第2話

とりあえず冷静になろう、うん。今僕は目の前にいる女の子に遊ぼうと誘われている。そしてその女の子に引っ張り上げられた。目線も同じくらいだ、つまりおそらくあの子と同じくらいの身長なのだろう。

ということはおそらく10歳前後だろう。


そして彼女は勇者ごっこだの冒険者ごっこだのと言っている。この世界ではそういう職業があるのだろう。いやまて勇者と冒険者は違うのか?っていう突っ込みは野暮なのだろうか。

...うん。冷静になろうとすればするほど情報量が多すぎて冷静になれないな、もういいや。


?「カイ?どうしたの、いつもみたいに遊ばないの?」

カイ「...冒険者ごっこしようか」

?「やっと乗り気になったね!それじゃあ一緒にあの街道沿いまで競争だ!」


考えてもしょうがない。頭空っぽにして遊ぶことにした。


4時間くらい経っただろうか、日が落ち始めたあたり。街道沿いまで走り、その辺で拾った木の棒でチャンバラごっこしたり、適当な野草を調合してポーション(仮)作ったりしていた。

その時間の中で、頭の整理とこの体に刻まれている記憶を辿りやっと状況が把握できた。


ここはシントヒル国という魚に似たような形をしている国であり、今いるところは首都から大分離れた辺境の村ポートケープ。港から発展し、海産物が摂れるらしいが僕らがいるのは内陸側のため、港町のような景色ではない。


そして僕の名前。カイ・エルドリアというらしい。日本の時の名前と同じカイでありそこは凄く助かる。

僕を叩き起こし、今まで一緒に遊んでいた女の子はヒオ・アヴァローニという。一緒に遊んでて分かったがかなり活発というか、おてんば娘である。将来は冒険者になりたいとのこと。

...妹とは似ても似つかない。実は妹なんじゃないかと期待はしたが性格がまるで逆。


そして年は同い年で10歳。確かに10歳くらいならこんな元気な感じなのかなって思った。

家が隣同士でいわゆる幼馴染に当たる。一緒に育ってきたからどちらかといえば家族みたいなもの、互いに家族絡みで仲のいい。


帰路に着きながら色々なことを話して家の前で解散した。

ここが僕の家...煉瓦造りと木の扉、窓ガラスまであるしっかりした一軒家だ。それは隣のヒオの家も同じ。

かなり緊張する、だって"僕"はこの家に入るのは初めてだから。

そんなこと考えても仕方がない、帰らなきゃいけないんだから。

扉に手を掛け、引く。


カイ「ただいま」

?「おかえり、カイ。もう、結構泥だらけね、お風呂入ってきちゃいなさい。」


出迎えてくれた、この人が僕の母親。名をエミリーという。

というかこの国一家に一つお風呂あるくらい衛生関係がしっかりしてるんだな、すごいな。


カイ「ありがとう母さん、お風呂入ってくるよ」

エミリー「うん、上がったらご飯にしましょう」

カイ「そういえば父さんは?」

エミリー「まだ帰ってきてないわね、今日は一日中漁をやるらしいけどぼちぼち帰ってくるんじゃないかしら?」

カイ「そうなんだ。分かったよ母さん。それじゃ、お風呂行ってくる。」


流石に父親が冒険者みたいなことはなかったか。漁師ってことは魚でも持ってきて帰ってくれるかな。


服を脱ぎ、タオルを持ってお風呂場へ入る。そこにはレンガで長方形に成形されたお風呂と木の桶があり、それ以外はシャンプーやシャワーなどは見当たらない。いくら浴槽があるからといって現代日本を基準にしてはいけないか。

木の桶で湯をすくい、体にかける。ちょっと熱いくらいの温度だ。これなら浸かることもできそう。

持っていたタオルで体を拭く。ボディーソープが使えないのがちょっと変な感覚だが汚れを落とすだけならこれでいい。

頭に湯をかけ洗う。そしてお風呂に浸かる。やはり少し熱いがいい湯だ。

そうしてお風呂に浸かっていると、何やらドタドタと足音が聞こえた。

そして浴室の扉が勢いよく開かれた。


?「ただいま!!我が息子よ!!!」


流石にびっくりする、風呂入ってるんだけど...

