第十六話 癒しの女神と闘いの荒神
リヒトがいなくなったあと、私は村人たちとともに村の奥に集まっていた。
すでに大半の女子供や老人もここにいる。
フタラ村自体は大きな柵に覆われた形になっており、主要な出入り口は正門の1ヵ所のみ。
けれども、この村には地下の隠し通路が存在していて、その隠し通路を通れば正門を抜けずに外の森へと抜けられるのだという。
まさにここがそうだった。
現在、私は隠し通路が存在する村の奥にいる。
念のため足の遅い子供や老人は隠し通路を抜けて森へと避難しているが、村長さんが確認したところによるとまだ逃げ遅れている人たちがいるという。
一応、私はリヒトがいるのだから避難しなくても大丈夫だと皆に言ったのだが、大半の村人たちは若造1人だけで何ができると隠し通路に入ってしまった。
まあ、無理もないと思う。
あのリヒトの異常な強さは、実際に自分の目でみないとわからないだろう。
などと考えていると、横から小さく声をかけられた。
「アメリアさま、本当にリヒトさまは大丈夫なんでしょうか?」
私と一緒にいるメリダが、心配そうな顔でたずねてくる。
「うん、全然大丈夫よ。時間的にもそろそろ終わっている頃だと思う」
一瞬、メリダは私が何を言っているのか理解できなかったのだろう。
「でも、相手は凶悪な野伏せりたちです。いくら男の人たちの加勢があったとしても、そんなに簡単に倒せるはずがありません」
「え? その野伏せりたちはAランクかSランクの魔物でも連れてるの?」
メリダは慌てて首を左右に振った。
「そんなわけないじゃないですか。あのギガント・ボアですらBランクの魔物なんですよ。もしもこの近くにAランクかSランクの魔物がいたとしたら、とっくにこの村は壊滅しています」
「ということは、やっぱりリヒト1人だけで大丈夫よ。それどころか、入り口にいた男の人たちもここに来るんじゃないかしら。リヒトに邪魔者扱いされて」
そこまで言ったとき、本当に入り口のほうから男たちが慌ててこちらへと走ってくる姿が見えた。
「おい、お前たち! どうしてここに来たんだ!」
男たちがこの場に来ると、村長さんが怒声を発した。
「まさか、野伏せりに恐れをなして逃げて来たじゃないだろうな!」
違う、と男たちは大声で答えた。
「あのリヒトって若造が自分1人だけで闘うって言うから……」
「ば、ばかもん! そんな冗談を真に受けてくる馬鹿がいるか!」
冗談じゃないです、と私は村長さんたちの会話に割って入った。
「頃合い的にそろそろ終わっていると思うので、ロープをお借りできませんか?」
その場にいた全員の視線が私に集中する。
「アメリアさま……今何とおっしゃいました?」
おずおずとした態度で訊いてくる村長さん。
そんな村長さんに私は言った。
「ですから、そろそろリヒトが野伏せりたちを全員倒している頃合いですから、その野伏せりたちを縛るロープをお借りできないかと言ったんです」
私はきちんと正確に伝えたつもりだったが、村長さんたちはまったく私の言葉の意味を理解できなかったのだろう。
全員が頭上に疑問符を浮かべている。
なので私は仕方なくメリダに「ねえ、ロープはある?」と訊いた。
「あ、あります……たぶん、その納屋に」
メリダが視線を向けた先には、小さな納屋があった。
村の中で共同で使っているものかもしれない。
「ありがとう。じゃあ、ちょっと借りるわね」
私は落ち着いた足取りで納屋へと行くと、何十本もの束になっているロープを見つけた。
そのロープの束を肩に担いで入り口の正門へと向かう。
やがて入り口の開けた場所に辿り着いたとき、地面に倒れている大勢の野伏せりの中で1人だけ仁王立ちしている男の姿があった。
後ろ姿だけで十分にわかる。
「ご苦労さま、リヒト」
私が声をかけると、リヒトは颯爽と振り返って破顔する。
「とんでもございません。こんなものは苦労の内に入りませんよ」
見たところリヒトはまったく手傷を負っていない。
文字通り、凶悪な野伏せりたちを圧倒したのだろう。
私は野伏せりたちを見回す。
「……もしかして皆殺しにしちゃった?」
いいえ、とリヒトは首を振った。
「最初はそうしてもよいかと思いましたが、よく考えればこいつらは殺すよりも生かして捕まえたほうがこの村のためになる……と、お嬢さまなら考えると思って生かしておきました」
リヒトは私が肩に担いでいるロープの束を見て、「やはりそうして正解でしたね」とニコリと笑う。
さすがはリヒトだった。
どこまでも私の気持ちを考えて動いてくれている。
「そうよ。こういう奴らは簡単に殺しちゃダメ。ちゃんと役人に突き出して、正式な場所で自分たちの罪を後悔させないと」
「しかも役人に突き出すことによって、その役人たちの目がこの村にも注目するようになる。そうなれば付近の警戒も厳重になり、他の盗賊や野伏せりたちへの抑止力にもなる……ですね?」
私は大きくうなずいた。
そうである。
こういったことは一時の感情で行動するよりも、もっと今後のことも考えて動かないといけない。
このような襲撃騒ぎが何度も起こるようでは意味がないからだ。
「じゃあ、あなたもこいつらを縛るのを手伝って。そのあとに私はこいつらを治療するから。ちなみに逃げた人間は何人ぐらいいる?」
「ゼロです」
リヒトはやや怪訝そうな顔で答えた。
「ゼロ? あなたの強さを目の当たりにしても逃げる人間は1人もいなかったの?」
「はい……それどころか、中には1度やられても再び起き上がって立ち向かってくる奴もいました。かなり手加減したとはいえ、田舎の野伏せりにしてはありえないことです」
確かにそれはおかしい。
リヒトの人間離れした強さを見ても逃げ出さないなど、精鋭無比で知られた王宮騎士団やSランク認定された盗賊団や武闘派カルト教団ぐらいなものだろう。
などと考えていても今はラチが明かない。
とりあえず、私とリヒトは手分けして野伏せりたちをロープで縛りつけた。
その後、私は重症だった野伏せりたちの怪我を〈手当て〉で回復させていく。
やがて最後の1人の治療を終えたとき、村長さんやメリダを始めとした村人たちが集まってきた。
村人たちから驚きの声が漏れる。
「し、信じられねえ……」
「本当に野伏せりたちを1人で倒したのか?」
「すげえ、あの2人は癒しの女神さまと闘いの荒神さまだ」
そんな村人たちの声が聞こえたことと、私の〈手当て〉で怪我が治ったことで、野伏せりたちは次々と意識を取り戻し始めた。
私はそんな野伏せりの1人に足を進める。
「あなたたちは明日にでも役人に引き渡すから、今日はゆっくりと自分たちがこれまでしてきた悪行について懺悔なさい。いいわね?」
と、私が言い放ったあとだ。
野伏せりの1人がキョトンとした顔で口を開く。
「こ……ここはどこだ?」
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