第6話 宗教
ストーカーだと思われるかもしれないが、俺はKさんの勤務先に電話を掛けた。本人から名刺をもらっていたからだ。俺はちゃんと自分の勤務先と名前を名乗った。
「〇〇〇〇〇の江田と申します。Kさんはご在籍でしょうか」
「Kは本日お休みをいただいておりますが、どのようなご用件でしょうか」
「個人的なことなのですが。実は、Kさんとは同じアパートに住んでいまして…先日、急に退去されたので、連絡を取りたいと思いまして…」
その人はしばらくお待ちくださいと言って電話を保留にした。すると、別の男性が電話に出た。
「お電話変わりました前田と申します」
俺は同じ話を繰り返した。
「あまりに急だったので…何かあったんじゃないかと心配で」
俺は白々しくそう言った。ただ、Kさんが何で退去したか知りたかっただけなのだ。
「実は、Kとは連絡が取れなくなっておりまして」
「えぇ!」
俺は電話口で叫んでしまった。
「Kが入居しているテラスハウスの管理人さんから、Kが入院したという連絡がありまして…」
「本当ですか?そんな話聞いたことありませんが」あんなに元気だったのに。俺はびっくりした。
「ちょっと心配していたんです…」
「私も数日会わないなと思ったら退去してたって聞いて…それっきりなんです。まだ、Kさんの部屋があるんですけど、鍵がかかっていて…もともと収集癖のある人なので、コレクションを置いていなくなるっていうのはちょっと考えにくいので」
「レコードですね」
「はい」
「五千枚あるって聞きました。一財産ですからね」
俺はその人としばらく話していたが、最終的に俺は警察に捜索願いを出すことを勧めた。勤務先の人も提出できると聞いたことがあったからだ。そして、捜索願いを出したら結果を知らせてくれるということで、電話を切った。
あの管理人は怪しい。俺はそう思いながらサンクチュアリ〇〇に帰った。夕食は賄いを頼んでいたが、その晩のメニューは中華だった。炒飯と中華スープに春巻き。店のメニューそのものだった。その場に酒を飲む人はいなかったけど、普通だったらビールが欲しいところだろう。そう言えば、このシェアハウスは酒を飲む人が一人もいなかった。喫煙者もいないのだ。中年男性が多く住んでいる場所としてはちょっと不自然だった。
このシェアハウス全体が宗教の人達の集まりなのだろうか。キリスト教の一派であるモルモン教の信者たちは、酒、たばこ、コーヒー、お茶がダメらしい。
しかし、オーナーはコーヒーが好きで、朝食の時は轢きたての豆で入れたコーヒーを気前よく振舞っていた。だから違うはずだ。
俺たちは禁欲している。少なくともそのシェアハウス内では。神経質で完璧主義の管理人には理想の場所なのかもしれない。教師というのは支配的な性格の人が多い気がする。俺たちは管理人に行動を監視され、餌付けされているのだ。
修道院並みに禁欲的で静かだ。畑で取れた物を食べるという、江戸時代みたいな暮らし。まるで時が止まったようだった。ついでに、食堂ではスマホはNGだった。食事は味わって食べるべきだという、管理人のポリシーが標語として壁に貼ってあった。
Kさんがいなくなり、話す相手がいなくなった俺はずっと黙っていた。オーナーに嫌われているようだから、自分からは喋らなくなった。
周囲には、他にも食堂で食べている人がいたが、陰キャしかいないから無言だった。管理人セレクトのYouTube動画がテレビから流れていた。海外のニュース番組のライブ映像でもちろん英語だった。そこに英語がわかる人がいるのかは不明だった。
ずっと、イスラエルの紛争のニュースが流れていた
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