第2話 モフモフ王女、花離宮へ献上される(2)

       *


 聞き慣れない大砲の音が鳴り響いたとき、島は何隻もの軍艦に囲まれていた。


「敵襲! 敵襲だーーーっ」

「ヴォルカノ帝国が攻めてきたぞーーーっ!」


 敵味方入り乱れる荒々しい足音が、島内の空気を揺らす。

 響く怒号に、金属がかち合う音、逃げ遅れた人々の悲鳴――。

 フランをはじめとする女性たちはわけもわからず、ただ避難した城の奥に隠れ、身を震わせるしかなかった。


(なにが起きているの……? 怖い……)


 黒い船から降り立った恐ろしげな軍勢は、あっという間に島の中心部に入り込み、王城を取り囲んだ。シャムールの騎士団は死力を尽くして立ち向かったが、圧倒的な兵力と強力な武器を前に、太刀打ちできる状況ではない。


 玉座の間へ敵兵の侵入を許すのに、そう時間はかからなかった。


「皇帝陛下からの最後通告である。期限は三日、速やかに回答されたし」


 不気味な黒鎧を身に着けた帝国の使者が、王に書面を突きつける。

 降伏を促す文言が書かれた羊皮紙には、要約すると次のようなことが書かれていた。


『この島全土と領海はヴォルカノ帝国の支配下に置く。おとなしく従うならば、これ以上の武力行使はしない。だが逆らうようなら容赦なく攻め滅ぼす』


『属国としたあかつきには、他国の脅威から責任を持って庇護する。統治についてもこれまでどおりの権限を与えるが、見返りとして規定の税を納めること』


『誓約の証として、国力の半分にあたる財宝および武器を差し出すこと』


 そして――『直系の王女をひとり、花離宮へ献上すること』。


       *


 使者が一時的に引き上げていったあと、王城では王族と重臣たちを円卓の間に集め、緊急会議が開かれた。

 王の横に王妃が座り、そのそばにはフランの妹のマーガレットが着席する。そしてフラン自身も緊張の面持ちで、並びの席に腰を下ろした。


 話し合いが始まったが、シャムール王バウムは、すでに降伏することを決めていた。


「皆も、異存はないな」


 参席している臣下たちの中に、反論する者はいない。安全と引き換えに国力を搾取されることにはなるが、やむを得ないだろうと。


 通常は、占領されたら国民は捕虜となり、旧統治者である王族は処刑されるケースが多い。だが帝国の通告によれば、へたに逆らわなければ今までどおりの体制を維持してよいという。


 命も統治権も奪われないことは、破格の条件に違いない。

 高官のひとりが、帝国についてわかっていることを報告した。


「最強といわれる軍事力を持つヴォルカノ帝国は、西の大国と領地を取り合っていて、どちらが世界地図のピースを多く埋められるかを競っているようです。きっと支配の冠が欲しいだけで、実務には興味がないのでしょう」


 周囲は、まるで他人事のようにうんうんと頷いている。


「問題は、末尾に付記されている、王女様を差し出せというものですが……」


 遠慮がちではあるが核心に触れた高官の言葉に、マーガレットがわっと泣きだした。


「わたくしは絶対に嫌です! この国を離れて恐ろしい帝国で暮らすなんて……。どうして王女だけがそんな目に遭わなきゃならないの!」


(……! マーガレット……)


 フランにしても同じ気持ちであったが、彼女のように堂々と訴えることは性格上難しい。ただ妹の意見に同調するように、視線を乗せるのが精一杯だ。


 父王は、苦渋の色を浮かべて答えた。


「……わかっている。だが我が国の王女は、フランとマーガレット、おまえたちふたりだけだ。どちらかに行ってもらわねば、シャムールは窮地に立たされる……」


 王の言葉を遮るように席を立った王妃が、マーガレットに駆け寄り、抱きしめた。


「あぁ、マーガレット……! 愛しい娘を地獄に送るようなこと、わたくしには耐えられません! 帝国の花離宮といえば、化け物のように恐ろしい形相をした冷徹な皇帝が、国内外から高貴な女性たちを集めて意のままにする、ハーレムのような場所だと聞きます。そんなところへこの子を預けたら、心を壊され、殺されてしまいます!」