そして記憶に残る声と顔を見た瞬間、こちらも負けじと大声を出した。


カイ「おかえりお父さん!風呂入ってるから閉めて!!!」

ガールド「おう!そんな元気な声出せたんだな!!!」


そしてまた勢いよく扉が閉められる。

あれが父であるガールド・エルドリア。漁師をやってるだけあってガタイの良い男性だ。

この父親の息子ってことは鍛えたらムキムキになるのかな...

そんなことを考えながら浴槽を出る。さて、お待ちかねの夕飯の時間だ。


体を拭いて新しく用意してくれた服に袖を通す。

リビングへ続く扉を開く。


カイ「お風呂いただきました」

ガールド「おう!」

エミリー「ちゃんと汚れは取れたわね、それじゃあご飯にしましょうか」


椅子に座り、食卓に並ぶ料理を見る。

シチューに似たスープにバケット、サラダにムニエル...だと思う。

結構豪華な気がする。貴族でも栄えてるわけでもないこの町で気合の入った夕飯だ。


ガールド「今日は随分豪華だなぁ、エミリー!急いで帰ってきた甲斐があった!」

エミリー「腕によりをかけて作ったわ、冷めないうちにいただきましょう」


そう言って胸の前に両手を握る。そして料理を見て、目を瞑る。これがこの国のいただきますにあたる作法。

カイも同じ作法をする。頭の中ではいただきますと唱えて。


ガールド「それじゃあ食おう!」

カイ「母さん、いつも美味しそうなご飯をありがとう」

エミリー「やだこの子ったら、早く食べなさい...」

ガールド「はっはっはっ!エミリー何を恥ずかしがって...痛い痛い!」


母さんが父さんの腕を叩く。あまりダメージを受けてる様子ではない、じゃれているようだった。

とりあえずスープをスプーンですくい、口につける。

口の中に広がるクリーミーな味わい。その中にある野菜の甘みと旨み、お肉の旨みが舌を喜ばせる。それを飲み込み、鼻から息を吐くと一緒に香りが抜ける。個々の主張を優しくまとめ上げている家庭的な味。


カイ「...美味しい!美味しいよ、母さん!」

エミリー「またこの子は...ありがとう、そう言ってもらえたら嬉しいわ」

ガールド「はっはー!エミリーの作る料理はいつでも美味いからな!当然だ!」


また母さんが父さんの腕を叩く。新婚かこの二人は...

他の料理にも目を向ける。フォークに持ちかえ、ムニエルを食べる。

白身魚特有のふわふわした食感に香草のよい香りが鼻腔をくすぐる。表面は小麦粉を纏っているからから、魚の旨味を閉じ込め噛んだ瞬間に溢れ出す。

サラダも新鮮そのもの。レタスやトマト、キャベツに似た野菜たちの瑞々しい食感たるや、箸休めにちょうど良い。

またバケットをスープに少し浸して食べると、スープの旨味がバケットに染み込み小麦粉の香りと味がスープと調和しとても美味しい。

そうして夕食は完食し、エミリーは食器を洗い僕は食器を片付けていた。

ガールドは椅子に座り飲み物を飲んでいた。

暖かな家族のひととき。こんな時間が長く続けばいいなぁと思った。だが次の一言でその空気は凍りつく。


カイ「どれもとても美味しかった!すごく気合い入ってる料理だけど、何か祝い事だっ他?」


家族団欒の時間に静寂が訪れる。水を差してしまったようだ。

エミリーがお皿を洗っていた手を止める。


エミリー「...そうね。祝い事と言えば祝い事なのかしら...」

ガールド「俺としては祝い事だとは思うがな、仕方ないさもう10歳なんだから。それは俺らも同じだっただろ?」

エミリー「そうだけど、やっぱり寂しいじゃない。国としての政策だから反対はできないけれど、5年もこの子と離れるなんて...」


すごく悲しそうな顔をするエミリー。それを宥めるガールド。10歳になると何かがあることは分かった。

ガールドは椅子から立ち上がり、エミリーのそばへ行く。

今にも泣きそうになるエミリーの背中をさすり、カイへ真剣な表情を向けるガールド。その眼差しに少し緊張してしまう。


ガールド「カイよ、我が息子よ。お前は明日、5年間シントヒル学院へ行くんだ。これは国からのお達しで拒否は出来ん。皆、この国の子どもは10歳になると首都から護衛隊員が迎えに来てくれるんだ。」


なるほどそういうことだったのか。だから母はこんな手の込んだ料理を...しばらく一緒に居られなくなるから...


