第8話 氷の皇帝 ライズ・ド・ヴォルカノ(2)
*
大失敗の会食のあと、フランは重い足を引きずるようにして花離宮へ戻ってきた。
(うぅ、とても疲れたわ……。サリーに話を聞いてもらって、今日は早く休みたい……)
だが、エントランスに入ってすぐ、足を止めざるを得ない状況が待ち構えていた。
ぞっとする視線を感じて見上げると、螺旋階段の上から向けられているのは、険しく吊り上がった複数の目。
射殺さんとばかりにギラギラとした目つきで睨みつけられ、その場に竦み上がった。
「シャムールの王女。待っていたわよ」
「は、はい……。あの……?」
カーネリアとその取り巻きたちが、滑るように階段を下り、詰め寄ってくる。思わず後ずさりしかけたが、あっという間に人垣に囲まれ、退路も塞がれてしまった。
金属をかき鳴らすような声で、カーネリアが言った。
「さっきのはどういうこと!? 新人の、泥臭い田舎の王女風情が、皇帝陛下に声をかけられるなんて! いったいどんな手を使ったのよ!?」
「ご、誤解です。私はなにも……」
続いて蜂の巣をつついたように、周りの令嬢たちが喚き立てた。
「抜け駆けよ! 許せない!」
「ぼさっとした田舎娘だと思ったのに、だまされたわ!」
陛下はそういうつもりで呼んだのではなく、ただ一緒にお茶を飲み、いくつか質問をされただけなのだと説明しようとしたが、激高した集団は聞く耳を持たない。口々にフランを罵り、あらゆる種類の暴言をぶつけてくる。
ぎゅっと体を縮こまらせ、受け身に徹するしかなかった。入ったばかりの離宮で、頼れる相手もいない。嵐が過ぎるのを待つしかないのだ。
誰の声も聞き取れないほど荒んでしまった空気を、カーネリアが合図をしていったん静めた。それは怒りが冷めたからというわけではない。これほど混乱を極めていては、話が進まないからだ。
カーネリアは頬を引き攣らせながら、低く凄むような声で確認を入れてきた。
「陛下はクールなお方ですもの……食事に誘われたわけではなく、事務的な用事があって呼ばれた。そういうことね?」
「は、はい、そのとおりです」
渡りに船と差し出された言葉に飛びつく。するとブルーネル侯爵令嬢とコーラル伯爵令嬢が、
「カーネリア様! そんな女の言うことなど、信用できませんわ!」
「そうですわ! 厳しく躾けなくては!」
などと言って、すかさず野次を飛ばしてくる。
カーネリアは大きく鼻息をつきながら、フランに対し、試すような視線を向けた。
「フラン王女……だったわよね。もし陛下と繋がりがあるのなら、わたくしたちのことも口添えしていただけないかしら? 今までは頑なに拒まれておいででしたけれど、もし心境に変化があったのなら、我々もぜひお近づきになりたいわ」
その言葉からは、うしろめたいことがないのなら協力できるはずだという含みが感じられた。
提案に乗りたい気持ちは山々だったが、実際のところフランには皇帝との繋がりなどないし、もう二度と呼ばれることもないだろうから、へたな約束はできない。
「いえ、本当に、そういうのではなくて……」
最後まで言い終える前に、令嬢たちの怒りが再燃してしまった。歩み寄りを拒否したと取られてしまったようだ。
「まぁ! せっかくのカーネリア様の優しさをむげにするなんて……」
「陛下を独り占めする気ですわ、なんて図々しい!」
「追い出しましょう! どこの馬の骨ともわからない他国の女なんかに、皇妃の座を奪われてはたまりません!」
炎上し、押し寄せる敵意は身の危険を覚えるほどだ。
そんな阿鼻叫喚の様相にうんざりしたのか、顔を歪めたカーネリアが眉間を押さえ、再び声を荒らげた。
「静まりなさい! ……もう結構。わたくし気分が悪くなってきたわ。それに、こうしてはいられない。すぐにお父様にご報告しなくては……!」
そう吐き捨てると、怒りに染まった瞳をフランに向け、鋭く釘を刺す。
「あなたと話すことはもうないわ。覚悟しておくことね!」
完全に敵視されてしまったらしい。困ったことになってしまった。
踵を返したカーネリアに続いて令嬢たちが引き上げていく中、ブルーネルが振り返り、にんまりと瞳を細めた。
「あっ、そうそう。あなたに仕える侍女は、配属を変えさせてもらったわ。花離宮は人手が足りないし、あなたの担当を引き受ける侍女はもういないと思うけど……仕方がないわよね。ウフフッ」
「えっ……?」
言われた意味がわからずに、その場に立ち尽くす。
そのとき、鼻をすするような音が聞こえて、気配のするほうへと目をやった。
柱の陰に隠れるように、蒼白な顔をしたサリーが立っている。その目は泣いたあとのように赤く、片方の頬を腫らしていた。もしや誰かに叩かれたのだろうか。
(サリー……まさか私のせいで責められたの……?)
勝ち誇った顔をしたブルーネルが、令嬢たちのあとを追って去っていった。
集団が消えてからも、サリーがこちらに近づいてくる様子はなかった。上からなにか言い含められているのだろう。
彼女は沈痛な面持ちでそっと頭を下げると、廊下の奥へと消えていった。
専属侍女を取り上げられてしまったことよりも、サリー自身の状況が気がかりで、胸が痛んだ。
けれども距離を置くことが彼女の身の安全に繋がるのであれば、黙って見送るしかなかった。
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