第5章 目覚めの時 ①

『ある兵士の回想録を読んで』


 兵士の支給に煙草があることが印象的でした。僕も結婚前は煙草を吸っていましたが、兵士の吸っている煙草の味は、僕の感じていたものとは、きっと違ったのだろうと思います。私的制裁は当たり前、死が隣り合わせであり、確実な未来が約束されたわけではない毎日の中で、嗜好品である煙草のもたらしてくれる幸福感は、かけがえのないものだったのでしょう。


 僕の知っている戦争は、歴史の教科書の一文でしかありません。ドラマや映画のように娯楽化された作品でしかありません。僕が戦争は恐ろしいもので、絶対にしてはいけないものだと言っても、人類の歴史の影、現実の影を見ずに妄言を言っているのに等しいのかもしれません。


 戦争は確実にあった。過酷な現実がそこにあった。それは今とかけ離れた時代の話ではなく、ましてや異世界の話ではない。鈴木さんの存在が、それらが間違いなく現実の世界の話であり、また今の自分たちと地続きで繋がっていることを、僕に知らしめてくれました。


 多くの命が犠牲になりました。生き残った人とそうでない人との差は紙一重であり、ただの運であったのでしょう。そして、生き残った人たちが、今の日本を築いてくださった。あんな過酷な世界から生きて帰ってきた人たちです。その力、そのエネルギー、そのバイタリティーは途方もないものだったのだろうと思うのです。僕が、三十六年生きただけの若造であることを実感しました。そして、甘い世界の中でしか生きていないのだと。改めて、いま自分がここにあることを感謝したいと思いました。


 鈴木さんに、どうしても聞きたいことがあります。


 鈴木さんが日本に帰る船上で抱いていた気持ち、ソ連の人たちを皆殺しにしてやるとまで思ったその気持ちは、いまどのようになっているのでしょうか?


 戦争の体験や記憶は、いま鈴木さんの心の中でどのようなものになっているのでしょうか?


 お話しするだけではうまく伝わらないかもしれないと思い、お手紙にしてみました。


 戦争、抑留の過酷な中でも、相撲大会や野球大会、将棋や花札が行われていることを不思議に感じました。ほっと、暖かいものすら感じました。しかし、現実は筆舌しがたく、本を読んで伝わってくる何倍もの苦しみがあったことだろうと思います。


 この本を読ませていただけたことは、非常に貴重な経験となりました。本当にありがとうございました。



 僕はこの感想文を印刷し、適当な封筒に入れると、翌日職場に持って行った。



 火曜日はちょうど鈴木さんが通所リハビリを利用する日だった。


 鈴木さんは二度の骨折を繰り返していた。

 一度目は尻餅をついて腰椎の圧迫骨折。

 その入院後から、通所リハビリの利用を始めていた。


 その一年後くらいに庭の手入れをしていた時に転んで、右大腿骨頸部骨折となった。

 二度目の入院後、再び通所リハビリを利用し、今に至っている。


 歩行がまだ若干不安定で、歩行補助車を押しながら歩いていること以外は、見た目には普通のおじいさんである。九十六歳にしては若く見える。


 しかし、何も持たずに安定して歩けるほど能力の向上は見られず、最近は少し疲れた様子も見られていた。


 あまり負荷の強い運動をすることができず、個別リハビリのメニューはそれほど多くは実施できていない。そんなリハビリの合間に、休憩を兼ね、普段からいろいろ昔の話を聞かせてもらっていた。


 戦前の子ども時代の事も、

 戦後の物が無かった時代の事も、

 高度成長期のがむしゃらに働いた時代の事も、

 定年を迎えてから水墨画を初めて没頭していた事も、

 懐かしそうに、楽しそうに話してくれていた。


 そしてある日、あの本を持ってきて、一つ余っているからよかったらどうかと、僕にくれたのだ。


「鈴木さん」


 僕はベッドで寝ている鈴木さんに声をかけた。

 鈴木さんは耳が遠いため聞こえなかったのか、反応がなかった。

 軽く体をゆすると目を開けた。


「……ああ、先生。行きますか」


 いつも思うのだが、この先生というのはむず痒い。

 僕は医師ではないし、人生の大先輩に先生と呼ばれて良い身分ではない気がする。しかし、他に呼びやすい呼び名がないし、『リハビリの先生』というのは伝わりやすい呼称ではある。


「はい、今日もお願いします」

 僕は笑顔で答え、個別リハビリを開始した。


 休憩の時には、二つ椅子を並べて腰かけ、今日は働いていた時の接待の話をしてくれた。


 酒の席で商談をまとめることもあり、それは今の時代ではあまりよくないことなのだろうが、昔では当たり前の事だった。お酒が飲めなければ話にならなかった。後輩の子はお酒に弱くて苦労していた。そんな話だった。


