第2話 内見

 俺は週末にその物件を見に行った。都心からちょっと離れた場所にあり、駅の周りにはまだ空き地があるようなエリアだった。しかし、山の手線の駅までは30分くらいで行ける。好アクセスの割にはまだ開発途上の土地柄だった。


 そのシェアハウスは古い二階建ての日本家屋を改装していて、建物よりも広い庭が付いていた。元は農家だったらしい。Faceboo*を見ると、庭では管理人と入居者で楽しく家庭菜園をやっているらしい。時期によっては、食事で出される野菜の半分くらいを畑で取っているとか。野菜が余った場合は近所におすそ分けしたり、無人販売で売ったりもしていると書かれていた。しかも、無農薬らしい。意識高い系の人が喜びそうなオプションだ。


 入居者は七名まで可。部屋はすべて個室だが、風呂とトイレが一個づつしかないのは、明らかに不便そうだった。


 件の二十代の女性は身の危険を感じるんじゃないだろうか。シャワーを浴びる時はどうするんだろう。使用中の札を出して置くだけでみんなルールを守れるのか。想像しただけでわくわくしてしまう。


 きれいな人だったらいいな…と、俺は期待に胸を膨らませていた。俺だけでなく入居者の男全員が期待しただろうと思う。


***


 管理人さんは、ぱっと見が六十歳くらい。銀縁の眼鏡をかけていて、印象としては真面目そうな人だった。元学校の先生だったそうだ。学校を定年退職して、さらにそんな面倒くさいことをするなんて意外だった。学校の先生は超過勤務が多くて大変らしい。もう、仕事はやりたくないと思わなかったんだろうか。


「私は独身なので…。老後が心配でして。それでここを作ったんです」


 管理人は一通り案内してくれた後で、食堂でコーヒーを出してくれた。それも、サイフォン式のコーヒー淹れだった。建物も昭和レトロな感じで、若い女性や草食系の人が好みそうだった。そうした物に興味のない俺でさえ、ここに住みたいと強く思ったほどだ。


 管理人は一人語りを始めた。元はどこかの私立中学の先生だったそうだ。東京は私立学校がたくさんある。俺は地方出身だからほとんど知らないが、学校の先生同士や生徒と結婚というのはなかったんだろうか。女子校に行くと相当変な人でもモテると聞く。もしかしたら、男子校だったのだろうか。


「わかります。自分も老後どうしよかと毎日考えます…」

 俺も管理人に好かれるために、話を合わせた。

「江田さんはまだ五十一ですか…ご結婚は考えないんですか?」

「はい。自分に合う人はいないだろうと思うので諦めました」

「それは結構。結婚なんて負債を背負いこむだけですよ」

 俺はそこまでネガティブではないし、結婚が負債とは思わなかった。

「同感です。しかし、ここで知り合って結婚という方はいないんですか?男女が出会えばそうなるのも自然ですから」

「前はそういう方がいまして。退去していただきました。風紀が乱れるので…」

「まあ、そうですね…」

 俺は入居者同士で美女を取り合って、アナタハンの女王事件みたいになったら面白いと思ったが、こんな所に美女がいるという状況は考えられない。刑務所じゃないんだから、駅前に行けばスナックくらいあるだろう。ちなみに、アナタハン事件とは、1945年から1950年にかけて太平洋マリアナ諸島に位置するアナタハン島で発生した、多くの謎を残した複数の男性の怪死事件だ。島に一人だけいた女性を取り合って、殺し合いが行われたらしい。


「ここは友達や親族を呼んだりも遠慮してます。それでも気にならないでしょうか」

「大丈夫です。僕は友達もいないし、親族とも疎遠でして…」

「私としては、そういう静かな方が希望なので…望ましいです」

「よかったです。気持ち悪いって言われることが多くて…」

「いいえ。とんでもない。私もそうですから」

「はは。僕みたいな人は滅多にいないかと思っていました」

「いいえ。ここにいる人は、ほとんどそうですよ。友達もいない、作りたいとも思わない静かな人ばかりです。社交的な人にはつまらないでしょうが、合う人には居心地がいいと思いますよ」

 俺はどんな人たちか会ってみたくなった。もしかしたら、気が合うかもしれない。入居したいなぁ…俺は夢を見始めた。


「江田さん。あなたに、是非、こちらに住んでいただきたい」

「え?本当ですか?」


 好感触だったが、まさかその場で入居を許可されるとは思わなかった。


 俺は嬉しくなった。今まで仕事以外で誰かに選ばれたことがなかったと思う。子どもの頃やった花いちもんめでも、俺は最後まで残っていた。

 

「こうやってお話してみて、このシェアハウスにふさわしい方だと判断いたしました」


 管理人は笑顔で俺を見つめていた。俺もその笑顔に報いたいと心から思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る