第6話 囲われ王女、帝国での新たな生活(4)

       *


 花離宮の姫たちの仕事――それは皇帝が通りかかる時間に本城の回廊に並び、挨拶をすることだ。朝礼と夕礼は毎日の日課とされ、そのほかに皇帝が外出から戻ったときなどにも随時召集される。


 華やかなお出迎えを幾度繰り返しても、現在のところ皇帝自身が離宮の花たちに一度も興味を示さず、常に素通りが続いているそうなのだが――とにかく若さと美貌を武器に派手に着飾って自分を売り込み、皇帝を魅了し、興味を引くこと。それが最優先の使命であり、皇太后からの至上命令である。


 皇帝が視察から戻られたとの知らせを受け、支度を終えたフランが指定の場所に出向いたときには、フラン以外のすべての令嬢はとっくに大回廊に集結し、太い柱の間に敷かれた絨毯沿いにずらりと並んで、出迎えの準備を進めていた。


 令嬢たちは遅れてきたフランの出で立ちを確認するようにちらりと視線を向けてきたが、すぐにそれどころではないと顔を背け、身繕いに余念がない様子。

 カーネリア公爵令嬢とその取り巻きたちは、最も目立つ最前列に陣取って、せっせとドレスの裾の形などを整えていた。


 彼女たちの邪魔にならないよう、そそくさと端っこの奥まったほうへと移動するも――。


 なにげなくカーネリアの胸元の大きく空いたドレスを見て、仰天してしまった。祖国では見たことがない大胆なデザイン。相当にセクシーだ。

 露出している部分の肌がきらきらと輝いているのは、パウダーを塗っているからなのだろうか。眩しくて目がチカチカするし、心臓もドキドキする。


(す、すごいわ……。同じ女性でも目のやり場が……)


 初めて見る「女の本気」に顔を熱くしていると、本命の到着を知らせる鐘が鳴った。


 空気がピンと張り、沈黙がその場を支配する。

 思わず息をひそめていると――大扉が開き、大勢の臣下を引き連れた皇帝が姿を見せた。


(――っ……)


 呼吸が止まり、心拍数が上がる。

 遠くからでもわかる、煌びやかなブロンドの髪。切れ長のパープルの瞳に引き締まった表情は、何度見ても見惚れてしまう。


「輝かしき帝国の太陽。ライズ・ド・ヴォルカノ皇帝陛下にご挨拶を申し上げます」


 代表したカーネリアのかけ声とともに、令嬢たちが一斉にお辞儀をしたので、フランも慌てて例にならった。


 若く神々しい皇帝が、豪奢なマントをひらめかせ、凛々しく優雅な、ブレのない足取りで回廊の中心を進んでいく。艶やかな花たちには、一瞥もくれずに。


 フランは視線を下げたまま、ブーツが床を踏みしめる規則的な音を聞いていた。


 皇太后がいつから花離宮を設営したかは知らないが、今の今まであの氷のような皇帝陛下は、この選りすぐられた最高級の女性たちを無視し続けてきたのだ。それなら今日も、鋼の姿勢に変わりはないだろう。


 思ったとおり、迷いのない足音が進んでくる。

 カーネリアたちの前を素通りしたとき、微かなため息が漏れたような気配がした。


 そしてきっと表情ひとつ動かさぬまま、突き当りの扉の近くで人の陰に隠れるようにして立つフランの前も、無言で通り過ぎていくはずだったが――。


 正面に差しかかったあたりで、ふいに足音が止んだ。


(どう、したのかしら……)


 そっと視線を上げると、その先に立つ皇帝は、顔だけをこちらに向けていた。見つめるものすべてに畏怖の情を抱かせる、深い濃紫の瞳と目が合ってしまう。


「シャムール王国の王女、フラン……だったな。聞きたいことがある。ついてこい」


 文字どおり凍りついて返事もできない。けれどここで逆らうことなど許されるはずがない。

 絶対零度の空気に負けて、従うしかなかった。

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