第1章 僕の日常 ①
遡ること六年と一か月前、二○一八年三月初旬のとある一日。
午前七時。
「朝だよ」
三十分以上前に起きている奥さんの声で、僕は目を覚ました。
以前はアラームをかけていたが、どうせ起きずに二度寝するだけだし、何度も音を鳴らしていると隣で寝ている子供たちを起こしてしまうかもしれないから、今は使っていない。
「……ん、んーっ」
朝は苦手だ。なかなか起きられない。
「早く起きてよー」
幼虫のようにうごめく僕を見ても奥さんは慣れたもの。それだけ言うと、ベビーベッドに寝ている六か月の次男―忍を抱きかかえて部屋を出た。忍はいつも、朝はご機嫌で、奥さんに抱かれてキャッキャキャッキャ言いながら階段を降りて行った。
「……はい、起きます」
僕も重たい体を起こし、同じベッドで寝ている四歳の長男―虎徹を抱きかかえた。虎徹は僕に似たのかすぐには起きられず、抱きかかえられてもまだ寝ている。階段を降りてテレビの前のソファーに降ろされるとようやく薄目を開けた。僕がテレビの電源をつけ、いつも見ている番組にチャンネルを合わせるのだが、それでもぼーっとした顔で番組を見ていた。
奥さんは料理を作っている。
「オムツ変えるねー」
僕は宣言して、リビングと続き間になっている和室の、小さな布団の上でだーだーと声を出している忍のオムツを変えた。最近寝返りをするようになって、オムツ替えがしにくくなった。
「うお、ウンチが出てるんだから動かないでくれ!」
言ってもしょうがないことだと分かりながらも言ってしまう。まあ、これも親子のコミュニケーションか。
「だー」
わが子は一生懸命、隣にある押入れのふすまを指でカリカリ引っ掻いていた。
「ちょびっとだけ出てたよ」
「あい」
奥さんに報告しながら洗面所にあるオムツ用バケツに、忍のオムツを入れた。
次に洗濯物を洗濯機から取り出す。いつも奥さんが先に洗濯機を回しておいてくれるから、もう終わっている。干すのは僕の役割だ。
ようやく目を開けてテレビを見ている虎徹の様子をちらちらと見ながら、リビングに隣接するサンルームで洗濯物を干した。タオルを干すときはバサバサとふって、しわをしっかり伸ばしてから干す。もちろん、服のしわも袖や裾を軽く引っ張って伸ばす。もともと適当な性格だから、洗濯物の干し方なんていい加減なものだったのだが、それは一人暮らしのときの話。結婚してからは、奥さんに言われた通りに干している。
「ご飯できたよー」
ちょうど洗濯物が干し終わる頃に、奥さんの朝ご飯が出来上がった。
「虎徹、行くぞ」
「……抱っこ」
「はいはい」
困ったものだと頭を掻きながら、弟ができてから時折甘えたがる長男を抱きかかえた。
そのまま食卓まで連れて行く。
そのあと、和室の布団から、横になったまま体をそらしてテレビを見ていた次男も、食卓に連れて行った。
「「「いただきまーす」」」
朝食が始まる。最近、忍も離乳食が始まり、みんなで食卓を囲むようになった。
ご飯を食べるのが速い僕はさっさと済ませると、食器を流しにおいて、髭剃りや寝癖直しに着替えなど、自分の準備を始める。まあ、スーツでの出勤ではないので、着替えはそれほど時間がかからない。しかし、僕が食卓に戻ってきても、長男はよそ事をしたり、席から離れたりして、なかなかご飯が進んでいなかった。
「早く食べな。ほら卵焼き」
虎徹に食べさせながら、奥さんの食べ終わった食器を流しに運ぶ。
「ごちそうさまー」
ようやく食べ終わった虎徹は、一目散に席を離れ、遊び始めようとする。すると――
「先に着替えてから! やることやならきゃ駄目だよ!」
と、奥さんの声が飛ぶ。
「あ、そういえば、今日はゴミの日だからよろしく」
「そうか、了解」
僕は速やかに食器洗いを終えると、ゴミを集め、それを車に乗せた。職場に向かう前にゴミ置き場に置いていくのだ。
そして、時計の針は午前八時。
「行ってきまーす」
僕は玄関でそう呼びかけた。すると――
「パパー、タッチ!」
長男が駆け寄って来て、手を差し出してくる。
「おう、さっさと準備するんだぞ」
「うん!」
ハイタッチのついでに頭を一撫ですると、長男は大きな声で返事をした。
「早く戻っておいでー」との奥さんの声を背中で聞きながら、僕は玄関を出た。
こうして一日が始まっていく。
奥さんと役割分担をして家事と育児をこなすのが、我が家、辻家の朝の日常だ。
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