カイ「そっか、そうなんだ。寂しく...なっちゃうな」

ガールド「寂しいのは確かだが、皆そうなんだ。隣のヒオちゃんも同じようにシントヒル学院へ行くんだ。カイ一人ではないから安心しろ。」


ヒオも10歳、なら明日一緒にシントヒル学院へ行くわけだ。確かに安心した。

安心したら目頭が熱くなってきた。"僕"は初めてこの家庭でご飯とお風呂を頂き、本当に愛されてるんだなって思った。そんな愛してくれてる人たちと離れ離れになるのはやはり寂しい。体に刻まれた記憶が蘇り、下を向いてしまう。

その様子を見ていたガールドはカイを引き寄せる。


ガールド「おいおい泣くなよ男の子だろ?また立派になって帰ってこい。俺たちはいつでもここにいるからよ、安心して行ってこい」

エミリー「離れるのは私も寂しいわ。だけどあなたがどれだけ成長して帰ってくるか、とても楽しみにしているから。だから...」


エミリーも涙を浮かべている。声が震えている。すごく辛いのだろう。

お皿を置き、カイの目線までしゃがみ込んだ。


エミリー「自信持って行ってきなさい。うぅ...」

ガールド「二人とも泣きすぎだ、俺まで涙が出てしまいそうだ。」


あの豪快な父親の冗談みたいな発言、しかし目は少し潤んでいるように見えた。

カイとエミリーを抱きしめる。力強く、暖かい。

そうして家族の時間は過ぎていった。


翌日、日光が顔に当たり目が覚める。今日はシントヒル学院へ行くことになっている。

目が少し腫れている、昨夜は泣き過ぎた。まさか異世界へ来て一日で家族の温かさに触れ、泣きまくるとは...

とりあえず顔を洗おう。多分お風呂場に水があるはずだ。そうして木製の扉に手を掛け押す。開けた先には朝食を作っている母親の姿があった。


エミリー「おはよう、カイ。今朝食作ってるから少し待っててね」

カイ「おはよう、母さん。顔を洗ってくるよ」

エミリー「それならお風呂場にある桶を持ってきてくれる?」

カイ「ん?分かったよ、母さん」


少し違和感を感じたが、とりあえずお風呂場へ行き桶を持ってくる。

母さんに渡すと桶の前で手をかざし


エミリー「小魔法、スイアーテム」


と唱えると手から水が出てくる。水道の蛇口をひねったくらいか、そのくらいのスピードと量で桶の中の水がどんどん溜まっていく。


カイ「これって...魔法!?」

エミリー「そうよ、いつも水を使う時はこの魔法使ってるじゃない」


昨日夕食後に食器を洗っていたが、この魔法を使って水を生み出していたようだ。通りで水道が通ってる様子がないわけだ。

ここでふと思ったことをエミリーに尋ねる。


カイ「この魔法って子どもの頃から使えたの?」

エミリー「子どもの頃は使えなかったわ。というより使おうにも使い方が分からなかった、が正しいわね。私も5年間シントヒル学院へ行ったときに魔法を学んで使えるようになったのよ。」

カイ「そうなの?それじゃあ僕にも使えるようになるかな」

エミリー「うん!私が使えてカイが使えないわけないわよ。ちゃんとお勉強すれば大丈夫よ。」

カイ「嬉しいな、僕も母さんみたいに魔法使えるようになってくるね」

エミリー「...うん!カイなら使えるようになるわ!でも魔法使えなくてもほかのことも学べるから、まずは自分に合ったものを見つけてね。それじゃあ顔洗ってらっしゃい。」

