第十四話  守るための決意 

「女子供は早く隠せ!」


「男は武器を取れ! 寝ている奴も今すぐ叩き起こすんだ!」


 賑やかで和やかだった広場は、一瞬にして怒号と喧騒に包まれる。


 物見櫓からは危険を知らせる鐘の音が鳴り響き、村人たちはパニックの極みに達していた。


 私の隣にいた村長さんも同じだ。


 すぐに酔いが醒めたのか、あわあわと動揺し始める。


 一方の私もこの緊急事態に少なからず慌てた。


 野伏せりという言葉を聞いたことはあっても、王都に住んでいたので実際に1度もこの目で見たことがない。


 でも、野伏せりって村自体を襲うの?


 私は頭上に疑問符を浮かべた。


 野伏せりとはカスケード王国において徒党を組んで山中や街道に潜み、そこを通り過ぎる人間たちを襲って金品を強奪する悪漢の総称だ。


 だが、こうして堂々と村を襲うなど聞いたことがない。


「どうやら、連中には村を襲いたい理由ができたのでしょうね」


 冷静に声を発したのはリヒトである。


「この村の男たちは狩人を生業としているからか、他の農村の男たちと比べて体格がいい。それに狩人ならば短剣や弓も兵士並みに使いこなせるでしょう。いくら悪事を働くのが専門な野伏せり連中とはいえ、馬鹿正直に男たちがいるときに村を襲ってくるとは思えません」


 けれども、とリヒトは淡々と言葉を続ける。


「たとえ屈強な男たちが揃っていたとしても、この村をすぐに襲いたい理由があったのなら話は別です」


「すぐにこの村を襲いたかった理由?」


 私が訊き返すと、リヒトは「ギガント・ボアでしょうね」と答えた。


「おそらく、野伏せり連中はあの山中の開けた場所でギガント・ボアの死体を見つけたのでしょう。ギガント・ボアから採取できる素材は王都に持ち込めば高値で取引される。しかし、ギガント・ボアの死体からは高級素材の毛皮と牙がすべて剥ぎ取られていた。そこで野伏せり連中は気づいたはずです。このギガント・ボアの毛皮や牙を剥ぎ取ったのはフタラ村の人間たちだと」


 私はリヒトが何を言いたいのか理解した。


「確かに動物の毛皮を綺麗に剥ぎ取れるのは狩人の特技と言われるものね。そしてこのフタラ村の男性たちはまさにその狩人たち」


 リヒトは首を縦に振る。


「野伏せり連中もそう確信したのでしょうね。同時にマズイとも思った。名前や人数までは私もわかりませんが、一般的に1つの山には3~4つの悪事を働く集団が存在していると言われています。そしてギガント・ボアほどの巨大な死体などすぐに発見され、同じ山中にいる悪党どもの間で知れ渡ることになるでしょう」


 私はハッと気づく。


「他の連中にギガント・ボアの死体を発見されたらフタラ村が襲われる。だからその前に自分たちがフタラ村を襲ってギガント・ボアの毛皮や牙を奪い取りたい……と、この村を襲いに来た野伏せり連中は考えたのね」


「間違いないでしょう。盗みを生業とする外道どもが考えることなど一緒です。しょせん奴らはどいつも食うため以上に楽して遊ぶ金が欲しい連中です。王都で上手く売れば少人数だと数年は豪遊できるギガント・ボアの素材が近くにあると知れば、是が非でも奪い取りたいと考えるのが道理でしょう」


 私は小さく首を左右に振った。


「まともな人間の道理じゃない。まさに悪漢どもにしかわからない道理ね」


「はい、この世に必要のない人間だけが持つ歪んだ道理ですよ」


 どうしますか、とリヒトはたずねてくる。


「このままでは野伏せりと村人たちの戦闘は避けられないでしょう。ですが、俺たちには関係ないことです。毛皮と牙の1本はすでに村に進呈済みなので、俺たちは残りの1本の牙を持ってこの村から立ち去ればいい。換金など他の場所でもできますから」


 これには村長さんとメリダも言葉を失った。


 特にメリダは、私にすがるような目を向けてくる。


「安心して、メリダ」


 私はメリダに力強くうなずいた。


「あなたたちを見捨てて逃げるような真似は絶対にしない」


 私はリヒトに鋭い視線を浴びせる。


「リヒト、さっきのような発言は2度としないこと。それにギガント・ボアの素材でこの村が狙われたというのなら、私たちにも大いに責任はある。その責任を果たさずに、我が身だけの可愛さで逃げ出すことはできないししたくない」


 掛け値なしの本音だった。


 そしてそれは元〈防国姫〉だからとか、新たに始めた〈放浪医師〉のプライドのためでは断じてなかった。


 目の前で困っている人たちがいて、その人たちを助ける力があるのに背を向けるのなら、私は人として恥じるべき人生を歩むことになるだろう。


「承知いたしました!」


 突如、リヒトは片膝をついて私に頭を下げる。


「先ほどのような無責任な発言は2度としないと誓います。そしてそのような発言をした俺に対して、何か罰をお与えください。このリヒト・ジークウォルト。お嬢さまからのどのような罰も喜んでお受けいたします」


「ば、罰ってそこまで大げさに……」


 そのとき、私はリヒトの本心を察した。


 よく周囲から誤解されていたのだが、リヒトは見た目や言動と違って冷血な人間などではない。


 むしろ誰よりも他者を労わる心を持つ、温かみのある人間だった。


 しかし一流と呼ばれる騎士というのは、一見すると冷血な人間に見えてしまうような誠実さと謙虚さを表に出さなくてはならないという。


 たとえ今は元騎士という立場になったとはいえ、1度でも騎士になった人間は他人から軟弱者と言われるような行為を何より嫌うからだ。


 それゆえにリヒトは、私という主人を差し置いて自分から村人たちを救いたいとは言えず、代わりにこのような回りくどいことをしたに違いない。


 罰と称して私に命令をしてもらうために――。


「わかったわ」


 私はリヒトに人差し指を勢いよく突きつけた。


「リヒト・ジークウォルト。あなたに罰を与えます。あなたの力を存分に使い、この村の人たちを悪漢どもから守ってみせなさい」


 リヒトは顔を上げてニコリと笑った。


「御意。俺のご主人さまマイ・マスター

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