兄妹異世界冒険譚
獄江天佳
第1話
タッタッタッタッ...
ホームルーム終了と同時に、走り出す。
今日はバイトがないから長く話せるな。
後崎邂(うしろざきかい)は、にやけそうな顔を我慢して病院へと駆ける。
受付を済ませ、108号室の部屋の前に立つ。
コンコン...
「どうぞ」
部屋に入るとこちらを見ている長髪の少女。邂の顔を見ると顔が明るくなり、
「おにいちゃん、今日も来てくれたんだ!嬉しい!」
この少女の名前は後崎陽音(うしろざきはるね)、邂の妹である。
邂「そりゃくるさ、お前の兄だもの。どう?調子は。」
陽音「それでもやっぱりおにいちゃんが来てくれるのがとっても嬉しい。今日は調子とてもいいよ。」
陽音は5歳の頃から難病と闘っており、そのせいでずっと入院している。調子のいい日は一緒に外へ出たりはするが最近はあまり調子がよくなく面会できる日はずっと話しをしている。
邂「うん、それならよかった。きっといつかは治るからそれまで頑張ろうな」
邂は陽音の頭を撫でる。
陽音「えへへ...治ったらおにいちゃんとたくさん出掛けたいな。海へ行ったり山へ行ったり...あとショッピングとかもしたい!」
邂「全部やろう。お金のことなら心配すんな!俺が全部出してやるからな」
いつもの会話、いつもと同じ光景。治らないことは薄々気付いているが、それに目を背けて夢を語る。この時間が愛おしい。
邂「あっ、そろそろ面会終了の時間だ。」
陽音「もうそんな時間なの?時間が経つのは早いなぁ...もっとおにいちゃんと話したかったな。」
邂「すまない、また今度たくさん話そう。一週間くらいバイトで忙しくなりそうだから沢山話をこさえて来るよ」
陽音「....うん。待ってるね。そんなにバイト頑張らなくてもいいんだよ?おにいちゃん」
邂「そうはいかないよ。海や山、ショッピング行くならたくさん稼いでおかないと!」
陽音「そう...だね。寂しいけど私も頑張るよ。おにいちゃんも頑張ってね」
邂「おう、可愛い妹の為に頑張るぞ」
病室から出る時互いに手を振り合って扉を閉める。
バイトしているのも妹の治療費の為だ。それは内緒にしてある。
きっと妹も分かっているだろう。でもそれを悟られるわけにはいかない。だから気丈に振る舞っている。
一週間後、妹に会うのが楽しみだ。
〜一週間後〜
ホームルームが終わり、帰る支度をしているとクラスメイトからカラオケのお誘いが来た。妹の見舞いがあるからと断ったがクラスメイトも納得して労いの言葉をくれた。一週間学業とバイトのダブルワークだったことを知っているからだ。
受付を済ませ108号室の扉をノックする
「...どうぞ」
元気なさげな声が聞こえた。
扉を開けると顔色の悪い陽音の顔がこちらを向く。
邂「一週間ぶりだね。あんまり元気ない?」
陽音「うん...ちょっと調子悪いのかもしれない...」
一週間前と比べて少し体が痩せ細っているようにも見えた。食事はちゃんとしているのだろうか。
邂「悪いなぁ、バイトが忙しくなって顔出せなくて。毎日でも顔合わせたいのに...」
陽音「ううん、大丈夫。おにいちゃんが頑張っているの私は知っているから。それよりまたいろんなお話きかせて?」
邂「もう少しシフト量減らせるか店長に掛け合ってみるよ。そうだな...じゃあ月曜日のバイトの時に...」
こうして話しをし始めて2時間くらい経ち、そろそろ面会終了の時刻が近づいてきた
邂「そろそろ面会終了の時間だな...陽音、ほんと大丈夫か?」
陽音「...大丈夫だよ、今日の話も面白かった。」
少しの沈黙。何故か気まずい空気が流れている、その沈黙を破ったのは陽音からだった。
陽音「おにいちゃん...私ね、お医者さんに伝えられたんだ。おそらく寿命はあと1ヶ月ほどだろうって。結構病気が進行しているみたいなの」
邂「...は?聞いてない、聞いてないぞ!?」
陽音「うん、私がお医者さんに言わないように伝えてたから...ごめんなさい、おにいちゃん。」
邂「...そうか、そうなんだ。あと1ヶ月...」
涙を堪えているが、目と頬が紅潮しているのが分かる。
陽音「...うん、だけどね私分かるんだ。病気のことはあんまり分からないけど、自分の体のことくらい。1ヶ月も生きていられない。いつかは分からないけど、一週間後か或いは今日かも...」
邂「そんなこと言うな!!!お前は、陽音は!病気を治して俺と出掛けるんだろう!!??」
薄々気付いていたことが、背けていたことが現実になる。輪郭を持って迫ってくる。いつかは来ることなのに、来るとわかっていたのに...
