2017年7月4日
「朝早いんだな」
聞こえてきたのは下空くんの声だった。
後ろを振り返ってみるとぼんやりとだが学生が座っているように見えた。
「お、おはようございます。下空くんだよね?」
そう聞くと彼はうん、と返事をして会話を続けた。
「部活とかやってないだろ?なのになんでこんなに早く学校についてるの」
「みんなより時間かかる人間だからさ、早めに家を出て何かあった時に備えないと」
入学以来、初めて話す自分のこと。
そんな会話をしているときも、昨日のことが頭を巡っていた。
しかし、聞くタイミングがなくて悩んでいるときに彼は言った。
「やっぱり色々と大変なんだな、コウモリって」
聞き間違いじゃない。
彼ははっきり言った。
「コウモリって?」
自分のことだとわかってはいたが、そう彼に尋ねる。
「気づいてなかったのか?お前、クラスでそう呼ばれてるんだ」
気が付いてなかった、と僕が頷くと彼は続けて言った。
「ちょっと前に生物の授業でコウモリ出てきたじゃん、あの時からそう呼ぶやつが出てきてさ。てっきり知ってるもんかと思ってたから、悪いことしたな。謝るよ」
確かに生物の授業で先生がコウモリについて少し解説していたことがある。
そしてコウモリの特性を説明した時にクラスが少しざわついたことも覚えている。
だが、実際自分がそのように呼ばれているとは思いもしなかった。
「あ、うん、大丈夫だよ。別に怒ったりしてないから」
実際怒ってはいなかった。
多少モヤモヤしているのも事実だが、それは怒りの感情ではない。
むしろ昨日からずっと疑問に思っていたことがわかってすっきりとしさえしている。
それに…
しかし、彼にもう一つ聞きたいことがあった。
「あの、なんで昨日下空くんは挨拶してくれたの?」
生物の授業があったのは1ヶ月ほど前だったので、コウモリと呼ばれるようになってからそのくらいの時間が経っているはずだ。
にも関わらず彼が今になって自分に話しかけてきてくれたことが引っかかっていた。
「なんでって、そんなん気まぐれだよ。特に理由はないけど、コウモリが実際どんな人なのか気になってさ」
深く考えていないといった様子で彼は答えた。
そうだったんだ、と返す僕に彼は続ける。
「人と話す理由なんてそんなもんだろ。いちいち考えて行動してたら疲れるって」
そういいながら笑っていそうな彼を見て、少しほっとして、小さいことで悩み、いちいち気にしている自分が馬鹿らしくなった。
下空くんってどんな人なんだろう。
そんな感情が芽生えた気がしたが、どうするべきかわからない。
「今日昼めし一緒にどうだ」
驚いて言葉に詰まってしまう。
「え、あぁ、ぜひ」
会話に慣れていない自分にとっての精一杯の返事だった。
朝のHRから午前中の授業はあっという間に過ぎていき、昼休みを告げるチャイムが鳴ったとたんにクラスがざわつき始める。
「せっかくだから屋上行こうよ。今日なら天気もいいし、最高だろ」
てっきり自分たちの席の近くで昼ご飯を済ませると思っていたので、彼の提案に驚いた。
彼はそのまま自分の手を引き、歩き始める。
怖い。
歩き始めたときはそう思い、いやな汗が一瞬にして出始めたが、彼が歩くペースはゆっくりだった。
10分ほど歩くと屋上についた。
彼の言う通り天気が良く、まぶしくぼやけた光が視界を覆う。
彼はその場に座るように言い、持ってきた弁当箱を開ける音がした。
「いつも教室で飯食っててもつまらないだろ。屋上で食べると飯もうまくなるからな」
いつもと同じ味のはずなのに、今日のおにぎりは特別な感じがした。
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