第6章 日々は続くよどこまでも ③
冬になり、そして新年を迎えた頃。
忍はトテトテと歩き回るようになった。授乳しなくとも夜寝るようになり、それで夜泣きもほぼ無くなった。
虎徹はひらがなもカタカナも読めるようになったし、嫌なことがあっても、少し自分の心を自分で落ち着かせられるようになってきた。
そんなある平日。
時間は二一時。
忍はすでに奥さんと、今は寝室として使っている和室で布団に入っていた。
虎徹もすでに僕と一緒に入浴を終え、あとは歯を磨けばいつでも寝られる状態だ。
最近、少し寝るのが遅くなりがちだったから、早く寝かせたいところではある。
しかし、虎徹としては遊びたい。
確かに、せっかく忍が寝ていて、ゆっくり遊べる状況なのだから、すぐ寝なさいというのもかわいそうだ。そう考えて、二一時一五分になったら歯を磨くことを約束に、それまでは好きなことをやってもいいと、虎徹に伝えた。
虎徹は、据え置きゲーム機で見ている、何年か前にやっていた特撮ヒーロー番組を見たいといった。
む、僕は少し困った。
それを見始めると、終わるのは二一時三〇分くらいになってしまう。それではもう寝る時間だ。
でも、何でも駄目だというのもかわいそうだ。終わり次第歯を磨いて、さっさと布団に入ればいいだろう。
「一つだけ見て、終わったらすぐに歯を磨くならいいよ」
「うん、分かった!」
虎徹は嬉しそうに返事をした。
僕はゲーム機を起動し、その番組を流し始めた。
しかし、本当に困ったことはその後にやってきた。
次回の予告が始まったため、僕はゲーム機の電源を切る準備のために、コントローラーを手に取った。その時――
「切らないで! もう一つ見たい!」
虎徹がそう叫んだ。
またいつものが始まったと、僕はガックリと肩を落とした。
「駄目だよ。約束は守らなきゃ」
「やだやだやだ!」
そう言って虎徹はソファーの上で暴れ回っている。
僕は一つ、大きなため息をついた。
以前の僕なら、『約束守れないんだったらもう見せないよ!』と大きな声を出してしまうところだが、それをぐっと堪えた。そう言ったところで、彼は『やだ』を繰り返すだけだから。
大きなため息一つで、僕が怒っていることは十分に伝わっているはずだ。
「そうか。でも切るよ」
僕は、ただ淡々とゲーム機の電源を落とした。
「えー! もう一つ見たかったのにーー!」
そう言って、虎徹は泣きながらソファーの上で転がり回っているが、僕はそれも無視して、洗面所に移動し、自分の歯を磨き始めた。
しばらくすると――
「むかつくなー、むかつくなー」
そう繰り返しながら、虎徹は何故か四つん這いで洗面所までやってきた。
『そんな言葉を使うな!』と叱りたくなる気持ちもぐっと抑え、僕は自分の歯を磨いていた。
虎徹は僕の足元まで来ると、今度は泣きべそ顔になって、
「もう一つ見たかったのにー」
と言っている。
僕は虎徹の顔も見ずに、その頭に手を当てた。
しばらく、虎徹の泣いているんだかいないんだかよく分からないグズグズ声だけが洗面所に響く。
僕は自分の歯を磨き終わると、虎徹の歯ブラシを準備して、それを手渡した。
虎徹は受け取りながら、真ん丸な目でこちらを見返してきた。
『怒ってない?』と、こちらを窺っているのが伝わってくる視線だ。
僕は何も言わず、笑顔を見せ、抱きしめた。
「歯、磨こうか」
「うん」
虎徹は甘えたように頷いた。
虎徹も分かっているのだ。自分が何をしなければいけないのか。
でもこの時間はいつも眠い時間だ。そうなると感情のコントロールが利かなくなってしまう。
その状態では、怒ったって無駄。言われれば言われるほど、『やだやだ』が増え、どうしようもなくなって当り散らしてしまう。
だから放っておく。
すると、最近は、時間は少し掛かるが、自分で気持ちを納得させることが出来る。
「自分でやるか、それか、パパがやってやろうか?」
「パパやって」
「わかった」
こうして、今夜の一悶着は終わった。
今日は、我ながら上手く対処することができた。これまでの子育ての集大成と言っても過言ではないかもしれない。
でも、毎回このようにうまく行くとは限らない。
どうしてもイライラして、僕が怒ってしまうこともある。
どうしても感情を押さえられず、虎徹が駄々をこね続けてしまうこともある。
今日はうまく行ったとしても、明日はうまく行かないかもしれない。
そういう時は、奥さんに助けを求めるのが吉だ。
僕は子どもが好きな方だと思う。
しかし、子育てが好きだとは、とても言えない。別に嫌いではないのだが、そんな簡単なものではない。
子どもが好きだから、子育てがうまく行くわけではない。
試行錯誤をくり返し、何とか切り抜けている。
それはこれからも続くのだろう。
なぜなら、子どもは成長し、変わり続けていくのだから。
日々は過ぎていく。
奥さんは四月から職場復帰だ。
その日が、だんだんと近づいてくる。
そんなある日。
子どもが寝静まった後、奥さんと二人だけのときに不意に奥さんが切り出した。
「そういえばさ、前に、あっくんが言っていたことだけど……あっくんが主夫になるっていうのも、ありかもね」
突然だったため、一瞬言葉に詰まってしまったが、僕は頷いた。
「うん、ありだよね」
どうして?
そう聞き返そうかとも思ったが、やめておいた。
僕の考えはすでに伝えてある。
その上で、奥さんもいろいろ考えたのだろう。
ママをしたい。
そう言った気持ちも飲み込んで、今、その結論を、奥さんは僕に告げた。
なのに、聞き返すなんて野暮な気がしたのだ。
ただ、一言付け足したかった。
「みなちゃんがさ、やりたいようにママをやれるように、僕がフォローするから、何でも言ってね」
「うん」
それから二人で、どんなことを子どもたちにしてやりたいか、どんな家族でいたいかを話し合った。それは、結婚前に話していた事、思い描いていたものとは違うけど、二人とも納得のいく青写真だった。
次の日は、二人して少し寝坊してしまった。
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