第5話 Kさん

 俺はブログのことは気付かなかったふりをしていた。


 あれからちょっと変わったことと言えば、せっかく知り合ったKさんがいきなり退去してしまったことだ。なぜか、俺に何も言わずにいなくなってしまったのだ。一緒に駅前で飲んだり、飯を食ったりもしたから、結構ショックだった。


 Kさんの勤務先は東証二部上場の〇〇〇という会社だった。Kさんが俺によく話かけて来たのは、あのシェアハウスの中では唯一似たようなタイプの人間だったからだろうと思う。大卒サラリーマン。管理職。年齢も近かった。


 管理人さんはKさんが退去したことについて何も知らせてくれなかった。俺が、最近Kさん見ませんねというと、管理人さんが「退去しました」と、教えてくれたのだ。理由は手狭になったからだそうだ。


 Kさんの部屋には鍵がかかっていて、もう、中を見ることができなかった。実は俺はKさんの部屋に行ったことがあり(本当は部屋の行き来は禁止だったのだが)、何度か懐かしの昭和歌謡のレコードコレクションを見せてもらったことがあった。明らかにKさんが生まれる前の物だが、俺も子供の頃にテレビで見たことがある人ばかりで面白かった。大きなLPジャケットとシングルジャケットのレコード。Kさんがレコードプレーヤーで俺が聴きたい曲をかけてくれた。脳からじゅわっと何かが溢れだす。


 まるで子供時代にタイムスリップしたようで、あの部屋の雰囲気が好きだった。


 俺たち仲よかったんじゃないのか…俺は苦悩した。LINEを聞いていたから送ったけど、既読にならなかった。Kさんは幼い頃に両親が離婚していて、一人っ子だったから、交流のある親族がいなかったそうだ。父親がギャンブルにのめり込んで、母親は精神を病んでしまったそうだ。子ども時代は生活保護を受けていたとか。


 母親は施設に入っていると言っていた気がする。自分のDNAを残したくないから、結婚はしないと言っていた。コミュ障という感じはしないが、人を寄せ付けないところがあった。友達もいないらしい。男は中年になるとそういう人は珍しくないらしい。俺と境遇が似ていたから、Kさんとは親くなれたと思っていたし、彼が好きだった。


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