第39話 呪縛からの解放(4)
誰だろうと思って振り向けば、懐かしい顔ぶれの三人がこちらに向かってくる。フランは目を見開いて、彼らに向き直った。
「お、お父様、お母様……それにマーガレットも!」
シャムールにいるはずの、フランの家族だった。
招待客は国内貴族だけでなく友好関係にある各国からも広く集めたと聞いてはいたが、遠い島から家族を呼び寄せてくれていたとは知らなかった。
けれど数か月ぶりに顔を合わせた家族は、どこか戸惑っているように見える。それはフランも同じで、嬉しさと気まずさを合わせたような気持ちになりながら彼らのそばへと駆け寄った。
「フラン、元気そうじゃないか。なんだか以前よりも……」
帝国に統治権を残してもらい、現在もシャムール国王であるはずの父バウム。偉大だと思っていた父は、フランの頭の先から足元まで眺めながら、不自然に言葉を途切れさせた。どうやらフランが身に着けている豪華なドレスに目を奪われているようだ。
父の横に立つ母のベラも、心底驚いた様子で細い眉を吊り上げている。
妹王女のマーガレットが、フランの首元のネックレスに目をやりながら、ぼそりと言った。
「フランお姉様、すごくいい暮らしをさせてもらっているのね……」
「そんな馬鹿な……皇帝の容姿も待遇も、聞いていた話と全然違うじゃない……」
口惜しいとばかりに睨みつけてくる母の姿に、フランの心は萎んでいった。とても再会を喜ぶ雰囲気ではない。
よく見れば、彼らは一国の王族であるにも関わらず、周りの貴族たちに比べて質素な装いをしているように見受けられる。帝国に下った属国であることから、あまり贅沢をすることができないのだろうか。
家族に申し訳ない気持ちになり肩を落としたフランは、気分を害してしまったことを含め、遠回しに謝った。
「あの……ご心配をおかけし、申し訳ありませんでした……」
「本当ね! 自分だけいい暮らしをしていたなんて、とんだ恩知らずだこと」
不機嫌にそっぽを向いた母に代わり、父が声をひそめて状況を尋ねてきた。
「それでフラン。首尾はどうなのだ? その様子だと、皇帝とお近づきになれたのか?」
「いえ、それは……」
すっかり自信を奪われ、視線を伏せて告げると、母と妹のこちらを小馬鹿にしたような笑いが飛んでくる。
「そうでしょうね。おまえ程度の魅力ではお声がかからなかったのでしょう」
「お姉様じゃ無理よね。フフッ」
久しぶりに会ったというのに、浴びせられるのは冷たい言葉ばかりだ。
揺れるフランの心境も知らず、父がもはや知れ渡っているらしい噂話を口にした。
「なんでも皇帝はすでに妃を決めているというではないか。妾にも選ばれないようなら、おまえは用済みとして国に帰されるのだろうな。まぁ仕方のないことだが」
「こんな穀潰しをいつまでも置いておく意味はありませんからね」
穀潰し……またもきつい言葉にショックを受け、目の前が暗くなった。
ライズがそんな風に思うはずがないことはわかっている。それよりも、シャムールにいたときにこそ、言葉どおりの扱いをされていたことを思い出したのだ。
祖国での暮らしと、ライズが与えてくれた新しい生活。その落差は天と地ほどの違いがあった。初めは国に戻りたいと思っていたのに、今は彼のそばから離れたくない。帰りたいなどという気持ちは、もう微塵もない――。
けれどもし花離宮が解散され、祖国に帰れと命令を受けたならば従わなくてはならない。そうして以前の生活に戻ったら、きっと苦しくて耐えられないだろう。
とてつもなく悲しく、恐ろしく思えて、その場から逃げだしたくなっていた。すると、うしろから凛とした声がかかった。
「フラン。ここにいたんだな」
ハッと振り向けば、高貴さを漂わせたライズがこちらに向かって歩いてくる。途端に、胸に安心が広がった。
「こ、皇帝陛下……!?」
「えぇ? ど、どうして皇帝陛下がこちらに……?」
「ステキ……なんて格好いいの……」
家族はそんな声を漏らしたが、フランの目に映るライズは、心なしか彼らに対して厳しい視線を向けているように見えた。
