第十五話 リヒト・ジークウォルトの特別な力
リヒト・ジークウォルトこと俺は、村の入り口へと足を進めた。
すでにアメリアお嬢さまから戦闘の許可は得ている。
ならば遠慮は無用だった。
ましてや相手は野伏せり連中だ。
何の遠慮もなしに力を解放して闘える。
俺は余裕の表情で目的地へと進んでいると、パニックの極みに達していた村の住民たちとすれ違った。
当然と言えば当然だ。
現在、このフタラ村は戦争状態に突入している。
正確な数こそわからないが、凶悪な野伏せりたちが襲ってきたのだ。
たとえ大人しく相手の要求に応えたところで、男たちは皆殺しで女子供は人買いに売られるため拉致されるだろう。
もちろん、男たちは村を守るために闘う決意をしているに違いない。
ただし普段から狩りを本業にしている男たちとはいえ、動物や魔物を殺すのと人間を殺すのでは精神状態に大きな違いが出てくる。
前者は生きるために必要だからと割り切れるが、後者はそうはいかない。
相手が非道の限りを尽くす悪党どもだろうと、同じ人間を殺すとなるとかなりの抵抗がある。
だからこそ、この場を収めるのは俺しかいなかった。
俺ならば村の住人たちに被害を出さず、野伏せりどもを返り討ちにすることも十分に可能だ。
などと思いながら村の入り口に到着すると、その場には武器を持った男たちの姿があった。
鉈やナイフ、そして弓を構えた男たちは全身を震わせている。
俺は男たちから村の外へと視線を転じた。
暗闇の中に浮かぶ無数の光源が見えた。
野伏せりたちが持っている松明の光だろう。
その光は数十、多くても50はない。
けれども、男たちにとっては数百の大群に見えているのかもしれない。
俺は男たちの前に行くと、そのまま振り返って言い放った。
「あんたたちは自分の家族や女子供を守れ。野伏せりどもの相手は俺に任せろ」
男たちはポカンとしていたが、すぐに我に返って大声でまくし立ててくる。
「何を言っているんだ! あの数が見えないのか!」
「俺たちだけでも不安なのに、1人で連中を何とかするだと! 馬鹿も休み休み言いやがれ!」
「そうだ、あんただけで一体何ができるって言うんだ! しかも丸腰じゃねえか!」
確かに男たちの言うことも一理ある。
今の俺はナイフ1本持っていない素手の状態だった。
普通ならば大勢の野伏せりとは闘えないと判断できる状況だ。
しかし、それはあくまでも一般論である。
アメリアさまの従者である俺にはまったく当てはまらない。
とはいえ、パニックと恐怖に縛られている今の男たちに言葉で説明しても意味がないだろう。
冷静さが失われている状況では、他人の――しかもよそ者の言葉など聞く耳が持てないことは俺にもわかる。
だからこそ、俺は言葉で説明することをやめた。
代わりに握った右拳を天高く突き上げる。
男たちが頭上に疑問符を浮かべた中、俺はへそ下に集中させた魔力を練り上げ、そのまま右拳に集中させた。
直後、俺は渾身の突きを足元の地面に向かって打ち放った。
ドゴオオオオオオオオオオンッ!
地震と間違うばかりの激しい揺れがその場に発生した。
男たちの大半が悲鳴を上げながら次々と地面に倒れていく。
やがて俺は地面に食い込んでいた右拳を静かに抜いた。
俺の魔力で強化された突きの威力によって、固い地面には拳を打ち込んだ部分から蜘蛛の巣状に亀裂が走っている。
王宮騎士団の中では〈
「もう一度だけ言うぞ。この場は俺に任せて、あんたたちは自分たちの大切な人間を守ることに集中しろ。万が一にも野伏せりどもを取り逃がすことなんてないと思うが、この世には絶対なんて言葉はないからな」
俺はそう言うと、男たちを見渡したあとに大きく柏手を打った。
男たちはビクッとなり、呆けていた表情が一気に引き締まる。
「俺はギガント・ボアも倒せる腕前を持っている。だから信じて欲しい。これから来る野伏せりどもは俺1人だけで対処する。それでも俺の言うことが信じられないというのなら、申し訳ないがはっきり言わせてもらおう……あんたたちがこの場にいると闘いの邪魔なんだ」
俺は男たちに右拳を突き出した。
すると男たちは俺の意向を組んだのだろう。
慌てて村の奥へと向かっていく。
よし、と俺は開いた左の手のひらに右拳を打ちつけた。
まもなく、この入り口周辺は本物の戦場になる。
そのさいに男たちの存在は援護どころか戦闘の邪魔になっただろう。
だが、その心配はなくなった。
これで心置きなく存分に力を発揮できる。
そう思っていると、松明を持った野伏せりどもの姿が確認できた。
野伏せりどもは極限の興奮状態にあるためか、奇声や雄叫びを上げながら村へと雪崩のように侵入してくる。
俺は真っ先に村へ入ってきた足の速い3人に駆け出すと、有無を言わさずに攻撃を放った。
1人目――顔に突きを放って顔面破壊。
2人目――腹部に蹴りを放って内臓破壊。
3人目はわざと攻撃しなかった。
顔面を掴むと、野伏せりどもの集団に勢いよく投げ放つ。
一塊になっていた集団に3人目の男が激突したとことで、野伏せりどもの動きがピタリと止まった。
さて、どうなるか。
俺は野伏せりどもを見回した。
悪党と言えども人の子だ。
いくら略奪行為が正業とはいえ、自分の命と引き換えにしてまで行為には及ばないはず。
もしもこのまま退散してくれるのならば、それはそれでいい。
こちらも無理に追いかけて皆殺しにする気はないからだ。
――ふう……ふう……ふう……ふう……
俺はそこでようやく気がついた。
……何だ、こいつら?
どの野伏せりどもも興奮している。
両目は血走り、肩を上下に動かして呼吸を荒げている。
無理もない、と最初は思った。
このフタラ村まで夜の森を駆け抜けて来たのだ。
略奪行為をするという行動もあり、必要以上に興奮してしまっていたのだろう。
しかし冷静になって確認していると、どうやら野伏せりどもの状態は明らかに異質なことに気がついた。
あまりにも興奮しすぎている。
俺とて王宮騎士団たちと稽古をしていた身だ。
それが訓練でも、いや実戦だと日々の冷静さなど簡単に吹き飛んでしまう人間の弱さをよく知っている。
ところで俺の視界に映っている野伏せりどもは違う。
まるで危険な薬物や興奮する薬草を口にしたときのような感じがした。
それは3人の仲間があっという間に倒されたというのに、まったく動揺していない様子からも見て取れる。
何かがおかしい。
それは元騎士としての確かな勘だった。
こいつらは普通の状態じゃない。
「シャアアアアアアアアア――――ッ!」
「オオオオオオオオオオオ――――ッ!」
俺が眉間に深くしわを寄せたとき、野伏せりどもは逃げるどころか奇声と雄叫びを上げながら一斉に襲いかかってきた。
人数は約20人。
この数ならば大した労力もかけずに撃退できる。
まあいい、どちらにせよ向かってくるなら倒すだけだ。
俺は地面を強く蹴って野伏せりどもに駆け出した。
そして――。
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