陽音「うん...うん...ありがとう...私もお兄ちゃんと海見て山歩いてショッピングしたかったよ...」
陽音が涙を溢す。
鼻を啜りながら、しゃっくりしながら語った。
陽音「だからね、おにいちゃん。私のお願いを...聞いてほしいんだ。」
邂「うん、俺に何をしてほしい?」
陽音「私、おにいちゃんと外へ出たい...少しでいいから。外にある広場の噴水あるでしょ?それを一緒に見に行こう。」
なんだそんなことか、そのくらいなら訳ないが...問題はもう面会時間が終わってしまう。
邂「それはいいけど、面会の時間がもう終わっちゃうな...今から看護師さんに伝えても駄目だしどうしようか...」
陽音「...そうだよね。ごめんね...おにいちゃん...」
陽音は悲しそうに俯いた。
そんな妹の顔は見たくない、妹には笑顔でいてほしい。そんな想いが、そんな感情が、既に行動に出ていた。
陽音「おにいちゃん...!?」
邂「窓から出よう。大丈夫、お兄ちゃんが背負ってやるから。」
窓を開け、目と頬が真っ赤になった顔で笑いながら陽音に伝える。
すると陽音は再度目に沢山の涙を浮かべて
陽音「おにいちゃん、ごめんね...こんなわがまま言っちゃって...嬉しい、嬉しいよ...!」
申し訳なさと嬉しさ、その感情が目から溢れ出す。手で拭っても拭っても止まらない、感情の防波堤が決壊したかのようだった。
邂「いつからそんなに泣き虫さんになったんだ。一緒に行くよ、ほらハンカチ」
そんなことを言いながら、陽音のぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭きながら頭を撫でる。えへ、えへへと止まらない涙を流しながら笑っている陽音。
数分経ち、面会時間終わり差し掛かる頃。看護師さんが面会終了の声掛けに来た時、既に兄妹たちは窓から外へ出た後だった。
陽音「今頃きっと大変なことになっているんだろうな...看護師さんたちには悪いことしちゃったね、おにいちゃん。」
邂「もし見つかったら一緒に怒られるか。一緒なら怖くないかもな!」
あははと小さい声で笑い合う二人。
辺りも暗くなり、もうすぐ夜になる頃。
芝生を歩き、横断歩道を渡り、噴水の周りにあるベンチに腰掛ける。
邂「本当にこんなお願いでいいのか?」
陽音「うん、私はおにいちゃんと一緒ならどこでもいいんだ。この噴水も調子いい時は一緒に来てたけど、最近来てなかったから」
邂「もっとこう、欲を出してもいいんじゃないかな。家に帰りたいとか、遠出したいとか」
陽音「おにいちゃんと一緒なら、家にも帰りたいし遠出もしたいよ?でも流石におにいちゃん、私をおんぶして誰にも見つからず家に帰れる?」
邂「...確かに。今ごろ大慌てで陽音のこと探してるだろうし見つかるのも時間の問題だったな。」
お互い、噴水に目をやりながら小さく笑う。
きっと1時間以上説教されるだろうな。
それでも陽音のためなら、なんて思うのは流石に違うのかな。
陽音「...私ね、おにいちゃんとならどこへでも行けると思ってるんだ。病気のことは本当に分からないけど、でもおにいちゃんとなら。おにいちゃんがいてくれるならこの病気が治らなくったっていいんだ。」
邂「え?」
陽音「あはは、おかしいよね。でもね、私の気持ちはそうなの。おにいちゃんとどこまでも一緒にいられるなら私は...」
この瞬間、噴水から水が綺麗に飛び出す。
陽音「私...私はね?お兄ちゃんのこと...」
夜に差し掛かる夕闇の空、毎秒色んな軌道を魅せる噴水。陽音はその後の言葉を言えずに兄にもたれ掛かる。
邂「...おい、おい!?陽音!?どうしたんだよ!」
邂には見えてないが、口から吐血し血液が垂れている。病気のせいなのかはたまた神の悪戯か。
邂は陽音を抱きかかえ、病院へ駆ける。
邂「陽音!!!陽音!!!!!」
夕闇の空に響く名前。しかし抱きかかえられた陽音は反応がない。
邂(まだ息はしている。腕から心音が伝わる。生きてる!だからまだ大丈夫!)
