愛の言葉は、わかりやすくてナンボ

木曜日御前

ショウとタケル


 人間には、生得的性欲求というものがある。


「御主人様ぁ」

「よしよし、私の奴隷ちゃん」

 秋葉原駅横のロータリー。

 首輪を着けたガタイの良いスーツの男が、手綱を持つ地雷系女子の足元に転がっている。頭を撫でられた男は恍惚とした表情を浮かべており、地雷女子も嬉しそうだ。


 勿論その周りにも、同じように首輪を着けた女性といちゃつく男や、首輪を着けた男にご飯を食べさせる男。首輪を着けた女の上に座る女。


「うちのSubのために、鞭新調したいんだよね〜」

「え、いいじゃん。『どぅむ☆しゃぶ』コラボの長鞭めちゃ可愛かったよ」

「わかる〜でも『俺ねむ俺の椅子に座って眠れ』の乗馬鞭もいいんだよね〜ねぇ、奴隷ちゃん」

 パンッ!!

「ひんっ!」

 可愛い女子二人がそれぞれのパートナーの背中に乗って、闊歩している。その内の片方は、尻肉を女子に叩かれて嬉しそうに鳴いていた。


 他人をコントロールしたい主人であるDom。

 他人にコントロールされたい従属であるSub。

 生得的な欲求を持って生まれる人達は、この世界の半分を占めていた。その欲求は第二次性徴期と共に現れ、どの国でも中学二年生あたりでこの生得的欲求があるのかどうか診断される。

 そして、保健体育のカリキュラム内で、しっかりと学ぶことになる。


 欲求を持ってる人もそうでない人も、お互いそういうものだと分かり合い、社会的配慮をしながら生きている。


 また、この街に溢れている首輪。

 この首はDomとSubにとって、とても重要なもので、ある種婚約指輪のようなものだと言われている。

 主人であるDomからSubへと贈る愛の証。身に着けているのはその愛を受け取った証である。


 さて、性的な欲求なため社会的配慮があると言えど、いくつかの街は寧ろそれを剥き出しにしている人が多い。

 その内の一つである秋葉原には、首輪とそれを従えた人間があちらこちらにおり、近くにはアニメキャラクターと首輪のコラボ専門店もある。


 また、緑色の大きなビルには首輪だけじゃなくて、プレイ用のボンデージや、鞭、蝋燭、コスプレが堂々と飾られていた。


 そんなビルの向かい側にあるビルの四階。おしゃれなDomSubカップル専用の個室カフェ。


「すげーっ、なあ、ショウ。あれ、なに!?」

 窓側の個室席。眼の前にある緑のビルを指差し、無邪気に尋ねるボサボサとした茶髪の少年。大きく光に満ちた彼の瞳には、優しさと愛嬌と好奇心が満ち溢れている。少しだらっとして使い古した服装も、彼の親しみやすさの一部になっている。


「あれは、ボンデージだ。着てみたいのか?」

 そんな茶髪の青年が見る先、ショウと呼ばれた黒髪の青年。ホットコーヒーを一口飲み、少しカッコつけてニヤッと笑う。

 少し切り替えに癖のあるヘリンボーン記事のテーラードジャケットに、スッキリした黒のシャツ。一つ一つの小物も拘っているのだろう。ハイブランドとデザイナーズブランドの服に身を包んでいた。


「ボンデージかあ、うーん、わかねぇや。でも、あれ、着て、なんか良いことあるのか?」

「ふっ、ボンデージは夜のお遊びのドレスコードだからな。首輪も合わせてらタケルのため・・・・・・にオートクチュールで用意してあげよう」

 首を傾げる茶髪の男ことタケルは、いまいちピンッと着ていないようで、更に質問を重ねる。それに対して、ショウはふっとカッコつけながら返した。


「えー着心地悪そうじゃね? てか、オートケチる? オートレースの話? ドレスコード? バンド名か?」

「オートクチュールは、ハイブランドのオーダーメイドのこと。ドレスコードは、服装の決まりだ」

 しかし、タケルには伝わらない。ショウはおでこに手を当てて、頭痛そうに説明をする。


「よくわかんねぇけど、高そうだな。俺が着たら肩凝りそうだからいいや」

 ぽやっと返すタケルに、ショウはスンッと顔から表情が消えた。

 オートクチュールのボンデージ。

 普通のSubなら一発で蕩けるような渾身の殺し文句である。実際に今まで付き合ってきたSubには、かなり喜ばれた言葉であった。


 しかし、このタケルには一切効果がないようだ。


 かなりデコボコ、正反対な二人。

 二人の現在の関係を表すとしたら、個人居酒屋の客と従業員に毛が生えたようなものである。



 ◇◇◇



 出会いは、末広町にあるこぢんまりとした個人居酒屋。

 ショウこと矢崎 奨やさき しょうは、二十八歳という若さであるが、ファッションの諸々を取り扱う新進気鋭の会社社長として有名である。そんな社長には勿論、社長同士の付き合いと言われるものがある。

 その内の一つでショウが尊敬する一流ハイブランドの代理店会社の社長に、いい店があるからと連れて行かれたのがその店であった。


「いやー本当にここにくると力が抜けるんだ。仕事をしてる時は、どうしても肩肘張るしかないからね」


 ふわっと力が抜けた表情で、オーダーメイドだろう綺麗に仕立てられたスーツを着崩す社長。ショウ自体はおしゃれでラグジュアリーなお店のが好きなため、一流の社長がおすすめする店がこれかと、最初見た時は内心がっかりした。


