後日談 忍の場合
忍が保育園に入って小学校に上がるまでの様子は、基本的には落ち着いたものだった。
理由は二つある。
一つは、両親に長男の経験があるから、ある大抵の事柄は予測の範囲であり、落ち着いていることができた。やはり何もかもが初めての一人目とは大きく違う実感がこちらにはあった。
もう一つは、忍自体の性格だ。基本的に保育士さんたちの言うことを聞いてくれるのだ。だから保育園の生活で心配なことは一切なかった。
ただ、それは
一つ、忍の方が虎徹よりも大変なことがあったのだ。
普段、忍は虎徹よりも親の言うことを聞いてくれる。いわゆる『いい子』でいるのだが、何かスイッチが入ると『嫌だ嫌だ』が始まるのだ。
そこに理屈はなく、ただの反発であったと思う。
ただ、感情で反発しているから、どう説明しても、どう声かけても納得してくれることはなかった。
ご飯を食べる、歯を磨く、風呂に入る、寝るなどの生活に必要なことに関してこの『嫌だ嫌だ』が始まると、虎徹以上に手が付けられなかった。
それについては夫婦で悩みはしたが、二人でこう考えることにした。
普段我慢しているからこそ、時折爆発するのだ。
忍は、生まれた時から弟だ。兄がいる。
世界が、完全に自分だけの自由になったことは少ない。
だからこそ、親も、普段言うことを聞いてくれる忍に甘えず、ときに忍を優先する時間を、意識して作ってあげようじゃないか、と。
そうして、ときに感情の爆発はあれど、その度に親が反省しながら、立派に小学生になった。
小学校での生活は、保育園と同じく何も心配していなかった。先生との関係も良好。友人との関係も良好。楽しそうに帰ってくる。
しかし、忍の問題となるのは、家での生活だ。そして、小学生になっての一番の難関は、宿題なであった。
最初のうちは宿題そのものの珍しさと、自分は出来るんだというアピールのために意気込んでやっていたが、三日目くらいからもう嫌そうな顔を見せ始めた。
今日も、夕ご飯が終わり、虎徹も忍も宿題の時間となった。
虎徹は一言声を掛ければ、宿題を始めている。
忍の方はというと、今日はやる気が出ず、居間でゴロゴロとしていた。
「宿題やりなよ~」
努めて優しく声を掛ける。
ついつい大きな声で急かしてしまうこともあるが、それが何の意味もなさないことは、当の昔に分かっている。
しかし、言うことを聞かないときは聞かない。
どうしようか試行錯誤して辿り着いた結論は、こうだ。
「ほい、パパのお膝においで」
そう言って、いつも忍が宿題をやる居間の座卓の横であぐらをかき、彼を手招きした。
「……わーい」
何となくこちらの様子を伺い、少しわざとらしい言い方で喜びを表現しながら、こちらの膝に入ってい来る。
「今日は何の宿題かなあ」
「えっとねぇ……」
甘えた声でいろいろ説明を始める。
そして、ようやく宿題が始まる。
しゃべりながら宿題をしていて、やっている様子も楽しそうになってくる。そうすれば宿題自体はスムーズではあるが、ちょっとうるさい。たまに「静かにやろうか」と思わず言ってしまうほどだ。
しかし、忍をその気にさせるには一番近道だった。
まず気持ちを満たしてあげること。それが出来れば、少し嫌な宿題もできる。親に構ってもらえるならば、楽しくできる。
食後の洗い物やらなんやらは、後に回せばいい。
何なら、明日に回しても構わない。
今は仕事をしていないのだから、家事をする時間はたっぷりとある。
時間的な余裕を作ることが出来たからこそ、子育てにも余裕が持てる。
今は、この時間こそが、大切なのだと、実感する瞬間であった。
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