近寄ってきたライズはフランの肩を抱き、シャムールの家族へと向き直る。三人が、息をのんだのがわかった。
ライズは彼らを見下ろすように顎を上げ、言った。
「シャムールの王と王妃、そして第二王女よ。はるばる海を渡り、この帝国までよく来てくれた」
純然たる上下関係。父たちは内心では不満に思っているはずだが、それでも皇帝に媚びを売ろうとしてか、にこやかな表情を浮かべ頭を低くする。
「はっ……このような素晴らしい場にご招待いただき、光栄に存じます」
「王妃のベラと申します。輝かしき皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「マーガレットと申します。お会いできて光栄です、皇帝陛下」
父母にならってお辞儀をしたマーガレットは、頬を染めてちらちらとライズの顔をうかがい見ている。あまりの麗しさに見惚れているのだろう。
ライズは、そんな視線は気にも留めずに言葉を続けた。
「今日は貴殿らにも披露したいことがあり呼んだのだ。ゆっくりしていってほしい」
「光栄でございます、陛下。それに、我が娘にも過分な温情をかけてくださっているようで……お心の広さには驚くばかりです」
父のセリフに被せるように、母が裏声を出して会話に割り込んでいく。
「陛下! このような出来損ないの娘を差し出してしまい、申し訳ありませんでした。華もなく愚鈍な娘でご迷惑をおかけしたのではないでしょうか。もしチャンスをいただけるのであれば、第二王女のマーガレットをぜひおそばに置いてくださいませ。手塩にかけて育てた娘です。長女とは違い、このとおり器量もよく素直で……」
(お、お母様……?)
フランは驚愕した。この国へ来ることを自分から名乗り出はしたが、それは家族を思ってのことだ。決死の覚悟で臨んだというのに、まさか母の口からこんな言葉が飛び出すなんて。
ショックで呆然としていると、ライズが眉をひそめながら片手を上げ、制した。
「聞くに堪えない。やかましくて耳が腐りそうだ。どうしてもというのであれば、あとで謁見の申請を出しておいてくれ」
三人は、ぽかんと口を開いて立ち尽くしている。
フランが隣に立つライズの顔を見上げると、彼は打って変わって柔らかな視線をこちらに向けた。
「フラン。少し時間をもらってもよいか?」
「え? は、はい……」
呆気に取られながらも流れるように手を取られ、人々の合間を縫って引かれていく。
普段は玉座が置かれている奥のステージの上に、ダンスでも踊るかのように軽やかに連れ出された。すると、その珍しい光景に一斉に関心が集まったのがわかる。
ライズは晴れやかな表情で会場を見渡すと、よく響く声でさらに注目を集めた。
「皆の者、聞いてくれ。今日のよき日に、もうひとつ報告したいことがある。私の勝手ゆえ、先延ばしにしていた皇妃の選定であるが――実はもう、心に決めた人がいる」
そうして彼はこちらに向き直ると、繋いでいた手を持ち上げ、指にキスをして――上目遣いに切なく見つめながら、愛の言葉を口にした。
「フラン……私の妃になってほしい」
(えっ――)
その発表はおおいに会場を盛り上がらせた。どよめきが波のように持ち上がるのを感じる。
「ライズ様……」
「なぜそんな驚いた顔をする? 前に、きちんとプロポーズすると言ったろう」
心臓が早鐘を打つ。聞き間違いではないかと目を見張っていると、彼は小さく苦笑し、困ったやつだという表情を浮かべた。
(いや、だって……今日プロポーズされるなんて、聞いていませんよ!?)
以前からわかっていたことだが、傲岸不遜でも許される皇帝はひと味違う。圧倒的に言葉が足りない。サプライズのつもりかもしれないが、不器用すぎる。
けれどもそんなこともひっくるめて「問題ない」とわかっている彼は、改めてフランを正面にとらえ、真摯に見つめながら言った。
「フラン。私の思いを受け止めてはくれないのか?」
早く返事をしなければと思ったが、まだ動揺が収まらず、唇が宙をかくばかりで肝心の言葉が出てこない。
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