カイ「うん、顔洗ってくるね」


桶いっぱいの水を溢さないようにお風呂場へ持って行く。そこで顔を洗い、タオルで顔を拭く。魔法で作った水は冷たくもなく熱くもなく、ちょうどいい温度だった。


朝食を食べ終え、身支度を済ませる。必要なものは特にないらしいが一応私服やタオルなどをバッグに詰め込んでおいた。


ガールドとエミリーがお見送りをしてくれるとのこと。しばらく子どもに会えなくなるから最後のその時まで一緒にいたいのだろう。

そろそろ迎えが来る、外で待つことにした。


外に出るとほぼ同時にヒオも外へ出ており、顔を合わせることになった。その途端、ヒオはこちらに真っ直ぐ走り飛びついてきた。


カイ「ヒ、ヒオ!?ど、どうしたんだ!?」

ヒオ「カイは...カイは私とずっと一緒にいてね...?」


胸にうずくまる顔を見てみると、目の周りが腫れている。ヒオも昨日同じように泣いたのだろう。おそらく今日も出てくるその時まで。

そりゃそうだ。だって10歳の子どもだもの、今から親元離れて生活なんて本当はしたくないだろう。

今にも泣きそうなヒオの頭を撫でながら、


カイ「もちろん一緒にいてあげるよ。心配しなくてもそばで支えてあげるからな」


その一言でヒオは泣き出してしまった。安堵からか、おそらく泣いたはずであろう今日2回目の号泣。

頭を撫で続け、大丈夫。一人じゃないと語りかける。段々おさまってきてやっと泣き止んだ頃には


ヒオ「わ、私は近接で戦うからカイはサポートをお願いする!分かった!?」


といつものおてんば娘...よりは少しはしおらしかったが、まあ元気になった。

その様子を互いの親は微笑ましいそうに見ている。やめてくれ、恥ずかしい。


そうこうしているうちに馬車と甲冑を着た人がこちらへ向かってくる。

この人たちが護衛隊員なのだろう。

護衛隊員は馬を操縦する二人が前におり、馬車の両脇に出っ張りがありそこに2人座っている合計4人。そのうちの馬を操縦する護衛隊員一人が降りてこちらに声をかけてくる。


護衛隊員1「定刻通り到着、待機して下さり感謝の念を申し上げる。我ら、シントヒル国護衛騎士団隊員である。国王からの指示により、この村の齢10になる子どもたちを迎えにきた。この二人がそうだな?」


護衛隊員の一人がこちらを指す。ヒオはちょっと怯えて僕の体の後ろに隠れる。


ガールド「そうだ。この二人のこと、道中よろしく頼んだ。」

エミリー「よろしくお願いします」


ガールドとエミリーの二人は深々と頭を下げた。ヒオの両親も同じように頼み、頭を下げている。


護衛隊員「承った。この二人を首都シントヒルへ安全に送り届けよう。頭を上げてくれ。最後に子どもに何か声をかけることはないか?」


両親たちが頭を上げ、すかさずこちらに駆け寄る。


エミリー「元気でね。カイなら絶対魔法習得できるよ。」

ガールド「心配するな。俺の息子だ、お前ならシントヒル学院でもやっていけるさ。」


エミリーは少し涙目に、ガールドは笑いながら激励の言葉をくれる。


カイ「うん。父さん母さん、僕行ってきます。たまには手紙を出すからね。」


エミリーは息子を抱きしめ、ガールドは息子の頭を撫でる。家族愛を一身に受け止めた。

それはヒオも同じだろう。またちょっと涙目になってるじゃないか、あの子あんなに涙もろかったのか?

互いに別れの挨拶を済ませ、護衛隊員の元へ向かう。


カイ「行くぞ、ヒオ。冒険者への最初の一歩だ。」

ヒオ「うん!カイ、一緒に冒険者になろうね!」


そうして馬車に乗せられ、この村から離れていく。最後の最後まで見送れるよう、馬車の入り口に座らせてもらいゆっくり馬車が動く。

二人で両親へ全力で手を振る。振り返す両親。

本当に5年会えなくなるのかと、少し悲しい気持ちにはなったがヒオがいる。僕はこの子の支えるために頑張ろう。今一度決心した。


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