第3話
日本で石炭が採掘されない理由を知っているだろうか?理由は単純で、鉱山労働のコストが海外から石炭を輸入する為のコストを上回るからだ。その価格差は約三倍。流石に馬鹿らしくなったのか、日本における大々的な石炭採掘は昭和中期を最後に終焉を迎えている。
それから50年程が経った頃、全世界で同時多発的にモンスターと呼ばれる巨大な生物が出現した。奴等の力は凄まじく、あらゆる生物を積極的に襲うとされている。そして陸路は勿論、海路や空路にもモンスターは現れるので日本は外海との接触を経たれてしまった。
人類は地上から逃げるように地下へ潜ったが、だからと言って石炭の需要がなくなった訳ではない。寧ろ地下での文化的な生活を保つ為には効率云々を言っている暇は無く、非効率ながらも炭鉱が作られつつあった。
だが、そこで再び障壁となるのは過酷で死亡率も高い鉱夫達の給料である。高くすれば人員の確保は比較的容易となるだろうが、代わりに炭鉱での採算は取れなくなってしまう。給料を低くすれば儲けは出るが、人員は集まらなくなってしまう。そういったジレンマを抱える事により多くの街で炭鉱の規模縮小が相次ぐ中、鳥取第七隔離街の市長は街で罪を犯した者を炭鉱で働かせることにより問題を解決したのだ。
しかし十数年前に一度、飢餓によってパンを盗んだ人間が炭鉱で命を落とすという事故が発生し、遺族が炭鉱の責任者である市長を非難したことがあった。他の町民も一緒くたになって責任を追及したが、市長が反乱分子の淘汰を理由に住民の粛清を開始して以降は不思議と石を投げる者は皆無である。
その後は住民による相互監視を義務化。危険思想を持っていると密告があったら炭鉱行きというルールが追加され、第七隔離街は中国地方全体で見ても上位の石炭輸出街となった。
特に鳥取はモンスターの少ない砂漠である事に加えて物品の輸出入に対する関税を取らなかった為に商業の取引場としての側面も持つ様になり、結果的に貿易都市へと上り詰める事が出来たという訳である。
◇
時は黄昏、都会とは比べ物にならない程に大きな空が夕焼けに染まる頃。地下深くにある大都市の東地区には、今しがた外へ出んと騒ぐ二人が居た。
「毛布持ったん?荷物少ないけど」「持ったよ」そう言って志遠はデザートブーツ上からゲイターをかぶせる。それは靴の隙間から砂塵や水を入れない為の保護具であり、サンダル以外で砂漠を歩く時の必須アイテムだ。黙ってサンダルを履けば良いじゃないかと思うかもしれないが、資金もキャラバンハウスも所有せぬ商人は砂漠をラクダではなく自分の足で移動するのだ。もしも砂漠と直接触れ合う様な格好で歩いた場合、十分も経たないうちに砂との摩擦で傷ついた足裏を血に染める事だろう。
「保存食持っとる?腹が減ってもウチのは分けてやらんで」志遠はその問いに返事をすると革の外套を身に纏う。真夏の砂漠を生身で何キロも歩く人間にとっては常識であるが、通常は砂漠を進む時に日差しの強い日中は選ばない。クソ暑い中で必死こいて歩いても体力と水分を無駄に失うだけだからだ。故に行動すべきは夕方から早朝にかけての半日のみなので、分厚い外套を見に纏うのである。
「ナイフは装備しいや?」見りゃわかるだろと倭文は内心でボヤキながら、ヘッドの両端が鋭くとがったツルハシを担ぎ上げた。因みにコレは普段彼らが働いている炭鉱から無理を言い借りて来た物であり、志遠はその重量を生かして敵の装甲を砕く事が出来ると考えたのだ。
モンスターに現代兵器は通用しない。地下にまで戦線を押し込まれたのだからそんな事は赤子でも知っている常識だ。しかし悲しいかな、だからと言って尖った鉄で殴りかかれば倒せるという相手でもない。
「ほな、威力偵察と行こか」遂には何も言わなくなった青年を連れて、朝から元気な少女は檻の様な昇降機へと乗り込んだ。昇る籠に揺られながら、二人は今回の計画について再び確認をし始める。