そんなことを考えながら声をかけ続け走る。もうすぐ横断歩道が見える。そこを超えたら病院の入り口は目と鼻の先、そこまで駆ける。
陽音!陽音!大丈夫だぞ!もうすぐ病院に着くからな!そんな必死な声虚しく横断歩道を渡っている瞬間、二つの光と邂の目が合う。鈍痛が全身に駆け上がった。
邂(...は?何が起こった...!?)
あまりに必死すぎて周りが見えていなかった。否、周りも見えていなかった。聞こえなかった、救急車のサイレンの音が。
丁度救急搬送された救急車が病院に入って緊急車両専用のロータリーに入る時、その手前の横断歩道で邂と陽音の二人は轢かれてしまったのである。
轢かれる直前、体が動き救急車を背に妹の頭を守りながら一緒にゴロゴロと転がっていく二人。
邂は途中で手放してしまい、兄妹の二人の距離は離れてしまう。
邂「陽音...陽音...!」
目を開けようとするが視界が血に滲んで何も見えない。手を動かそうとするが全然動かない。
酷い鈍痛と軋む体に悶えながら意識が遠のく。耳に入る誰かの「大丈夫か!?」が聞こえるがそれに応えるように
邂「陽音...!陽音を...!」
と発する。自分のことより妹のことの方が大切だと訴えるかのように。
もうその声も聞こえなくなって意識が完全に途絶えた頃。目を覚ますとそこは
風と、木陰と、草原と、西洋風なレンガの家が幾つか点在している集落のような風景が目に飛び込んできた。
さっきまで見ていた夕暮れの景色ではなく、完全に昼間の世界。
辺りを見回して状況を把握しようとする。
不意に手を動かすと誰かの手に触れた。
その瞬間、隣にいた子どもが目を覚ます。
?「ふあぁ...寝ちゃってたね。カイの方が早く起きてたんだ。君がここで寝てたから私も一緒にいたんだけどいつの間にか眠っちゃってて..
.」
どうやら、ここは夢の世界らしい。確か僕は何かに轢かれたはず...
そんなことを思っていると隣で眠っていた子が僕の頬を叩く。
痛っ!
?「カイ、まだ寝ぼけてるの?ほら、一緒に遊びましょ!」
この子どもはやけに力がある。17歳の高校生をここまで引っ張り上げるとは...うん?何かがおかしい...
頬が痛い。多く見積もっても10歳くらいの女の子に引っ張り上げられるほど軽くはない。そしてその感覚も感じる。夢ならば痛いことも引っ張り上げられる感覚もないはずだ。つまりこれは夢じゃない...!?
?「カイ、それじゃ何して遊ぼっか!勇者ごっことか、冒険者ごっこ?」
おそらくだが、これはいわゆる異世界ってやつなのかもしれない。
これから僕はどうなってしまうのだろうか。
陽音は一体どうなったんだ!?
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