第29話 十蔵の指導 現実編2

「それでは、はじめ!」


「シッ!」


 十色さんが首筋に中段突きを放ってきた。


 それを弾く。


 俺は軽く中段突きを放つ。


 体を横にずらして躱された。


「ハッ!」


 上段蹴りを放つ十色さん。


 ガードしたんだが、ガードした腕がすごい音をしている。

 腕が痺れる。


「フッフッッ!」


 左、右とワンツーを放つが後ろに下がって躱された。


 十色さんが、仕掛けてきた。


「エイヤァ!」


 右の回し蹴りだ。


 咄嗟に下がって躱す。


 更に前蹴りを喉元に放ってくる。


 なんとか左へ受け流す。


「おい! 攻めてこないのか!?」


 攻めない俺にイライラしている十色さん。


「やめっ!」


「十色は試合中なのにイライラするでない。冷静さを保つのが大事じゃといつも言っておるじゃろうに」


「俺が攻めきれないばかりに、すみません。まだまだ未熟なんです……」


「十色よ。少し二人にさせてくれんか?」


「はい」


 去っていく十色。


 道場には二人だけになった。

 しばし沈黙が支配する。

 空気が重くなる中、十蔵さんが切り出した。


「ゲームではあんなに攻めれるのにのぉ。なぜ現実になるだけでそうも変わってしまうんじゃ? 何か理由があるんじゃろう? 高校になってから勝てないと言っておったのぉ。それ以前に何があったんじゃ?」


 再び長い沈黙の後に、ポツリポツリと俺はこれまで誰にも話していない胸に秘めていたことを少しずつだが、話すことにした。

 

「……実は、中学までは地区大会では負け無しで関東大会までは常連組でした」


「それは、中々凄いのぉ。全国まではあと一歩といったところかのぉ?」


「はい……それもあってかなり無茶な練習をしたり、門下生と組手に明け暮れていました。そんなある時でした、ガント……あっ、こっちでは悠人ですけど、悠人は俺のライバルでした」


 床を見ながら話していたが、体が震えてきた。

 ずっと胸につかえていた思いを今、吐露する。


「組手でお互いが熱くなり、ボコボコ体に突きや蹴りが当たっていました。その時、一瞬悠人がバランスを崩しました」


 語りながら俺の目からは溢れてくるものがあった。


「そこで、試合でもないのに思い切り踏み込んで急所である首に……回し蹴りを………………放ちました」


 あの時のことは一度たりとも忘れたことはない。


「結果、悠人は意識不明の重体で運ばれ半年間、生死をさ迷いました。おれは酷い後悔に襲われ、空手を辞めようとしていました……そんな時、悠人が目を覚ましたんです」


「それは、本当に良かったのぉ」


「はい。その時、悠人に必死で謝りました。許されないと。そう思っていました。全ては調子に乗っていた俺が招いたものであると」


 体の震えは止まらない。

 あれは完全に俺のせいだ。


「空手を辞める。それを伝えると悠人は激怒しました。必死におれが、悪かった。申し訳なかったって、謝ったんです」


 その時の悠斗の顔は顔を歪め、見た事がないほどに激怒していた。


「違う! お前が何したっていうんだ! 真剣に空手に励んでいて起きた事故だ! 誰も悪くない! しいて言うなら、弱い俺が悪い!」


 ポタッ…………ポタッ……


「悠斗のやつ……そういうんです。…………空手も……お前は辞めちゃいけない! これからを担うのはお前だ!」


「そう言われ、とりあえず続けることにしました。懺悔の思いもあったと思います。あいつは空手をまだ続けていますが、まだ、思う様に体が動かせません」


 そう。あいつは平然と生活しているが、動きの節々にまだぎこちなさがある。リハビリしているみたいだけど。


「そうじゃったのか。ゲームでは微塵も感じさせなかったのぉ」


「現実でもあいつはその事を何とも思ってないように振る舞うんです。空手も在籍はしていますが、大会などは出れません」


「ちなみに、ゲーム内でモー二とイブと会っていると思いますが、あいつらは高校に入ってからの友達なので、俺と悠人の事情は話してません」


「そうじゃったか。話してくれてありがとうのぉ。事情はわかったわい」


「いえ、俺も誰にも話せなかったので、話せて良かったです」


 涙を拭いながら顔を上げる。


「一つ、ワシからも言っておくのじゃ」


 十蔵さんは一呼吸置くと口を開いた。


「疾風は悪くない。空手でも、なんの競技でも相手と闘う競技では、滅多にないが、死亡することもあるのじゃ」


 それはたまにニュースで見ることがある。競技大会で打ちどころが悪くて亡くなってしまう事故。


「それで気に病んで引退してしまう選手もいる事じゃろう。そんな人は、何を励まされても聞く耳を持たんじゃろう」


 一旦話を区切ると


「実はのぉ、事情は悠人君から聞いておった」


 まさか聞いていたとは知らず、目を見張り硬直してしまった。


「……では、何故改めて話を聞いたんですか?」


「悠人君が思っている感情と疾風君が思っている感情と両方知っておきたかったのじゃ」


「何故です?」


「疾風君が勝てない今の状況を一番気に病んでいるのは誰じゃと思う?」


「一番気に病んでるのは……自分かと……」


「ふむ。そう思っておったか。一番気に病んでいるのは悠人君じゃ」


 腕を組んで真剣な表情になる十蔵さん。


「よーく考えるんじゃ。将来有望であった、疾風君が急に勝てなくなった。原因は自分が集中力を切らせたことによる怪我。周りからさぞ色々言われたのではないかのぉ」


「そんなこと、あいつは一言も……」


「言えないじゃろう。余計にお主が気に病むのを分かっておるのじゃから……じゃから、疾風君が空手でまた勝てるように、悠人君のおった怪我のことはもう忘れるように。疾風君を励まし続けているのかもしれぬのぉ」


 俺はなんて愚かなんだ。

 目からまた感情が溢れてきた。

 俺は決意を新たに十蔵さんへ呟く。


「俺は強くなりたい。どうしたら強くなれますか?」


「ふむ。まずは、自分を許すこと。それからじゃのぉ」


 

 疾風の話を聞き、強くなるように指針を示す十蔵。疾風は自分を許し強くなることができるのか。

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