「目標はモンスター素材の収集で、対象はシルバーローチ。回収部位は鞘翅を始めとした外骨格と後脚やね」今まで意図的にモンスターを討伐した人間がどれだけいるのだろうか。知ってか知らずかは分からないがとにかく前向きな倭文に、志遠は呆れつつも手を上げる。
「外骨格は装飾としても鑑賞としても優秀だし理解できるけど、後ろ脚を持って帰るのはどうしてだね?」「食用」「ゴキブリを?」「ゴキブリを」「ははは、面白い面白い。ジョークの腕を上げたじゃないか」「嘘やあらへん、食べるんや。ウチも、アンタも」肉体の活性化が期待出来るとは言われているものの、その効果は未だ不透明でありどの様な副作用があるかも分かってはいない。しかし、少女の食欲はその程度の事で止まるほど大人しくはないのである。
「ええか?人間も昔は虫を食って生きて来たんや。それも火を通さず殻のまま、土も払わず水で洗わず、殺さず掴んだそのままに。せやけどウチかて鬼やない。殻は取り除くし火も通すし、塩やって掛けても良えと思うとる。それも目玉や内臓なんかの不快な部位が混ざった憎らしき何かじゃなしに、ステーキサイズの綺麗で大きな肉や。あんたの事を思うて今まで言わんといてあげたけど、普段ウチと一緒に嬉々として奪い合ってるフェイクミート、あれの原材料コオロギやねんで?今更蟲の一匹や二匹で騒ぐなやみっともない」「死ぬまで秘密にしておいて欲しかったなぁ」
そんな会話をしていると昇降機の速度が緩やかになって来た。検問に髭は居なかったが現在は朝の5時、夜勤と日勤で人員が交代制ならば昨日の筋肉が顔を見せなくても不思議ではない。そう考えた彼等は帰宅時の事を考えて薄く笑いつつ検問から離れて行く。
今日も今日とて鳥取は快晴。痛い程の暑さと舞い上がる砂塵さえなければ絶好のピクニック日和である。「なんとなく歩いとうけど、シルバーローチの生息地ってどこなんやろうな」「さぁ?僕は倭文の後ろを歩いているだけだから」「ほんま役に立たんわ」予定調和な返事を聞き流しつつ、志遠は食用コオロギのエサであるニンジンを生のまま齧った。大事な食料を歩きながら食べる理由は、栄養の補給と荷物の軽量化を同時にこなす為である。
鳥取は中国地方の上部に位置する県であり、北側が海に面しているので他県に比べ比較的に塩は安く手に入る。とはいえ間食程度に掛けられる程のものではなかった。
「そういえば、昨日のサンドワームはウチ等以外の食料にありつけたんやろか」「さぁ?少なくとも、近くにいた全てのモンスターを喰らい尽くしている訳では無い様だし、巨体の割には省エネだったらしいね」志遠がそう言ってニンジンを仕舞うと、倭文もツルハシを構えて正面に現れた嫌に目立つゴキブリを睨みつけた。
「やっぱり考え直さない?」「ここまで来て怖気付いたんか?」鳥取でキャラバンを率いていればローチ程度数え切れないほど接敵する。今更になって不安そうな顔をする青年を少女は鼻で笑った。
しかし、接敵しているからといって討伐までしているかと問われれば勿論答えは否である。普段ならば煙玉や投擲物で適当に追い払うモンスターに対し初めて相手取る決意を固め、倭文の心臓も少なくない高揚を見せていた。
「怖気つく?まさか……僕が心配している事はその先。民家に不法侵入した挙句、夜中に足を滑らせて人様の顔面へ落下して来る様な下等生物を食べるという事に関してだよ」「あの日は大変やったなぁ。夜中に大きな声が聞こえて来たかと思えば、大慌てでウチの部屋へ転がり込んできたアンタに部屋の掃除を手伝わされたんや。結局ゴキブリはどっか逃げてしまったけど」