 しかし、その印象はすぐに変わる。

 料理はとても美味しく、古き良きいい老夫婦からにじみ出る温かさ。都会の真ん中というのを忘れるような店。自然とショウの身体からも力が抜けていく。そんな時にシフト入りなのか、ホールに出てきたのがショウであった。


「おはようございま〜す! おっ、鈴木社長〜お久しぶりで〜す! 今日も、雪の山のお湯割りで?」

 元気で、お茶目で、面白い店員。軽快に老夫婦や常連に挨拶をし、手際よく仕事をしつつ、会話でも盛り上げていく。

 その姿が大型犬が駆けずり回っているようで、タケルになんだか目が奪われてしまったのだ。



 通い詰めるようになったショウに、タケルもどんどんと懐いてくれて、今ではかなり近い距離感で会話してくれるほど。


 そんな矢先、タケルが営業中の店で倒れたのだ。幸い何も持ってない時で、誰にもぶつからなかった。

 店の人は営業があるからと聞き、一番仲の良かったショウが付き添って、タケルを病院へと連れて行ったのだ。


 病院での診断結果は、「コントロール不足による精神不調」。中学生なら保健体育で絶対習う内容だ。


 しかし、その診断結果を聞き、タケルが言った一言はこれだった。


「え、なにそれ?」


 ショウは思わず、「知らないのか!?」と診察室で思わず声を荒らげる。診察担当の医者には、勿論しっかりと怒られた。


 後々話を聞くと、なんとタケルは中学校卒業でフリーター。勉強がとことん苦手な上に、諸事情で診断を受けていなかったのだ。十九歳にして、知るとはかなり遅い。


「へー俺、Subだったんだ〜知らなかった」

 本人は呑気に笑うものだから、ショウは思わず力が抜けていく。この呑気で雑なところが彼の魅力なのだ。

 ただ、これはショウにとって大きなチャンスだった。


「でも、Domにコントロールされろってムズすぎだろ〜」

「俺が、やろうか?」

「え?」


「俺、Domだから」

 そう、ショウはDomだからであり、タケルのことが好きだからである。

 基本的に生得的欲求を補える相手同士でなければ、パートナーとしてはなかなか上手く行かないもの。だからこそ、タケルがSubだと知り、ショウとしては喜ばしいことこの上ない。


 しかし、そう簡単に人生は上手くいかないものだ。


Kneelニール

「え、煮る? ショウ、ゆで卵でも食べたいのか?」

ひざまずけってことだ!」

「ピザマツゲ? ピザにマツゲなんか生えるわけねぇじゃん」


 中学校の保健体育でDomとSub共に必ず習うはずのコントロール用命令コマンドを、タケルは知らなかったのだ。

 病院にあるSub不調の応急処置用部屋で、ショウがカッコよく英語で命令したのに、タケルは頓珍漢な答えを返す。しかも、日本語で伝えても、本当に言葉を知らないようで、もっと頓珍漢に返してきた。


「……じゃあ、お、お座りっ」

「うおっ! すげぇ! 身体が勝手に床に座ったぞ!」

 流石にこの意味は知っていたようで、タケルの身体はぺたんと床に座り込む。しかも、胡座で座るものだから、何だか色気が欠けている。


 カッコつけたいショウにとって、この命令は犬の躾のようで使いたくなかった。そして、意を決して使った結果も、なんだか間が抜けている。頭痛くておでこに手を当てるショウに、タケルはお座りしたまま満面の笑みを向ける。


「すげーな、命令って。ショウ、もっと色々、俺に教えて!」


 こうして、二人の関係に奇妙な毛が生えたのだ。



 ◇◇◇



「で、今日はどんなこと教えてくれるんだ、ショウ先生!」

 アイスコーヒーを飲みながら、ショウに尋ねるタケル。今も渾身の言葉を躱されて傷つくショウであったが、その言葉にしっかりと持ち直す。


「ああ、とりあえずそうだな、じゃあComeカム

「それって、噛む……だっけ?」

「来いってことだ」

コイ? ……ああ、来いか!」

 意味を理解したタケルは、向かい合っていた位置からタケルの隣へと移動する。些細な聞き間違いはもう気にしていけないし、どうやらタケルはとことん横文字に弱い。

 カッコつけても、相手に伝わらなければ意味がない。


「そうだ、よくわかったな。偉いぞ」

 隣に座ったタケルの頭を撫でる。ボサボサなのは気になるので、いつかはショウが手入れをしようと思っている部分だ。


「へへっ、やっぱホメられるっていいな」


 そう笑うもんだから、ショウは仕方ないなあとだらりと力が抜けていく。


「ああ、そうだな」

 ショウは困ったように笑いながら、肩を落とす。実は既にオートクチュールの首輪を用意していたのだが、今のショウは受け取らないだろう。


「なあ、俺がClaimeクレイムしたらどう思う?」

「クレーム? え、ちょっとクレームは困るかなあ。え、俺なんかした?」

「なんでもない。もっと勉強しなさいおバカさん」

「えーなんだよー」

 少しムスッと頬を膨らませるタケルに、ショウは肩を竦める。


Study勉強しろってコマンド良いな」

「あ、俺それ知ってる! 勉強だろ! 英語の授業の挨拶で言ってたやつだ!」


 この二人がClaimeパートナー宣言するのは、もっと先のようだ。



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛の言葉は、わかりやすくてナンボ 木曜日御前 @narehatedeath888

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