第3話 シェアハウス

 そのシェアハウスはサンクチュアリ〇〇(地名)と言う、ちょっと不気味な名前だった。コミュ障の聖域。いや、吹き溜まりのような場所だった。コミュ障と言うのは、生きていく上でかなりやっかいな特性だ。性格は滅多なことでは変わらない。どこに行っても一生付きまとうから、環境が変わっても改善はしない。治せるものなら治したいが、無理だから、一人で生きて行くことに決めたのだ。


 そのシェアハウスはコミュ障の人ばかりのはずだが、ちょっと奇妙なのは食堂があることだった。管理人はいつも大体、庭かそこにいた。


 シェアハウスの場合、普通はキッチンを共同で使うものだが、注文すれば管理人に食事を作ってもらうことができた。一人暮らしには嬉しいことに、まるで高齢者住宅のような側面もあったのだ。


 価格は朝食はわずか300円。夕飯は800円で出してくれるということだった。管理人さんは人の世話をするのが好きなようで、毎日、張り切って食事を作っていた。俺は一回試しに頼んでみたが、喫茶店のようにうまかった。盛り付けもお店みたいだった。もちろん高級店ではなく、商店街の喫茶店だが。


「すごいですね。味もおいしいし、お店みたいですね」俺はちょっとオーバーに感激して見せた。実際、賛辞に値するほどのクオリティではあったのだが。

「いや。とんでもない…でも、学生時代に喫茶店でバイトをしてて…その時に調理も手伝っていたので…好きなんです。料理が」


 褒められて嬉しそうだった。ちょっと可哀そうな感じはした。家族に作ってやるならいいが、赤の他人に振舞っても仕方がない。たった数百円で提供しても儲けはないだろう。みんな大して味わってもいないだろうし、才能の無駄遣いだ。


「へえ。それはいい経験なさいましたね」俺は適当なことを言った。

「まあ、あの時の経験があったから、外食は高いなって言うのがわかったし、簡単にできるっていうのも身を持って知りましたよ」


 それを聞いていた隣の男性も話に入って来た。


「毎日、すごいんですよ。メニューがいっつも違って。プレッシャーかけちゃいけないけど。毎日食事が楽しみで」

「趣味ですから。毎日、色々なメニューを試してて…試食してもらっているようなもんですから」

「毎日メニューが違うから、全然飽きませんよ。スーパーで惣菜なんか買うよりかは、Aさん(管理人さん)の料理の方が百倍うまいですよ」

「いやあ」

 管理人さんは薄気味悪い笑い声を出していた。ちょっと失礼だが、生理的に苦手な感じだった。


 その空間はすごく和やかで平和だった。みんな、どこがコミュ障なんだと思うくらいだった。一緒に食卓についていても、一言も喋らない人もいるが、お互いコミュ障持ちだと言うのがわかっているから、相手を尊重することができる。その人たちは喋りたくないか、会話に入れないか知らないが、喋らなくてはいけないというプレッシャーもない。俺だって、気分が沈んでいる時は黙っていた。


 女性は一人だけいたが、すごく地味で何も喋らない感じの人だった。挨拶はするから感じは悪くないが、入居者同士仲良くなりたいというのはなさそうだ。不思議だったのは、なぜ、男ばっかりのシェアハウスに入居したかだった。女性は女性専用シェアハウスを好むものじゃないか。普通は男性ばかりだと女性は「危ない」、「気持ち悪い」と思うものだ。しかし、その人は眼鏡をかけていて、ちょっと小太りで、口説かれる心配はなさそうだった。


 すべてが心地よかった。その女性も異性を感じさせないから、気を遣う必要がなかった。だからと言って、我々も下ネタを言ったり、下着姿でトイレに行ったりはもちろんしない。


 喋る人もいるし、全く喋らない人もいるし、恐らく半々くらいだった。七人しかいないのだが、名前も知らない。付かず踏み込まずの程よい関係だった。


 管理人さんは、まるでお年寄りに接するように、入居者に「〇〇さん、おはようございます」と声を掛けていた。そして、テーブルまで配膳してくれるのだ。至れり尽くせりだった。


 俺は自宅を引き払って、ずっとそこに住もうかと思い始めていた。


 

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