「絶対に僕の方が大変だったけどね。ゴキブリに股を抜かれた倭文は傑作だったよ」「そんな事あった?」「今の発言は忘れてくれないかな?直後の逃走先が倭文の部屋だったから今まで黙っていたんだ」「アンタが今までに見た事も無いレベルのサイズやって言っていたゴキブリ、今もウチの部屋におるん?」「家に帰ったら殺しておきたまえよ?正直な話、外に住むゴキブリの討伐なんかやっている場合じゃ無いからね」「どうしてもゴキブリが食べたいらしいな借金ニート?」「そこまでの冗談を言えるならもう大丈夫。どうだね?緊張は取れたんじゃないかな?」
「無理やで?」そうして両者は照らし合わせた様なタイミングで駆け出した。志遠は前傾姿勢で砂を蹴り、倭文を追い越しても尚ギアを切り替える様にスピードを上げていく。中央で相対するは憎きシルバーローチ。昨日遭遇したものとは別の個体だろうが、そいつもまた涎を垂れ流す顎を開き、凶悪な返しの棘が付いた長い前脚で志遠を捕えんと襲いかかった。
ゴキブリは一秒で体長の50倍の距離を移動でき、その速度を人間に置き換えると時速300キロメートルになるという。一説によれば外骨格という構造に拡散という非効率的な呼吸法では巨大化しても自重で潰れてしまい、まともに動く事が出来ないといった研究の報告もある。確かに、人間台のサイズになっても300キロで動く事が出来るならば、何処かのタイミングで巨大化していてもおかしくはないだろう。太古から巨大化せずにいたと言う事は、何かしらの不利益があるからなのだ。
しかしローチを初めとしたモンスターは違う。進化圧やバイアスなんかの合理的な手段から外れた別の手法によって生み出された奴等は筋肉の密度を上げ、装甲を頑丈な素材に変更し、気門を増やし、気管の筋肉を収縮させる事でより多くの酸素を取り込むという酷く拙く強引な手法で巨大化を成功させた。
時速300キロでは走れないだろう。初速からトップスピードには至れないだろう。だが、太初の生物が関与し改造したモンスターは、その巨体で時速80キロメートル以上の速度を叩き出した。体重は約30キログラムとはいえ、それが車並みの速度で走って来るとなればそれなりに恐ろしいだろう。跳躍し、腕を広げ、噛み付きにこられては回避も難しい。しかし避ける必要はなかった。志遠は後も先も考えずにツルハシを振り抜き、シルバーローチの小さな頭部へ見事当ててみせたのだ。
体を空中へ放り投げてしまった虫には避ける事など到底不可能だった。
直後、辺りに乾いた破裂音が鳴り響いた。ローチの額にはツルハシの先端が突き刺さり、その周辺の外骨格には罅が入っている。砕けた攻殻がパラリと地面へ落下した瞬間、ローチは口蓋に溜めた唾を泡にして飛ばしながら、金属を擦り合わた様な甲高い声で叫びを上げた。
奇しくもそれは、昨日ローチが逃走する瞬間に出した音と全く同じモノである。「逃げるつもりやぞ!!」倭文は肩を上下させながら志遠の後ろでそう言ったが、ツルハシから額を引き剥がしたローチは凄まじい勢いで逃走してしまった。「手が、手の骨がジーンってしてるっ!!」「アホな事言うとらんと追いかけるで」
そうして二人は、既に遠くの砂丘へ移動したローチを追いかけて走り出した。
さて、あれからどれ程の時間が経っただろうか。高くなり始めた太陽を浴びながら二人は頭を捻って考える。辺りは八匹の巨大ゴキブリによって虜囲まれ退路を防がれていた。そしてその輪はじりじりと縮められ、既に逃げられるような雰囲気ではない。そう、彼等二人は誘き出されたのだ。何度も聞いた甲高い声は仲間を呼ぶ為の物であり、逃げる時に泣く訳ではなかったらしい。
しかしそれを知ることが出来たのは文字通り八方塞がりになった後であった。昨日のローチが仲間を呼べなかったのは、恐らくサンドワームに驚き群が散り散りになっていたからなのだろう。自分一人では勝てないから仲間を呼ぶとは何とも卑怯な輩であるが、志遠と倭文を含む世間一般の人間がその事を知らずとも無理はない。
