第9話 北条家に嫁が来る
数十年前、1946年3月午後
仙人を名乗る老人男性が訪ねてきた。
汚い身なりの老人は、やせ細っては居るものの、ギラギラとした目には他者に、物言わせぬ迫力があった。
「北条一殿は御在宅か、至急、面会したい、私は日本の仙人代表の者じゃ・・・」
北条一は社員の報告を聞き、今時、仙人を語るとは宗教の勧誘か詐欺師かと考えたが、何かピンと来るものが有り仕事を中断して、
その仙人様と面談することになった。
この時代の日本では差別用語としてホームレスを仙人と呼んで
北条は仙人様を応接室に案内して椅子を勧めたが
「このままで良い」と立ったまま話しだした。
「お初です、突然の無礼、お許しくだされ、
わたくし名前は厳道と申します。
少し私の話に耳を貸してくだされ。
いきなりですが先月の事、私の夢枕に異形の者、三人が現れ
私の娘と結婚させろと言うのであります。
それで、お恥ずかしい話、実は私、元・破戒僧なのでございます」
「ハイ、それで?・・・」
「私は、厳しい修行をなしとげ、それなり僧の地位と名誉があったのですが、下山した時、出会った女人に、心奪われてしまい、子を授かりました、その女人は巫女として神仏に使えておりましたが、
私が愚かなばかりに、私と、その女人と子供、三人共、
それぞれ破門となり、現在に至ります」
北条一は物分りが良いほうだが、突然の身内話。
「はぁ・・・」
「それで、要件は、とにかく私の娘と会っていただき、よければ嫁に
「はぁーあぁーあ?」
この時、北条一は、開いた口が塞がらなかった。
『さてはナムサン、何かやりやがったな』と思った。
その時、北条館の執事がやってきてドアをノックした。
「旦那様、今、外に、おそらく、こちらの方の連れと思われる
若者が二人、門前で座禅を組んで座っております、いかがいたしましょう」
「あぁ、それは私の従者の二人でございます。気にせんでいただければ良いです」
「お連れの方が、いらっしゃいましたか、おい、その二人にも入ってもらいなさい」北条は召使に指示を出した。
「かしこまりました」
執事は下男に指示を出し、その場に残った。
北条が言う
「さて仙人代表様、お見受けしましたところ、風呂や食事など、いかがでしょうか、大した歓迎も用意がなく恐縮ですが、いかがでしょうか?
おい、三人分の洗面道具、それと私の服一式を三人の着替えに用意して、風呂と食事だ。
仙人さまか・・・
食事は梅と山菜わさびの具で味噌醤油の海苔を巻いて、おにぎりを50個、大根とわかめと油揚げの味噌汁、そうだ餅、餅を買ってきてくれ、大福もだ。今日の仕事は打ち切りだ。みんな集めろ。
あと豆腐に納豆、離れのふたりに至急、買い物に行かせてくれ、おい、精進料理だ、魚、肉はいらないからな、ええーい、あとカツオ・煮干だしはいかん、
「心得ました、では離れの者たちと、至急、風呂と食事を御用意いたします」
「それと、お前たちも食べたいものを
今夜は宴会だ、そうだ、みんなの家族も年寄りから子供まで呼ぶんだ、
この日のために100畳の大広間があったんだ、いいな、わかったな」
「ガッテン承知いたしました、旦那様、みんなも喜びます」
召使は、下働きのものたちにも声をかけ、全員集合をかけた。
北条が言う
「さて、仙人様、何か、ご希望は、ありませんか」
「いいや、それよりも異形の者三人の言葉が頭に、ぐるぐると回っておりまして、落ち着かないので、はて、どうしたものか・・・・・
それに、いきなり結婚の前祝いなどと、気が早すぎではないか」
「異形の者三人は、おそらく私の守護神ナムサンの三人です。あとで彼らには事情を伺います。しかし、身なりといい、随分と、ご苦労されて、ここまでいらしたのではありませんか・・・・」
仙人は、目が回って、体がゆらゆらと揺れだした。
「なんと!あれらは本当に神の使いなのですか・・・」
「はい、彼らは神の使いです。それが、先日、彼らと酒を飲んでいた時に、うっかり嫁さんが欲しいと漏らしてしまったのは本当です」
「なんと・・・・・なんと・・・」
汚い、じいさんは
そこへ、北条の下男が仙人の弟子の若者を連れて部屋に入ってきた。
弟子と思われる二人も年齢がわからないほどボロボロだった。
二人を入室させると執事は
「今夜は宴会だぞ・・・・」と囁き
下男と執事は静かに部屋から出ていった。
北条が言う
「きっと女性に縁が無い上に、天涯孤独の私、あの三人が気を利かして動いてくれたに違いありません」
「わかりもうした。この際、なんとしても私の娘を嫁にしてくだされ、そして、また、あの三人と会わせてくだされ」
その時、テレパシーで
「いい娘さんだぞ、北条さん」
「ありゃぁ美人だ」
「本当かナムサン」
「ありゃぁ性格もいいな」
「はい、あの三人が決めた縁談ならば、私も願ってもないこと、まして家族のいない私に仙人の父上ができるのであれば、返って、こちらから、お願いしたいところです」
「おぉ、仙人の父上とな・・・」
それを、後から入ってきた仙人の弟子二人も黙って聞いていたが
我慢できずにダダダッっと走り寄った。
「お師匠さまあー、よかったですねぇー、本当にぃ・・・・」
「うわーあーーーっ、うーうーうわーあん、あ、あ、あ」
よかった、よかったと弟子の二人は仙人じいさんに、すがりつき
おいおいと大声で涙を流して祝福した。
「なんと、なんと・・・・やはり夢では、なかった・・・・」
現代の仙人・厳道は何十年ぶりに自分自身を疑い、弟子を巻き込み、
めちゃくちゃな旅の果てに
自分が狂人では無いことを証明して
その目に、じわじわと涙が湧いてくるのを実感していた。
この光景を見せられていた北条一と
いつ間にかアガルタテクノロシーを使用して透明な状態で同室していた
ナムサンたちは
「学芸会の芝居でもあるまいに、なかなか寒気のする純粋な人たちだな」と苦笑していた。
「でも、良さそうな連中じゃないか・・・」と
いよいよ天涯孤独の元・大日本帝国軍人・中佐、北条一に大家族が出来そうな予感がした。
目の前には、汚い身なりの三人がグチャグチャになって泣いている。
北条はナムサンとテレパシーで話し合い、四人共、笑いをこらえるのに必死だった・・・
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