エピローグ

 石川県で働いている頃、僕は趣味でライトノベルを書き続けていた。


 ライトノベルを書く上で、自分はいったい何を人に伝えたいのか、何を描きたいのか、そんなことを自問自答しながらパソコンに向かっていた。


 そんなある日、大学を卒業してから一足先に地元に戻っていた友人――僕にライトノベルを薦めてくれた友人が、久しぶりに訪ねてきた。

 その日、奴は僕の家に宿泊したわけだが、夜遅くまで、あれやこれやと他愛のない話をしていた。


「なあ、リドルストーリーって、知ってるか?」


「リドルって、謎かけってことか?」


 聞き返す僕に、奴は説明してくれた。


 物語中の謎に対して、明確な答えのないまま終わる物語らしいが、有名なものに『女か虎か?』という話があるという。



 ある国の身分の低い若者と王女が恋をした。

 それを知り、怒った国王は、その国独自の処刑方法で、若者を罰することにした。

 その方法とは、二つの扉の一つを選ばせること。

 片方の扉の向こうには餓えた虎。

 もう片方の扉の向こうには美女。

 もちろん若者はどちらの扉に虎がいるのか美女がいるのかは分からないまま、片方を選び、虎を選べば喰われ、美女を選べば罪を許され、その美女と結婚できる。

 処刑の時、若者が二つの扉を目の前にしたとき、そこに王女が現れた。

 王女はどちらの扉の先に虎がいるのか、あるいは美女がいるのかを知っていた。

 その彼女が指し示した扉はどちらだったのか……



 そんな話らしい。


 その話の続きを、たくさんの人が考え、物語を作っているらしい。


「王女と若者がその場を切り抜けて、逃避行が始まるなんて話を作っている人もいたよ。お前ならどうする?」


「うーん」


 少し考えたが、僕の頭の中にはすぐに一つの筋書きが浮かんだ。


「王女が指し示した扉。若者にはその扉の先に待つのが虎なのか、美女なのかはもちろん分からない。でも、若者は王女に顔を向けると、笑顔を見せ、何の躊躇もなく、王女の指し示した扉をくぐっていった。

 若者にとって、その扉の先に虎がいようが、美女がいようが、どちらでもよかった。

 どちらであったとしても、それは王女が自分を愛しているがゆえにした選択であると、信じきることができたから。

 虎であれば、他の女に取られるくらいなら死んでくれた方が良いという愛。

 美女であれば、自分と一緒にならなくても、生きていてくれさえすればいいという愛。

 それだけ、王女と若者は本気で愛し合っていた。

 こんな話でどうよ?」


 その内容に対し、奴は「ふーん」というだけで何も言わなかった。

 僕の考えた物語が奴にとって面白かったのかどうかは分からない。


 しかし、その時に気が付いた。


 僕がライトノベルを通じて伝えたいことは、物語において主人公たちがする行動や決断が、どんな考えや決意を持って行われているか、ということだ。


 ファンタジーの世界観であれば、現実ではありえないような状況に主人公たちは追い込まれるが、そこでの決断に至る心理は、現実世界での困難を乗り越えるときの参考になる。


 読んでいて胸躍るのはもちろん、魅力的なキャラクターたちが活躍するのは当然、それに加えて、読んでいてためになる、僕の好きなライトノベルは、そういう小説だ。僕も、そういうライトノベルを書きたい。


 だから、今一度、僕は小説を書こうと思う。


 僕は理系人間で、文学というものが何なのか、よく分かってはいない。


 でも、主夫になるに至ったその過程を、その思考を、心理を、決断を、思うままに書いてみたい。ファンタジー小説ではないのが残念ではあるが、堅苦しい概念はさておき、自分の書きたいこと、伝えたいことを、書き連ねてみようと思う。


 家事の合間や、子どもたちが寝静まった後に、少しずつ時間を積み重ねて書いてみよう。

 タイトルは、そのまんまかもしれないけど、とりあえず、これで。


――理系の夫、主夫になる。――


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