それが事実なら、心理学も精神医学も無駄な営為になる。それでいて、恭介の周囲には、当然のごとく――持って生まれた性質は、変わらないから、諦めが肝心だ――と強弁する者が散見された。

 絶望で気持ちが塞いだ後を追いかけるように、寂寥感と羞恥心が心の中に広がると、恭介の頭上にある雲は鬱陶しく思え、青い空も虚ろで無意味なものにしか見えなくなった。いや……、真の絶望が、思考能力を奪い去るとしたら、恭介はまだ絶望を自覚し、苦々しい味覚を味わえた。恭介は、自分で自分の内なる想念が分かりかねていた。それは、自分の内面の出来事でありながら、気取り屋でナルシストの戯れの感情にも思えた。

 堕落が魅力的に思えるのは、ギリシャ神話では死の神タナトスの誘惑によるものだ。精神分析学者のフロイトは、死へ向かおうとする欲動に――タナトス――と、名付けていた。恭介は理不尽と知りながらも、現状に戸惑うと酒に救いを求めるようになっていた。しかし、死の神・タナトスに魅入られたくはなかった。

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