第3話 おばちゃんとお菓子騒動

 うちの支店には週に数名、仕事関連でお客様がいらっしゃるが、月に数回、支店長のリタイア組のお友達、いわゆるおじいさん達が集まる事があります。


 大体が70歳後半から80歳前半。


 大概夕方頃にいらして(一番会社ではラストスパートで忙しい時間帯)会議室を占拠し、我儘にお茶だのコーヒーだの紅茶だの、ぬるいのぬるくないの散々文句を言いながら飲み物を要求し、他社メーカーと銀行と公務員の大悪口大会と過去の皆様の偉業の思い出話に花を咲かせます。


 その後は皆様で近所の有名高級居酒屋に移動されるのです。

 もちろん、会食代は会社経費だそうです。

 

 毎回その処理に会計担当の方が苦慮されているのがお気の毒です。何故なら、その為に本来必要な接待費が削られ、営業の方達が使えないからです。


 まあそういうお客様もいらっしゃいますが、ビジネスでのお客様も日本全国からいらっしゃいます。


 そこで密かな楽しみなのが手土産のお菓子等です。日本各地の知らない地元老舗お菓子から、海外の珍しいお菓子まで色々いただくので楽しみです。

 

 夫も仕事上交友関係が広く、色々な頂き物を貰いましたが、意外と知らない各地のお菓子などがあり、人生一生勉強だなあと思い楽しいです。


 営業の方達は「皆様でどうぞ」と渡されたお菓子を、おばちゃんの所に何故か持ってきます。


 何故か?

 それは支店長指定の謎ルールの影響なのです。


 頂き物の高価な物や有名菓子等は、支店長室に必ず持ってくること。

 たとえ「皆様でどうぞ」と言われても、高級そうなものは支店長に差し出す。

 つまりは独り占めですね。


 その「高価な」基準が分からず、時々失敗して逆鱗に触れ、延々叱られるという事が何度かあったそうです。


 以来、皆さんは頂き物をしても判断が分からず、とりあえず支店長室に運ぶ。だけど支店長の気に入らない物は放置され、最後には「捨てろ」と投げつけられる。


 なので、私が来るまで「頂き物のお菓子」等は苦痛の象徴だったそうです。

 折角のお菓子が…勿体ない…。甘い物好きの私としては悲しくなります。


 で、何故私のところに持ってくるようになったのかというと、私がしょっぱなに大失敗をしたからです。


 それは取引先の方がご実家の農園のシャインマスカットの詰め合わせを送ってくださった時。

 

 受け取りは大概新入社員である私でしたので、受け取ります。


 中の手紙には「事務所のみなさんでご賞味ください」と書かれてあり、宛先も個人宛ではなく、支社宛です。


 どうするのかお聞きしましたら、△さんが中身をみて全員に配れそうなら配ってくださいと、少し私を伺うように遠慮がちに言うのを怪訝に思いながら、ぶどうなので切り分ければなんとかなるので、お茶の時間を見計らい、洗った物を大体均等に分けて紙皿に盛り、みなさんにお配りしました。


 一瞬。

 皆さんの間に緊張が走ったのも怪訝に思いました。が、直ぐにみなさん「美味しそう」と、嬉しそうに頂き始めたので安堵しました。

 

 ところが、その日は出社予定のなかった支店長がいきなり出社し、シャインマスカットを見て激高しだしたのです。

 先に食べたのを怒っているのかと思い、慌てて冷蔵庫に不在の方達用の物の一つをお持ちしたのですが、凄まじい勢いで罵倒されました。


 食べ物の恨みは怖いとはいいますが、こんなに凄まじい物だとは人生で初めて知りました。

 まるで泥棒かのように散々なじられ罵倒され、仕事もできないまま1時間程怒鳴られました。

 

