第7話 やっぱりベタが好き

眠れない。

眠れるわけがない。


少し手を伸ばせば、好きな人に触れられる距離にいる状況でスヤスヤ眠れる勇者がいたら、俺はそいつに弟子入りする。


寝る体勢をとってから1時間半。

真緒の方を向かないように、壁側を向いて横になっていた俺は、ミスを犯した。

時間ってのは、人間の思考力を奪う。

うっかり、寝がいりをうってしまった。


「‥‥‥ッ」


暗闇の中だけど、目と鼻の先に顔があることが分かる。

結局は顔と身体なんだよなぁと実感する。


一応、それ以外の好きな理由を並べることはできる。


面白い小説を書くところとか、食べ方が綺麗なところとか、周りに気を遣えるところとか、俺が知らないことをたくさん知っているところとか、くしゃみが可愛いところとか、ものを大事に使うところとか、映画を観て素直に泣けるところとか、『ドラえもん』では何故かジャイアン推しなところとか、人の話をしっかり聞いてくれるところとか、母親をママと呼ぶところとか、店員さんに礼儀正しいところとか、優しいところとか。


まあ、いくらでも出る。


しかし、こうして一緒に寝ていることにドキドキするってことは、見た目の比重が大きいのだろう。


たぶん、同じ行動を取るのがブサイクだったら、俺は力は貸すかもしれないが、好きになることはなかった。

極論、黒ギャルとお近づきになれれば、真緒でなくても良かった。


我ながら最低な男だ。


むくり。

好みの女の気配だけで興奮している俺は、冷や水を浴びせられた気分だった。

真緒が起きた。


すぐに狸寝入りを試みる。

トイレか水分補給だろうか。


その予想は外れた。真緒はスマホを起動させて、タプタプと何かを書き始めた。


小説だ。


いつもは漫画喫茶のパソコンで執筆しているが、今は俺に気を遣っているのだろか。


今、真緒の頭の中ではどんな冒険が繰り広げられているのだろう。

残酷だけど、不思議とストレスがなく読めるあの小説の続きを早く読みたい。


スマホをタプタプしている微かな音が心地いい。

物語を紡ぐ音を聞きながら、俺は眠りに落ちた。

\



ベタって欠かせないから生き残ってるんだと思う。


朝、起きたら真緒が俺の掛け布団に入ってきていた。

素晴らしきかな。昔ながらのラブコメ展開。


昨日は真っ暗で見えなかった寝顔が至近距離にある。好みの顔が。


「‥‥‥」


脳内が邪念でいっぱいになる前に、スマホでカクヨムアプリを開く。

神崎真緒作 『異世界では君に殺されたい』の最新話が更新されていた。


読む。

一気に3回読む。


その場のテンションを重視したのであろう文章は、ハチャメチャだけど魂がこもっている。


「お疲れ様」


眠りこけている作者に向かって労いの言葉をかけた。




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