何せ死人には喋る口が無いのだ。それはこの陣形の強さを物語ると同時に、二人へ大きな絶望を与えることになった。「バカばかばか、僕は美味しくないからね!?体も女性に比べて骨張ってるし肉も硬いから!!」何時ぞやと同じく触覚で身体を撫でられつつ、志遠はそう叫びを上げた。「ウチこそ美味ないで?身は引き締まっていて淡白な味やろうけど」「僕の体なんてせいぜい出汁が取れるくらいだよ、雑食性の生き物は身が臭くて食べられた物じゃないらしいからね!?」「そん通りや、ウチは最近植物しか食べとらんし身は臭く無いけど。せいぜい美しく繊細なスープが取れる程度しか利点もあらへんで」「……なんでゴキブリにPRしているのかな?アホなの?」「アホはアンタや。ゴキブリに日本語で命乞いしてどうすんねん」「命乞いじゃなきゃ何をしろと言うのだね、少なくともゴキブリ株式会社に日本語で就活する奴よりはマシさ」
一通り捲し立てると、志遠は一呼吸を置いて再び思案に耽る。「……奴らの強固な包囲網を強行突破するのは難しい。だけど力づくは僕等に似合わないよね」彼はそう言うと、ポケットに突っ込んでいたニンジンを取り出して遠くへ放り投げた。
「囮かっ!なかなか考えたやないか」倭文は放物線を描いて落下する根菜を眺めながら、限りない勝利を確信して逃走の準備を始める。しかしローチは見向きもしなかった。奴等とて馬鹿では無い、ニンジンならば二人を殺した後に回収すればよいのだ。「日頃から食べ物を粗末にしたらあかんって言ってるやろ?」「ごめんなさい」
「そろそろヤバイで、死臭が漂ってきたわ……うえっ」ローチは砂漠での生存戦略として、極限まで食欲をあげている。当たり前だが背中の翅が浮き上がる程に食事をすれば胃袋はパンパンになり、暫くは獲物に有り付けずとも問題はないだろう。
元から雑食で死体の掃除屋的なポジションである上に、消化には何日も掛かるので腹の中では食事の発酵が進む。そうすれば何が問題なのか?勿論問題はない。ただし、その口からは劇物にもにた臭いが漂っている。
そう、ローチに集られた二人は鼻がもげる様な痛みと、深刻な船酔いにも似た感覚に苦しんでいたのだ。「倭文立って!!うっ……寄って来てるから!!!」
「き"も"ち"わ"る"い"」志遠は嘔吐く倭文のベタついた腕を掴んで引っ張るが、目前にまで迫るローチに押されて遂には二人仲良く地面に倒れ込んでしまった。「うわぁぁぁ!!!まだ札束で人の顔も殴って無いのに!!!」好奇と見たゴキブリ達は突如として目の色を変えて彼らの足元へ飛び掛かった。「優しく殺して!!!優しく殺して!!!!!」
しかし、来るべき痛みはいつまで経ってもやって来ない。志遠が不審に思い目を開けると、八匹のローチは先程まで倭文が立っていた場所に集まり顔を地面に埋めていた。「よく分からないけど助かった。今のうちに逃げるよ!!」志遠は状況の整理もほっぽり出し、未だ口の端から涎を垂らす少女を連れてその場を離れた。
道中ローチによって何度か背中を突かれたが、奴らはその度に吐き戻される倭文の朝食へ必死に食らいついていた。ゴキブリは視力が悪く殆どが嗅覚に頼っているので、吐瀉物などという匂いの強い物に飛びついてしまうのも無理はないだろう。
「ナイス食欲」「可哀想だけど殺してやるべきだよね」「せやけど、このまま何の成果も上げず帰る訳には行かへんで。今回は威力偵察といえ夕食くらいは確保して帰りたいし」「夕食かぁ……じゃあ北なんてどうかな?」
◇
志遠が向かう事を提案した北側には浜辺があった。結局地面が砂な事に違いはないが、波打ち際を歩いている限り八方をモンスターに囲まれず、立地的な不利を背負う事は無い。それに、巨大生物自体が少ないというのも大きな利点である。なにせ辺りの水には塩が含まれており飲料に適した物は少ない。生物にとって塩分は不可欠な必須栄養素ではあるのだが過剰摂取は有害だ。塩分の排出機構を持った水生生物でもなければ浜辺で生きる事は難しいだろう。
