第二十二話 アメリア・フィンドラルの初陣 

 私は無意識にその場から後方へと飛び退った。


 次の瞬間、私の頭部があった場所に何かが駆け抜ける。


「お嬢さま!」


 後方から聞こえてきたリヒトの声に、私は顔を向けながら冷静に「大丈夫よ」と告げる。


 そして私は魔力水晶石に顔を戻した。


 厳密には、魔力水晶石の前に現れた魔物にである。


 私の視界に映っているのは、骸骨騎士スカル・ナイトと呼ばれる魔物だった。


 肉の部分はすべて剥がれ落ち、頭の先からつま先まで骨だけで動いているアンデッド系の魔物の一種だ。


 その骸骨騎士が不意に現れたと同時に、今ほどまで私が立っていた場所に向かって長剣を振ってきたのである。


 咄嗟に避けなかったら、私の首は胴体から落ちていただろう。


 私は冒険者ではないので魔物について詳しくはないが、医療技術を持っていた身なのでアンデッド系の魔物についての一通りの知識はある。


 おそらく、大昔にこの洞窟で亡くなった冒険者か騎士のどちらかだ。


 身に着けている革鎧や、ボロボロな長剣を手にしているのがその証拠である。


 などと骸骨騎士を観察していると、魔力水晶石の後ろからもう1体の骸骨騎士が現れた。


 いや、現れたのは1体だけではない。


 ぞろぞろと全部で8体の骸骨騎士たちが出てきたのである。


 この場所にあった魔力水晶石は高さ3メートル、横幅も同じ3メートルぐらいあったため、後方はこちら側から死角になっていた。


 もしかすると魔力水晶石の陰になっているだけで、その後ろには別の場所に通じている穴が空いているのかもしれない。


 それはともかく、まさか骸骨騎士の集団に遭遇するとは思わなかった。


 アンデッド系の魔物は普通の物理攻撃はあまり効かず、それこそ強力な火属性の魔法を使って倒すのが一般的と聞いたことがある。


 しかし、私は火属性の魔法は使えない。


 リヒトもそうである。


「アメリアさま、逃げましょう!」


 そう叫んだのはリヒトに守られていたメリダだ。


「そいつらは火属性の魔法しか効かない凶悪な骸骨騎士です! 以前、そいつらのせいで別の村が滅ぼされたと聞いたことがあります! そんな奴らとまともに闘ってはいけません!」


 メリダが焦っている理由はわかる。


 私たちの中には火属性の魔法使いがいないため、骸骨騎士と闘うのは無茶だと言いたいのだろう。


 だが、それはあくまでも一般的な意見だ。


 確かにアンデッド系の魔物を倒す常套手段は火属性の魔法を使うこと。


 リヒトが持っている松明の火では威嚇ぐらいにしかならないに違いない。


 では、メリダの言う通りここは一目散に逃げるべきか。


 私の答えは否だ。


 相手がアンデッド系の魔物なら、私とはすこぶる相性が良い。


「リヒト、メリダをちゃんと守ってあげてね」


 私の言葉にリヒトはうなずいた。


「承知しました。俺たちはお嬢さまの邪魔は一切いたしませんので、ご存分に力を発揮してください」


 さすがは私の信頼する従者である。


 私にとって骸骨騎士など取るに足らない存在だと十分に理解している。


 直後、私は全身に魔力をまとわせた。


 同時に骸骨騎士たちが怒涛の如く押し寄せてくる。


 私はカッと両目を見開いた。


 次々に襲ってくる斬撃を巧みなフットワークによって避けていく。


 これでも私は実家の専属騎士たちと体術の訓練を行っていた。


 その専属騎士たちの攻撃に比べれば、骸骨騎士の攻撃はあくびが出るほど遅い。


 事実、私は矢継ぎ早に繰り出されてくる斬撃をかわし、骸骨騎士たちの攻撃パターンを読むほど冷静になれていた。


 どうやら骸骨騎士たちは魔力水晶石に近い者から攻撃しているようだ。


 壁際にいるリヒトとメリダには見向きもせず、魔力水晶石に1番近い場所にいる私に対して攻撃を放ってくる。


 ならば私のやることは1つ。


 私は両手に魔力を集中させると、まず目の前にいる骸骨騎士に掌打を繰り出した。


 パガンッ!


 頭蓋骨に張り手をするイメージで叩くと、骸骨騎士の頭部が爆裂四散する。


 いける!


 私は確信した。


 これまで魔物と闘った経験は1度もないが、やはりアンデッド系の魔物に対してなら私の治癒属性の力は非常に有効である。


 私は魔力水晶石に魔力を放つイメージで以て、骸骨騎士たち治癒属性の魔力を込めた掌打を放っていく。


 もちろん、骸骨騎士たちの攻撃を紙一重で避けながらだ。


 パガンッ! 


 パガンッ!


 パガンッ!


 パガンッ!


 パガンッ!


 パガンッ!


 パガンッ!


 パガンッ!