 そして個別リハビリの時間が終わるときに、僕は例の封筒を渡した。


「これ、この前頂いた本を読んだ感想文です。思わず書いてしまいました。よかったら読んでいただけませんか」


「わざわざそんな……。ありがとうございます。家に帰ってから、ゆっくり読ませて頂きます」


 鈴木さんは笑顔で丁寧にそう言うと、封筒を大事そうに鞄の中にしまった。


 その二日後、次の利用日には、今度は鈴木さんが僕に手紙をくれた。


「すいません。私はワープロを使えないもので手書きしかできませんが、これがお返事です」


「ありがとうございます!」

 僕は差し出された封筒を両手で受け取った。


「いえいえ、こちらこそ、あんな素敵な手紙を頂けて光栄です。あの本を書いた甲斐があったというものです」


「家に帰って大事に読ませていただきます!」

 とは言ったものの、僕は我慢できずに、昼休みに封筒を開けてしまっていた。





 辻先生、ありがとうございました。



 先生にはご多忙の折り、目を通して頂きまして、ありがとうございました。

 貴重なるコメントを頂き、重ねて厚く御礼申し上げます。


 現代では七十年も前の出来事として、二転三転と時代の流れは大きく変化いたしました。


 年寄りの泣き言で受け入れられるものでもありません。

 それを望むことも間違いと思われます。

 昔より『老いては子に従え』とのことわざがありますが、すでに子ではなく孫の時代になりました。子の時代、孫の時代と変化により考え方も時代の流れと共に変化しているのではないかと思われます。


 お尋ねの件についてですが、何事も過ぎ去ったことです。

 時代の流れと共に私も流されて現代になったわけです。


 戦争、抑留、訪問と九十年もたてばいろいろありましたが、私には一つの悔いもありません。普通では容易になしえないことを、私は達成できたのだと考えています。


 辻先生にはいろいろな話ができて、一方的で失礼とは思いますが、何より私としては心の洗濯ではないかと思います。今の私にはこれも一つの大きな幸せであり、ありがたく思っております。

 乱筆乱文にて申し訳ありません。

 ありがとうございました。





 時代の流れ……。


 時代に流されたからといって、それだけであの過酷な日々を、あの強い気持ちを、過ぎ去ったことと整理することができるのか。


 驚きだった。


 いや、そうせざるを得なかったのかもしれない。

 いつまでもその気持ち引きずっていては、前には進めない。

 苦しいだけだ。


 でもそれは、今が幸せだからこそ言えることなのだろうとは思う。


 貧困にあえぐような国々では、その戦争の憎しみからは簡単に逃れることはできないと思う。幸いにも日本は復興し、経済的に発展していった。


 そんな時代の流れの中でも、鈴木さんの努力があったからこそ、今の生活を手に入れることができたのだとは思う。


 しかし、戦争苦難だけの話ではない。

 復興、発展、高度成長、バブルの崩壊。

 自動車、鉄道、新幹線、飛行機。

 電話、携帯電話、ワープロ、パソコン、ICT。

 九十六年も生きていれば、その多くの事が変化していった。

 その時代の変化――『流れ』に流され続け、今に至ったのだ。


「そうか……時代というのはそういうものなのか」


 何となく、『時代』とか、『時代の流れ』を言い訳にするのを、僕は嫌っていた。

 時代がどうだというのではなく、自分が一体何がしたいのか、どう生きたいのかが重要なのだと。

 その考えが、間違いだというわけではないとは思う。


 しかし、かといって簡単に抗えるほど、時代の流れというものは弱いものではない。

 人が老いて年を取っていく事実と同じぐらいに、抗いがたいものなのだ。


 僕は、高校までほぼレールの上を走っているような感覚だった。

 大学になって一気に世界が開けた。

 特に、僕は大学で一人暮らしをしたことで、いろいろな価値観を得た。未熟な価値観を崩しては新しいそれに組み替えながら、成長することができたと思う。


 その時期に感じていたことだが、『子どもには無限の可能性がある』という言葉は何と無責任な言葉なのだろうかと、僕は思っている。なぜなら、無限の可能性があったとしても、将来選べる職業は大抵の場合は一つだ。それに、なりたいと思っても、手に入れたいと思っても届かないものは多い。いっそなれるものがある程度限られていてくれた方が楽だ。あるいはもっと具体的な提示をしてくれれば、こんなにも苦労しないのに……。そう感じていた。


 自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、それが大事だと思っていたのは、そんな無限の暗闇の中で光を見つけるにはどうしたらいいか、僕なりにもがいていた結果なのだと思う。


 僕は、格好いい男になりたいと思っていた。見た目の問題ではなく、他人に称賛されるような人間になりたいと思っていた。だから時代の流れの中を、自らの力で泳ごうと必死だった。


「だから、僕はいつも疲れてしまうんだ」


 時代の流れに流されてしまうことを良しとしなかった。

 でも、そもそもそれは、勝てる見込みのない喧嘩だった。

 人は、人生は、時代に流されるものだ。

 それは、決してあきらめではない


 もし時代に流されずに抗ったり、あるいは流れを変えることができたとしたら、それは歴史に名を残す偉人だ。

 確かそうなれれば格好いいし、人々から称賛されるであろう。


でも、そんな人間になれるのは、過去を含めた全人類の中でも限られた人たちだ。

自分がそうなろうというのは、さすがに無茶だ。

 そんなことにも気づかずに、僕は時代の流れの中、必死に自分で泳ごうとして、時折足をつっては溺れかけていた。

 

 いっそ力を抜いて流れに身を任せてみれば、違うものが見えてくるかもしれない。

 時に流れている流木を見つけ、しがみつくことができるかもしれない。

 岸から伸びる木の枝や根に手を伸ばすことができるかもしれない。


 いや、意外と流されているだけであれば、そもそも辛くないのかもしれない。

 一緒に流れている人がいれば、一緒に笑い合うことができるかもしれない。

 そんな考えに至った瞬間――



 ――世界が変わった気がした。

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