「無い頭でそれっぽい理論を組み立てた事は賞賛するわ。せやけど、浜辺には往々にして半水生生物が生息するもんやで?」倭文はそう言って周りをぐるりと取り囲む巨大な甲殻類の集団を指さした。「これが噂に聞く所の蟹という生き物か。古い文献によれば鍋にすると天にも昇る様な美味しさらしいけど、どうして突然現れたんだろうね?」「種によっては地中に潜って眠るらしいで。潮が満ちたから起きて来たんやろ」
因みに奴らの名前は暫定で『キングラブ』とされているが『モンスター協会』の認可は下りていないので非公式名である。「でもなんだか、僕達を襲いそうな雰囲気じゃないね」「蟹は雑食やけど基本的には魚類の死骸が好きらしいで。狩るんはゴカイとかヒトデなんかの動きが鈍い奴だけ、例えサイズが人間と同等以上になっても蟹に襲われるケースは珍しいやろな」
「それに奴等の緩慢な動きを見なよ。あれに捕まるのは間抜け野郎だけだ」「せやなぁ、蟹にローブを摘ままれていなければ説得力もあったんやけど……あ?奴等、泡を吐いとらんやん」陸に上がった蟹は口内に溜めた水を一度外へ出して、沢山の空気を含ませてから鰓に水を戻す事で呼吸を行っている。その過程で度々見られる泡こそが変質した水なのだが、キングラブ共にはそれが見られない。つまり彼等は巨大化する過程で、その体に行き渡るだけの酸素を取り込む為に独自の進化を遂げたという事だ。
「それがどうしたのだね?突然泡を吹かなくなる事くらいあるさ」「蟹が泡を吹くんは呼吸が苦しい時だけやけど、逆に言えば泡を吹かない蟹は呼吸に余裕があるっちゅう訳や」
「あー、えっと……つまり、こいつ等は地上に順応しているって言う事かな?」「よう出来たやん」「僕だって商人なんだから一応勉強はしているんだよ……あっちょっと、ローブには爪を立てないでくれたまえよ?倭文に怒られてしまうからね」「それ結構高いんやぞ!?」倭文はそう言って血相を変えると、手に持ったツルハシを担ぎ上げてポンコツニートの元へと駆け寄っていく。
狙いは大きな爪、ではなく手首の関節だ。志遠との距離が近い為に誤って攻撃してしまうのが怖かったというのもあるが、主な理由は手持ちのツルハシで蟹の甲を貫く事が出来るかが不明だったからである。
しかし、細く狙い辛い上に動き回る標的へ攻撃を当てる事は難しかったのか。やたらめったら力任せに振るわれた鉄の塊は、あろうことか地面に吸い込まれてしまった。「掠ったよ。結果的に倭文の攻撃が僕のローブを裂いたんだよ」
何やら誰かの反抗が聞こえた様な気もしたが少女は気にした様子も無く、海へ帰らんとする蟹に向かって再び攻撃を繰り出した。「ここで不様に死ね借金ニート!!」掛け声一発。地面から引き抜かれたツルハシは倭文の体を軸として大きく遠回りをしてから蟹の腕へと直撃する。「てっ、手が!!」だがツルハシは外骨格の表面を少し欠いた程度で急停止、寧ろ倭文の手に伝わるダメージの方が多かった。
これは彼女が貧弱だからという訳ではなく、百キロを超える肉体すらも支えてしまう外骨格が余りにも硬かっただけに過ぎない。とはいえ先程の攻撃に驚いた蟹は志遠とローブを置いて海へ帰ってしまった。「あぁ、僕の蟹鍋が……」「蟹って海に居るから許されとるけど、陸に居ったら虫やからな?」「たしかに」
二人してそのまま海を眺めていると、蟹は突如として海面を飛跳ねた頭が複数個あるサメによって捕食されてしまった。「こんな世界じゃ何処にも人は居ないよね」「そりゃあ魚なんて流通せんわな」「蟹は甲羅に似せて穴を掘る。僕等も身の丈にあった生活をしなきゃいけないね」「それはない」サメが更に大きな蟹に捕食される光景を見た彼等はそう言い残し、トボトボと帰路へ着いた。
