第24話 ざわめく帝国と乙女心(5)
*
――褒美はなにがいいかと尋ねて、フランから返ってきたのは意外な願いだった。
『街を……陛下の作る国を、見てみたいです!』
後日その希望を叶えるため、ライズは半日分の予定を空け、フランを連れて城下町へとやってきた。
目立たないよう忍んでの行動のため、ふたりとも普通の貴族の格好をして、目深に帽子を被っている。街の視察はこれまでにも不定期で行っていたのだが、近頃は忙しくて足が遠のいてしまっていたから、ちょうどいい機会ではあった。
天気に恵まれて澄んだ空の下、街並みも輝いて、奥にそびえる居城も伸びやかに見える。
住民の憩いの場である中央広場は、明るく賑わっていた。
たっぷりとした水を噴き出す噴水は虹を作り、涼感を生み出している。花壇には色とりどりの花が生けられ、ベンチで貴婦人らが談笑する平和な風景。美観はなかなかのものとはいえ、たいして珍しくもないそれをフランは目を輝かせ、熱心に眺めている。
「わぁ……! この広場、初めて帝国に来たときに馬車の中から見えたんです。すごくステキ……」
あまりにきょろきょろと目移りしているものだから、目を離すとはぐれてしまいそうだ。
「フラン、あまり遠くへ行くな」
手を掴んで隣に引き戻す。繋いだままで進もうとすると、焦った声が追いかけてくる。
「へ、陛下……!」
「陛下と呼ぶなと言ったろう。身分が知られては面倒だ」
「ラ……ライズ様。あの、手を……」
「このままでいい」
照れた様子でおとなしくなったフランを、どこへ案内しようか考えを巡らせた。
まずは商店が並ぶメイン通りへ繰り出すのがいいだろうか。
「おまえの功を労うための外出だ。なんでも欲しいものがあったら言うがいい」
「は、はい……ありがとうございます」
嬉しそうに顔をほころばせていることを確認して、進行方向へと視線を戻す。賑わうほうへと連れ立って歩きだした。
褒美が街の案内などでいいのかとライズは今でも不思議に思うし、本人にも何度も確認したのだが、フランは意見を曲げなかった。目が輝いていたから、本心からそう望んでいるらしいことは察している。
(要は、羽を伸ばして遊びたいということでいいのか?)
なりゆきだったが、今日という日はライズにとってもいい気分転換になっていた。
フランのことを初めは小動物だと思っていたせいか、離宮の姫たちに感じるような気詰まりは感じないし、一緒にいて心地がいい。
いい意味で単純というか、裏がなくて安心する。それに大きな金色の瞳は飴玉のようで、覗き込めば不思議と心が和らぐ気がした。
(そういえば初対面のときにも、目を奪われたな……)
その飴玉の持ち主の様子を確認すれば、遅れまいと必死にあとをついてきている。足早になっていたことに気づき、歩幅を緩めた。
ドレスや宝石はあるもので十分だというので、街一番の食事処で腹ごしらえをして、露天商を覗いたり、大道芸を見たりして過ごした。
あちらこちらと足を伸ばすうちに、あっという間に時間は過ぎていく。
そろそろ城に戻らねばならない刻限となり、馬車の待つ場所へと向かう途中、カラフルな店構えの店主から声をかけられた。
「そこのお兄さん、お連れのお嬢さんに甘いデザートはいかがですか?」
フランがそわそわとした仕草を見せたので、銅貨と商品を引き替えて手渡してやる。
真っ白なアイスクリームにカラメルのようなソースがかかった代物を嬉しそうに受け取ったフランは、早速それをひと口頬張り、顔を輝かせた。好みに合ったようだ。
「ほろ苦くて甘い……! 美味しい……! 幸せです~……」
「そうか。……ふ、そんなに気に入ったのなら、またの機会を作ろう」
本来の目的どおり、褒美になったのであればよかったと、満足しながら歩きだす。
しばらくしてもずっと上機嫌に笑っているなと思ったら、彼女の足下がふらふらしだし、異変に気づいた。どうやら先ほどの甘味に、ブランデーのような成分が含まれていたようだ。
「大丈夫か? 気分は悪くないか」
「いえ、とっても美味しかったです~……」
なんだか返事がふわふわしている。気分はよさそうに見えるが、瞳が潤んで、舌っ足らずのほろ酔い状態だ。
すぐに馬車にたどり着いたので、座席の背もたれにフランを寄りかからせ、支えるために隣に乗り込んだ。
フランがこてんと首を傾け、こちらの肩にもたれて言う。
「ライズ様……。今日は……私が生きてきた中で……一番、楽しかったです……。本当にありがとう……ございまし……」
ふにゃりと笑ってそう告げたあと、かくんと力を抜き眠り込んでしまった。
揺れで転ばないようしっかりと抱き寄せて、出発した馬車の揺れに身を任せる。
「……」
すやすやと規則正しい寝息。表情は穏やかで、小ぶりな唇は微笑んでいるように見える。
ふと、クリムトから報告を受けていた、フランの生い立ちについての情報が唐突に思い出された。
不吉な先祖返りとして厄介者扱いされており、妹王女と差別され、王女とは名ばかりの粗末な扱いをされていたのだと。
だが異能の存在とはいえ、血を分けた娘にそんな接し方をするだろうか。
その理由は、少し掘り下げて調べれば明らかだった。
『フラン様は王妃の実の娘ではありません。公にはしていませんが、王が作った庶子のようです』
どうやら妹王女が生まれる直前にその存在が発覚し、密かに引き取り、王妃の出産の時期に合わせ双子として公表した――ということらしい。
王妃は嫉妬深く、フランに対して冷たく接していたという。あからさまな態度だったようだが、出生の秘密はフラン本人には知らせていないようだ。
フランは、これまで疑問にも思わず過ごしてきたのだろうか。
だがその事実を軽々しく伝えるつもりはなかった。金色の瞳が悲しみに陰るのを見たくはない。
(……この気持ちはなんだ?)
即断即決、惑うことの少なかったライズにとって、もやもやと胸を覆うような心境は馴染みのないものだった。
すると視界の端に、ひょっと山形のふたつの影が現れる。眠っているフランの頭頂部に、ピンク色の三角耳が飛び出していた。
「ん……ライズ様……」
能力のコントロールを覚えてきた彼女だが、寝ぼけると耳が出てしまうこともあるようだ。
考えるより先にそれに手を伸ばし、そっと撫でる。するととろけそうな顔をして、むにゃむにゃと小さな唇を動かす。
「ふにゃ……好き……もっと……」
「……フッ」
ついつい、こちらの口元も緩んでしまう。
(そうか、愛しいとは……こういう感情をいうのかもしれないな)
頭を抱えるように引き寄せて、目を閉じる。
城に着くまでの、穏やかな時間。
密やかな触れ合いは、まどろみの内に過ぎていく――。
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