第9話 メーリングリスト

 シェアハウスでの食事は一週間単位で申し込みをするのだが、俺は朝晩を来週まで申し込んでいた。いきなりいなくなったKさんのことを考えると、毒を盛られていた可能性も否定できない。Kさんは、シェアハウスの中では一番社交的でうるさい人だったから、管理人にとっては目障りだったのだろう。


 Kさんのいない食堂では誰もしゃべらなくなっていた。眞田さんはいつも俺の近くに座って、アイコンタクトをして来るが、目を合わせないようにしていた。興味のない女性に近寄られるほど面倒なことはない。女性もそうなのかと思うと、俺はついつい奥手になってしまうのだが。


 管理人は相変わらず料理に凝っていて、店で出てくるような完璧な料理を出してくれた。その人にとって料理をするモチベーションは何なのだろうか。ただ作った物を食べてもらうためだけに、なぜ、そこまでできるのか俺にはわからなかった。


 俺はもう食事がおいしいと感じなくなっていた。毒が入っているかもしれない。それが怖かった。しかし、これだけ人がいるのだから、俺の料理だけに毒が入っているわけがないと思って、我慢して食べた。

 

 そして、その夜、『来週は出張なので食事はいりません』というメールを送っておいた。


 その次の日に会った時、管理人さんはちょっと冷たくなっていた。彼にとっては、シェアハウスの仕事が生きがいなのだ。それを否定したのだから仕方がない。出張に行くと言っても、料理の出来不出来と無関係だということが伝わらなかったのだろう。私と仕事とどっちが大事なの?と聞く女と同じくらい短絡的だ。


 ブログに俺の悪口を書いていたから、「おいしいですね」なんて、聞かれてもいない感想を言う気もなくなっていた。食堂は本当にに静かで海外のニュース映像が延々と流れていた。アメリカのマスシューティングの映像だった。2023年は6月までに300件以上の銃乱射事件が起きており、単純に計算して1日2件も同様の事件が起きていることになる。戦場でなくても、それだけ銃で人が亡くなっているとは…。明らかに異常だ。


 なぜ、管理人が海外のニュースを見ているのか…俺にはよくわからなかった。


 どうやら、眞田さんの言うように、誰も何も喋らないのは、管理人に気を遣ってのことらしかった。何だろう。この人は。ゲイなんだろうか。俺はますます管理人を苦手と感じるようになっていた。


***


 俺は眞田さんに連絡先を知らせて、メーリングリストに入れてもらったが、みんな『駅前の〇〇という店がうまい』、『今度行きましょう』なんていう会話を交わしていた。いろいろな名前が飛び交っているが、誰が誰なのかさっぱりわからなかった。

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