 最初は何故怒鳴られるのか分からず畏怖しましたが、段々とその理由と彼の見解を聞いているとバカバカしくなってきました。

 要は、小さな子供が食べたい物を独り占めしている心理と同じで…まるで3歳くらいの息子が駄々をこねているようで…。


 仕事を邪魔されてまで怒鳴られることではないので、心底呆れてしまいました。

 その日は日々の理不尽な扱いに辟易度が積もり積もってキャパをオーバーしてしまったのだと思います。


 私は時計を見あげ嘆息しました。


「申し訳ございません支店長。4時までに本社に送らないといけない資料を作成しませんと間に合いません。本日は大変失礼を致しました。ブドウは既に切り分けみなさんといただいてしまいましたので支店長にお渡しすることができません。

 恐縮ではございますが、至急同じ農園に連絡を取りまして、同じ品物を送っていただきます。もちろん、わたくしが代金を支払わせていただきますので。

 送り先は問題が起きないように、支店長のご自宅にさせていただきますのでご容赦くださいませ」


 一気にいい、一礼して部屋を出る私に、背後から何か支店長が怒鳴っていますが、ぶどうより仕事が優先です。


 席に着くとみんなが驚いた顔で私を見ています。


「?如何しましたか?」

「いえ…今まであの怒鳴り声で部屋から出てこられた方は初めてなので」


「ああ…あれくらいの罵倒など良くある話ですので」

(物を投げつけられない分、まだ支店長には理性があるのかもしれませんね)


「え?」

 おっといけない、余計な詮索をまたさせてしまいますね。私は苦笑しました。

 

 それにしてもシャインマスカット代を負担するのはかなり痛いです。1万…くらいならいいけど…あの量ですからね。

 3万とかしたらどうしようと、心の中では泣きたい気分で、急いでブドウの箱の中に入っていた連絡先に電話をしました。

 先方の農園の方は快く同じものを送ってくださると言い安堵しました。料金は、グラム数で変わるので、後で調べてメールで送ってくださると仰ってくださいました。


 金額が怖いです。

 でも仕方ないです。私のミスなのですから。


「〇さん…ごめんなさい。私のミスです。支店長もいないから…シャインマスカットなら食べたいし…それによそのこういう時のルールを知りたくて…。すみません」

 皆さんがそばに来て、代金は折半しましょうとい言ってくださり、そしてその時、支店長ルールをお聞きしたのでした。


 私は嘆息しました。


「いいですよ。元々私は支店長に嫌われていますし、今回の事がなかろうがどのみち怒鳴られていました。そうですね…今後は私がお菓子の分配をいたしましょう。怒鳴られるのは慣れている私一人で十分です。

 美味しい物はみんなで美味しく楽しくいただきたいですからね。任せてください」

 

 そう言うと、まるで子供の様に皆さんの顔が明るくなり、私はおかしくなって笑いました。みなさんもおかしそうに、支店長に聞こえないようにくすくす笑いあいました。


 この一件以来、頂き物は私の所に来て、私が公平に菓子を分配しております。我が家でも夫に隠れて、頂き物を見つからないように子供達に平等に分けてあげていたのを思い出します。

 あんな悲しい思いはしたくはありません。


 このシャインマスカット事件は実は意外な事で解決しました。


 実はあの農園と社長はお友達同士なんだそうです。世間は狭いですね。


 農園の方が息子さんの依頼で、本社と各支店宛にブドウを送ってほしいとお願いされ送ったが、うちの支店だけから、同じ品物をまた送ってほしいと依頼が来た。

 

 が、宛先が個人の住宅。

 何かおかしいと思い社長に話したそうです。


 なので、そのぶどうは何故かうちの事務所にまた届き、全員が真っ青になったのですが、同時に社長から支店長に電話があり、「頂き物はみんなで食べるように」と言ってくださったのです。


 代金は社長が支払ってくださりました。


 後日、父経由で社長から何があったのか聞かれたので、流石に今回のような件は他の社員の方達がお気の毒なので説明させていただきました。


 その翌日、本支店全店に、様々な社内ルールの告知がされ、その中に「頂き物」に対応が明確に常識的範囲で告知され、私達はやっと謎のルールと支店長の威圧から解放されたのでした。


 以来、頂き物はみなさんで確認して、みなさんで分けて美味しくいただけるようになりました。



 



 


 

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