◇
「あ、昨日の嫌な髭」「職務放棄の髭だね。あの後に怪我をしたとでっちあげれば慰謝料を踏んだくれるんじゃない?」「聞こえてんぞ」「金は要求せんからモンスターの出現報告について教えてくれへん?どうせ通行人から色々話を聞いとんやろ?」
「構やしねぇが、大層な装備を着こんで何をしていたんだ?」「鉱石採取や。サンドワームから逃げる時に走っていたら偶然洞窟を見付けてん。そん時は一刻も早よ帰りたかったから奥には入らんかったけど、貴金属の鉱石があるかもしれへんから念の為に行って来たんや」
「なるほど、それでツルハシなんか担いでるっていう訳か。まぁ、モンスターの出現報告くらいなら教えてやるよ」そう言って彼は大きな地図を引っ張り出してきた。「まず北に関しては海だから除外するとして、東はお前らの言っていたサンドワームとシルバーローチ。西は野犬が出る程度。だが、南は昨日の夕方に突如として音信不通になった第三隔離街があるし近づくんじゃないぞ。タダで教えられる情報はこれくらいが関の山だな」
東西南北全てに触れたせいで、あたかも全ての情報を開示したように見えるが南はスーパーへでも行けば分かる程度の情報でしかなく、東に関しては彼等が教えた事だ。野犬に関しては何処にでも出るし何も言っていないのと変わりない。
「なんで北は除外なんや?」「海が最も手軽にやばい奴らと遭遇出来る場所だからな。隣街に商品を届ける内陸専門の個人キャラバンだとしても知っておいて損はないぞ」
責任を追及された志遠は倭文により脇腹を肘で小突かれたので、髭にチップを握らせて追加の情報をせがんだ。「まぁなんだ、昨日やって来た商人によれば第三は蟻にやられたらしい」「コロニーの規模は?」「そこまでは伝わって来ていないが、逆に言えば二千人規模の街を一夜にして滅ぼせる程度の戦力だという事だ。どうして遠隔で封鎖出来る検問を突破出来たのかは分からないが、恐らく第三隔離街へ侵入した時点で既に成熟したコロニーだったんだろうな」
そうして静まり返った中、志遠は頭を捻って考える。「第七と第三の検問にある防衛システムは同じ規格ですよね。封鎖は具体的にどうやるのか教えて貰えませんか?」「まず封鎖の原理だがこれは単純に昇降穴を鉄の扉で閉じるんだ。シェルターみたいにな。表面だけじゃなくて30mおきにも扉があるから第三なら10個以上の扉で穴を封鎖する事が出来る。この動作は何よりも優先されて籠に人が乗っている場合でもロープを引き千切って扉が閉められるな。
次に手法だが二つのやり方がある。一つは遠隔操作による封鎖。これは君たちも知っているだろうが町の交番に設置された緊急ボタンを一定時間内に複数個押す事で作動する」「二つ目はは検問官が緊急ボタンを押して閉める手法。俺達はいざと言う時のため常にパラシュートを持っていて、穴に落ちればとりあえずの危機から逃れる事が出来るからよっぽどの事が無い限りは初手で封鎖が出来る」
「第三で何があったかは分かないけど、二つのシステムが同時に壊れたとは考え辛いですね」「俺も同じ意見だ。第七もそうだが、街は洞窟を再利用している事が多い。勿論街につながる横穴は全て金庫よりも頑丈な扉で封鎖しているが、そっちは利用頻度が少ない代わりに簡単に封鎖が出来ないな。侵入経路は横穴の可能性が高いと思っている」
「どちらにせよ暫くは分からないでしょうね」「あぁ。同じシステムを使っているだけに、第七も落とされないか心配でならん」倭文はその言葉にピンと来て立ち上がり、嬉々として口を開く。「防衛システムの脆弱な箇所に対する情報」「……が、どうした?」「商談やんか。その情報に街は幾ら出せるん?」そう言って酷くいびつな笑みを浮かべた。
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