 9体の骸骨騎士たちの頭部を粉砕した私に対して、最後の1体の骸骨騎士が恐れることもなく突進してくる。


 生前がどんな人間だったかはわからない。


 だが、魔物となった以上は命が尽き果てるまで人間を襲い続けるだろう。


 いや、そもそも骸骨騎士はアンデッド系の魔物なので寿命などない。


「あなたはもうこの世にいるべきじゃない。行くべき場所へ逝きなさい」


 私は大上段から繰り出された斬撃を半身になってかわすと、そのまま踏み込んで骸骨騎士の頭部に全体重と魔力を乗せた掌打を放つ。


 パガアアアアアアンッ!


 凄まじい破裂音とともに頭部が砕け散り、胴体だけとなった最後の骸骨騎士は後方に倒れた。


「……ふう」


 すべての骸骨騎士を倒した私は、深呼吸して気息を整える。


 そこへメリダを連れたリヒトが近づいてくる。


「見事です、お嬢さま。このリヒト・ジークウォルト、あらためて惚れ直しました」


「え?」


 あまりにも不意な言葉に、私はボッと顔が赤くなった。


 惚れ直したなんて、いきなり言わないでよ。


 私は照れ臭くなり、リヒトからプンと顔を逸らす。


 その目線を逸らした先には、未だ紫色に煌々と光る魔力水晶石があった。


 そうだ、闘いに夢中になっていた場合じゃないんだった。


 まずはあの魔力水晶石を無害化しないと。


 私は他に魔物がいないかどうか周囲を確認したあと、魔力水晶石に歩を進めた。


 そして魔力水晶石の表面に両手を当て、魔力水晶石全体に自分の魔力を満たすイメージを抱きながら魔力を注ぎこもうとした。


 けれども、このときに予想もしなかったことが起こった。


 ブウウウウウウウゥゥゥゥゥゥン…………。


 と、魔力水晶石は異音を発したのである。


 それだけではない。


 今ほどまで輝いていた紫色の光が、あっという間に衰えて最後には消えてしまったのだ。


「あれ?」


 私は思わず頓狂とんきょうな声を上げた。


 てっきり他の魔力水晶石のように無害化の証である緑色の光になると思いきや、まるで明かりを灯していた魔力灯のスイッチを消したような感じになったのだ。


「お嬢さま、これは一体どういうことでしょう?」


 リヒトも小首をかしげながら訊いてくる。


「う~ん……もしかしてだけど」


 このとき、私の脳裏にカスケード城の図書室で読んだ古文書が浮かんだ。


 魔力水晶石について書かれていた古文書の1つに、目の前で起こったことと似たようなことが書いてあった。


「この魔力水晶石は、別の魔力水晶石の力に呼応していただけかもね」


「どういうことですか?」


 次に訊いてきたのはメリダである。


「確証がないから断言できないけど、ここにある魔力水晶石は魔道具に例えるなら欠陥品で、この近くにある他の魔力水晶石の漏れ出た〈魔素〉に反応して自らも〈魔素〉を出していた可能性がある」


 なるほど、とリヒトが渋面で唸る。


「それは俺も聞いたことがあります。魔術技師庁には知り合いが何人かいますから……でも、この近くで他の魔力水晶石というとどこでしょう」


「地理的には確か……」


 私は自分の額を人差し指で突きながら、国内に点在する大小無数の魔力水晶石がある場所の地図をよみがえらせた。


「オクタの近くにありますよ」


 私が口にするよりも早く、なぜか挙手したメリダが答えた。


「ここから西に数十キロの場所にある、オクタという漁港の近くに魔力水晶石があります。1ヶ月に1度、都から魔術技師を連れた兵隊さんたちが大勢来てお金を落としてくれると評判ですから」


 私は無意識に両腕を組んだ。


「そうか……となると、ちょっと様子を見に行ったほうがいいかもね。古文書の通りなら、その魔力水晶石が何か不具合を起こしているかもしれない」


「ですが、お嬢さま。仮にその魔力水晶石が何かトラブルを起こしていたとしても、それは王都の魔術技師たちが何とかするべき問題です。お嬢さまが気にする必要はないと思われますが」


「それはそうなんだけど、実際にその魔力水晶石が何かとてつもないトラブルを起こしていて、しかもまだ王都の魔術技師たちが気づいていなかったらどうする?」


 それに、と私は言葉を続けた。


「私の代わりに〈防国姫〉になったミーシャも気づいていない可能性だってある。あの子には〈防国姫〉に関する引継ぎはほとんどできなかった。それでも数種類の特別な回復薬の作り方のレシピは残してあげたけど、何よりあの子はまだまだ未熟なの。精神的にも力的にもね」


「ならばなおのこと、お嬢さまが動くことはありません。何かあったら、お嬢さまを王宮から追放したアントン・カスケードとミーシャのせいです」


「でも、そのせいで被害を被るのは国民の皆よ」


 リヒトは「うっ」と押し黙った。


「とりあえず、まずは確認だけでもしに行きましょう。それにここまで来たんだから、最後まで見届けないとこれからの仕事が手につかない……ねえ、メリダ」


 私はリヒトからメリダへと顔を向ける。


「悪いけど、そのオクタにも案内してくれる?」


「もちろんです! お師匠さまのためなら、どこへでもご案内しますよ!」


 いつの間にか「師匠」と呼ばれた私は、乾いた笑みを浮かべながら頬を搔いたのだった。

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