第18話 代官山ロリータ

 ここは、東京・代官山。

ゴシックロリータ・ファッション専門デザイナーズショップ。


 昼も夜も街には人が適度にまばらで来店者は結局、常連が中心で

プロフェッショナルなアーティストの衣装も依頼が多く

時折、地方から、わざわざ訪ねてくる客もいて

店主、恩田おんだサトコは、やりがいがあった。

 

 暇な平日に13歳か・・・いや15歳か、そんな感じの少女が、ふらりと訪れた。


少女は入ってくるなり

「これ・・・」と言ってウィンドウに飾られた服を指差した。


 赤と黒でデザインされたがあって、それは女店主と常連客の美大生・深津道子ふかつみちことでアイディアを出し合い作成された服だった。


シルク素材主体で手間のかかる縫込みとアクセントに貴金属や控えめなフリルが付けられた1点物で値段は50万円だった。


 最初から看板替わりの服で売れるとは思っていなかった。

『ミチコに連絡しなきゃ・・・・』


女店主は彼女が10代と思われたので

「高額な服ですが、お支払いは大丈夫ですか?」と聞くと

少女は

「はい」と答えた。

目だけをギョロリと動かして右手にしっかりと札束を握っている。


ちょっと慌てながらも店主は、いつもの通り

「手袋、ストッキングと靴もあると完璧ですよ」と接客して、それはまとめて5万円だったが、みな現金で支払われた。

 

 その娘の服装は、土のような汚れのついたボロボロの白いワンピース姿で、髪も長く伸びている顔も手足も汚れていた。

 

 顔は日本人ぽいが、髪は金髪だった、染めている風にも感じなかった。

 

「あの、お客様、服が汚れていますが、どうかしたのですか?」

と聞いてみた。


少女は

「今、起きたところで、お腹がすいていた、綺麗な服があるから・・・」と言う。


 言葉に違和感が有る、変だ。


 女店主は、所持している現金や汚れた服装、何を考えているか感情の起伏が見えない少女を、おかしいとは思ったが

東京育ちで野暮な質問は嫌いな性分なので、もう何も聞かないことにした。

 

「それでは、服のサイズを、すぐに合わせ直しますので、お時間頂きたいのです」

急遽、店の看板を準備中にして、カギをかけた。


 少女は「うん」と頷いたまま、立っている。


一階には、もちろん、二階にもミシンが置いてある。


 正直、思いがけず大きな売上になったので、お腹がすいているならと店舗兼住居の二階に少女を招き入れ、

急いで支度をして、ご飯・味噌汁・ウィンナーと目玉焼き・冷凍食品グラタンなどを食べさせた。


 何も話をせず、ただ黙々と食べ物を口に入れている。


「おいしい?」


「・・・・・・・」

モグモグと食べて、まだ幼さのある容姿がカワイイと思わせた。


 彼女は喉が渇いていたのか、なんと結局2リットルの水は飲み干してしまった。


やがて彼女はトイレに入ると長い間、出てこない。


「大丈夫?」


「だいじょうぶ・・・」


女店主は、さりげなく当たり前のように少女をお風呂に入れるとミシンで服のサイズを手直しして

売り物の新しい下着を無料で提供しロリータ服を着せ、

綺麗な金髪も髪飾りを付け可愛いツインテールに仕上げた。


 髪を整えているとき、店主は彼女の眉間みけんのあたりに縦に伸びる傷を見つけた、そして、それを見えないように前髪で隠した。

 そして

「朝晩は、もう寒いから・・・」

 地味なベージュのコートを着せた。ゴスロリ服では目立ちすぎる。


「たくさん世話になった、ありがとうございます」無表情な少女は言い


「あなた、いつ京都に帰りますか、なぜ東京にいる?」


「え?」


確かに、恩田サトコは、京都出身だった、次いで

「北海道の函館には、どうやって行くのが良いか」と聞いてきた。新幹線を選んだ。


店主は、すぐにネットで調べ、それを紙に書いて少女に渡しタクシーを呼んだ。


おそらく300万はあろうかという現金を裸で持ち歩くのは危ないと、私物のショルダーバックに現金をいれ少女に持たせた。


「ひとりで行けますか?」と聞くと


「あなたに神の加護を・・・いつか、また来る」と言い残し

少女は、タクシーに乗って行ってしまった。


 女店主は、少女を見送りながら白昼夢を見ている様な気持ちになり

『あんな妹か娘でも、いたら良いのにな・・・』と思った。


それにしても、なぜ元は京都人だとわかったのだろう・・・


 そして、彼女が残したボロボロの衣服を眺めているうちに、何かやり残したことや

不自然な彼女を只、帰してしまってなんとなく後悔していた。


『もっと何か話した方が良かったな・・・失敗したかな?・・・』


一体、彼女に何が、あったのか心配になってきた。

いや嘘だ。


平凡な日常に異常なことが、この身に起こって、

この歳になってイタズラ心か冒険心か?

それはオーバーでも少しだけ、チョットだけ

彼女を追ってみたくなった。


『そうだ!この50万持って、ついて行ったっていいよね、ようし今なら駅に間に合う・・・』


恩田サトコは、ちょっとした探偵気分で、少女に無断で後をつけることにした。


『店番、ミチコに頼まなきゃ、えぇっと・・・』


話がこじれる。

「なんでぇ?なんで私だけ留守番?あの服の売上は半分は私のものよ」


「わかった、お金レジに入れておくから半分、だからね!留守番お願い」


「いやぁーよ、わたしも旅行、行きたぁーい、連れてって、ねっ!ねっ!」


「うーん・・・じゃ一緒に行く?今ドコ?すぐ行くよ、今すぐ」


「いますぐ?・・・よーし、お金あるし、いいわよ、大学に迎えに来て」


「じゃ10分後、校門の向かいで車で待ってるから」


「はいはいー」


『なんだか変な具合だけど、ま、いいか・・・』


変な具合というのは、サトコの予感だった。


そう、サトコとミチコは、とんでもない事件に巻き込まれる。


サトコ32歳、ミチコ22歳の季節は初冬の出来事だった。

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