第二十一話 赤髪少女の弟子入り志願 

「アメリアさま、大丈夫ですか? キツくないですか?」


「いえ、全然」


 先頭を歩いていたメリダに対して、私はあっけらかんと答える。


 時刻は昼過ぎ――。


 現在、私たちは山の中を道案内役であるメリダを先頭に歩いていた。


 大勢ではない。


 私とリヒト、そしてメリダの3人だけである。


 目的は未発見の魔力水晶石の確認だ。


 そして村長さんたちは山の中では何が起きるかわからないので、屈強な男たちも何人か連れて行こうとしてくれたけれどリヒトが断った。


 もしものときを考えた場合、人数は多いよりも少ないほうがいいというのが断った理由である。


 未発見の魔力水晶石は危険と同義語だ。


 下手に大勢の人間を連れて行って、〈魔素〉の影響を受けてしまい野伏せりたちのようになられては困る。


 まあ、私とリヒトがいるのだから大丈夫と思うけど。


 私は肩で息をしていたメリダを見つめる。


 メリダ1人ぐらいなら危険はない。


 私とリヒトは〈魔素〉の影響はほとんど受けないが、万が一にもメリダが〈魔素〉の影響で異常状態に陥っても即対処できる。


 そんなことを考えていると、メリダが足を止めて「あのう、アメリアさま」と声をかけてくる。


「どうしたの?」


「ど、どうしたも何もありません……なぜ、お2人は山の民でもないのにそんな平然と歩いていられるのですか?」


 村を出てから約数時間。


 さすがのメリダも疲労が溜まってきたのか、額には玉のような汗を流していた。


 一方、私とリヒトは疲れなどどこ吹く風だった。


 多少の汗は掻いているが、まだまだ数時間は余裕で歩き続けられる。


 それがメリダにとって不思議だったのだろう。


 無理もない、と私は思う。


 普通の人間なら当然の反応だ。


「私とリヒトは全身に魔力をまとえるのよ」


 ちょうどいい機会なのでここで休憩を取った私たちは、水筒の水を飲んだメリダに自分たちのことを話した。


 私とリヒトは普段は垂れ流されている魔力を全身に留めておくことで、心身ともに疲労が溜まらないようにすることができるのだ。


 とはいえ、私はその技術に特化しているわけではない。


 私はどちらかと言えば外に魔力を放出することが得意であり、こうして肉体に留まらせておく技術は苦手の部類に入る。


 それでも半日ぐらいは可能だったこともあり、こうして険しい山道の中も一定のペースならずっと歩き続けられることが可能だったのだ。


 このことを聞いたメリダは、感嘆の声を上げる。


「都の魔法使いって凄いんですね。私も魔法が使えたらいいな」


 私はメリダから水筒を受け取ると、喉を潤すために水を口に含む。


「そんなに魔法が使えるようになりたいの?」


 私がたずねると、メリダは「当たり前じゃないですか」と言った。


「誰か魔法で殺したい相手でもいるのか?」


 そうメリダに訊いたのはリヒトである。


「とんでもありません!」


 メリダは大きく首を左右に振った。


「相手を傷つけるような魔法が欲しいんじゃないんです。私はアメリアさまのような相手の怪我や病気を癒せる力が欲しい。村には常駐してくれるお医者さまがいないから、もしも誰かが怪我や病気をしたらすぐに治療できる魔法が使えたら村の役に立てます」


 嘘偽りのない本音だったのだろう。


 私の観察眼だとメリダは本気で治癒魔法を使えるようになりたいと思っている。


「ねえ、メリダ。村に帰ったら魔法を使うために修行してみる?」


 私の何気ない一言にメリダは「え?」と目を丸くさせた。


「私は〈放浪医師〉として国内を回ろうとしているけど、怪我や病気は1度治して終わりじゃない。予防対策も大事だけど、本当は各村に常勤の医師や治癒術師がいるのが1番いいからね」


 本当ですか、とメリダは身を乗り出してくる。


「アメリアさまが魔法を教えてくれるのですか?」


 こくりと私はうなずいた。


「でも、私は単なる田舎の山の民ですよ」


「魔法を使うのに出身地なんか関係ないわ。最初は相応の実力者によって魔法の適性を見出してもらえればいいの。もちろん、そこから先は個々の知識の蓄積や修練が必要になってくるけどね」


「その適性をアメリアさまが見出してくださると?」


「うん、あなたさえよければだけど」


「お願いします!」


 メリダの返答は早かった。


「どうか治癒魔法が使えるように、私をアメリアさまの弟子にしてください!」


 その場で平伏しそうだったメリダを私は慌ててとめた。


「もう、いちいちそんな大げさな態度を取らなくていいから」


 私はメリダの肩をポンと軽く叩く。


「じゃあ、やることを済ませて村に帰りましょう。その目的の場所まであとどれぐらいかかるの?」


「たぶん、あと1時間もかからないと思います。あの野伏せりたちがいい加減なことを言っていなければですけど」


「まあ、とにかく行ってみましょう。メリダ、引き続き道案内をお願いね」


 わかりました、とメリダは意気揚々と歩き出す。


 そんなメリダに私とリヒトも続く。


 幸いなことに魔物や猛獣の類には遭遇せず、きっかり1時間ほどで私たちは目的地へと到着した。


 そこは大きな崖の真下だった。


 やはり地震などの影響で亀裂が入ったのだろう。


 崖の一部に亀裂が入り、結果的にその亀裂が洞窟のような状態になっていた。


 もしかすると表面の手前まで洞窟になっていたが、地震による亀裂のせいで外と通じる穴が剥き出しになったのかもしれない。


 どちらにせよ、ここまで来たら引き返すという選択肢などなかった。


「リヒト、ここからは先頭をお願いね」


 これまで来た道とは違って、洞窟の中では何が起こるかわからない。


 野伏せりたちが来たときは何もなかったとしても、丸1日が経過すれば魔物や猛獣の住処になってしまうこともあるだろう。


「お任せください、お嬢さま」


 リヒトは前もって用意していた松明に火を点けた。


 その松明を光源として私たちは洞窟の中へと足を踏み入れる。


 外とは違って中はジメジメとした、海底のように不気味に静まり返っていた。


 どれぐらい歩いただろうか。


 やがて私たちは洞窟の奥にあった、大きく開けた場所へと到着した。


「本物ね」


 私の視界に巨大な魔力水晶石の姿が飛び込んできた。


 野伏せりたちが言っていたように、地面から生えるように存在していた魔力水晶石は紫色に怪しく光り輝いている。


 紫色に発光しているのは、生物に有害な〈魔素〉が放出されている証拠だ。


「リヒト、あなたはメリダを〈魔素〉から守ってあげていて。あの魔力水晶石は私が無力化するから」


 リヒトは私の指示にすぐに従ってくれた。


 メリダに〈魔素〉の影響が出ないよう、壁の一角へとメリダを遠ざける。


 さて、と私は落ち着いた足取りで魔力水晶石へと足を進めた。


 未発見の魔力水晶石を無力化するのはこれが初めてだが、カスケード城の魔力水晶石に魔力を流す要領でやれば何の問題もないはず。


 などと思いながら、私は魔力水晶石に両手を突き出した。


 その直後である。


 キシャアアアアアアアアア――――ッ!


 魔力水晶石の裏から、耳障りな叫声を発する何かが飛び出してきた。

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