「嫌よ、そんなところに行きたくない……助けて、お母様……!」


 部屋中に響く悲痛な鳴き声は止まず、話し合いどころではなくなってしまった。



 その後、当事者であるフランとマーガレットは、話し合いからはずされることになった。


 円卓の間の外に出ると、マーガレットは憔悴した様子でどこかへ消えていく。とても声をかけられる雰囲気ではなく、黙って見送ることしかできない。


 フランもひとまず王女の居室に戻ろうと足を踏みだしたが、今さらのように緊張が膝に現れて、うまく歩けずにその場にうずくまってしまった。


 足も、床についた手も、壊れた玩具のように震えている。

 いったいどちらが帝国に送られることになるのだろう。妹のマーガレットが選ばれても救われない気持ちだが、もし自分に決まったらと思うと、恐ろしくてたまらない。


 ――本当は、長女であるフランが、引き受けるべきなのだろう。


 皆も、心の中ではそう考えているかもしれない。なぜならフランは、不吉とされる「先祖返り」でもあるから。もしかしたら今回の不幸も、フラン自身が引き寄せたのかもしれないと己を責めてしまう。


(でも、やっぱり怖い……。この国を離れたくない。だって、私は……)


 幼馴染の騎士団長の顔が、脳裏に浮かんだ。


 そうだ、アルベールはどうしているだろうか。彼も戦闘で負傷したものの、命に別状はなく、城に帰還したと聞いている。今頃は騎士団の詰め所で、怪我の手当てをしているはずだ。


 戦には負けてしまったが、騎士たちは民が避難する時間を稼ぎ、貢献した。けれど責任感の強いアルベールは、敗戦を自分の力不足のせいだと責めているかもしれない。

 彼の顔を見たい一心で立ち上がり、進路を定めて歩きだした。



 城の敷地内の一角にある、騎士団の詰め所。二階建ての石造りの本館に、武器庫や訓練場なども併設され、見た目にも力強く堅牢な造りになっている。


「フラン王女様、どうされましたか」


 入り口にいた騎士のひとりが、声をかけてきた。アルベールに会いにきたと告げると、団長なら二階にいると思うと教えてくれる。


 詰め所の中に入ると、看護の任務についた者たちが、せわしなく動き回っていた。怪我人の中には重傷を負った者もいるのだろうと思うと、心が痛む。


(アルベールは、大丈夫なのかしら……)


 気持ちが急いて、階段を上る足取りが早まった。

 きょろきょろと首を回しながら二階の廊下を進んでいくと、半開きに開け放たれた扉の向こうに、目的の人物の背中を見つけることができた。


「アルベ……」


 扉に手を伸ばし、声をかけようとして、固まってしまった。

 部屋の中にいる彼は、先客と話し中だ。そしてその相手は――。


「アルベール、どうかわたくしのことを守って……! あなたのことが好きなの。ずっと、好きだったの……」

「マーガレット様……」


 逞しい胸にすがって泣いているマーガレット。

 アルベールは悲痛な表情を浮かべながら、彼女の華奢な肩を抱いている。


(そんな……マーガレットも、彼のことを……? アルベール、あなたも……?)


 思わぬ衝撃に、目の前が真っ白になった。

 ぐわんぐわんと、頭の中で不快な音が鳴っている。まるでガラスの破片が刺さったかのように胸が痛くて、苦しい……。


 フランも飛び込んでいって叫びたかった。自分もアルベールのことが好きなのだと。

 けれど現実は――逃げるように、その場を離れていた。


 妹から恋人を奪うことなんて、できはしない。そもそもアルベールだって、呪われた先祖返りの自分なんかより、美しく完璧で誰からも愛されるマーガレットのほうを選ぶだろう。


 すぅっと波が引いていくような、不思議な感覚がした。


(きっと、これが私の運命。天の導きなのだわ……)


 アルベールへの想いが実らないのであれば、思い残すことはない。むしろ国のため、家族のために貢献できるのであれば、本望だ。


 それから、どうやって自分の部屋に戻ったのかも覚えていない。ただ布団に倒れ込み、ひと晩中泣き続けて――。


 翌日、フランは自分が帝国に捧げる貢ぎ物となることを、父王に進言した。

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