理系の夫、主夫になる。

マサムネ

プロローグ

「準備できたかー?」


 サンルームで洗濯物を干しながら、僕は子供たちに声をかけた。


「うん、できたよ」


「できた!」


 長男の虎徹こてつと、次男のしのぶ、二人の息子たちの声が元気よく返ってきた。


「「行ってきまーす」」


 重なり合った二人の声。

 玄関を出たところで、二人仲良く手を繋ぎながら、サンルームにいる僕を見て手を振っている。


「おう、行ってらっしゃい」


 僕の声を聞いてから、二人は小学校に向かって出発する。弟の手を引く兄の姿は頼もしかった。


「私も、もう行くねー」


 洗面所から化粧を終えて出てきた奥さんは、そのまま急ぎ足で鞄を持って玄関に向かっていった。


「ああ」


 洗濯物を干し終えた僕は、その背中を追いかけた。


「行ってらっしゃい」


 玄関の扉を開けようとしている奥さんに声をかける。


「うん、行ってきます」


 奥さんは急ぎながらも、振り返ってそう答えてから、玄関を出て行った。



 二〇二四年、四月。

 つじ昭人あきと、四十二歳。

 僕は、専業主夫をしていた。


 いまから語る物語は、何の変哲もない物語だ。

 ドラマのような特別なことは起きず、映画のようなスペクタクルな出来事もない。

 取るに足らない物語だ。


 でも、いま僕が専業主夫をしているなんて、将来の進路について悩んでいた高校時代の自分には、想像できなかっただろう。


 そこに至るまでの思考や展開、行動と結果は、僕にとっては想像以上にドラマティックだった。


 自分の意思があっても、思い通りの筋書きにはならず、外力に翻弄されながら、ただそのときに伸ばした手と、掴まった枝、その瞬間の決定の連続が織りなしたくせに、一見何の変哲もない物語。


 興味のない人には、とことんどうでもいい話。


 でも、これは、人ひとりの人生観が、確かに変わった物語だ。


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