第51話 水地獄
ニャン兵衛ら猫どもに海へと沈められたニャン吉とワニ。
翡翠色の海は美しかった。その昔、兵庫県の知事がなんか言っていたが、彼の俄知識に反して瀬戸内海は緑色だ。
緑色に濁った海の中でニャン吉はワニを探した。彼の目は濁った水の中でも遠くまで見通せて、魚も驚くほどである。数メートル先にワニの硬そうな皮膚が見えた。
両手両足に尻尾まで絞め上げられているニャン吉であったが、芋虫の如く水の中で蠢いて思い通りの場所へ泳ぐ。
ワニの頭を顎で突ついた。すると、ワニもそれに反応する。ニャン吉はワニを縛る鎖を咥えると、芋虫の如く蠢きながら西を目指す。
それから1時間は潜水したまま泳いで行った。このような長時間も息をすることなく泳ぐニャン吉に心底驚かされたワニ。ニャン吉の顔を見ると、まだまだ余裕がありそうに思えた。
それからさらに数時間が経過した。潜水技術を相当鍛えていたワニですら限界をとっくに突破していた。何度も気を失いかけ、その度に再び酸素と巡り合うことを信じて何とか生きていた。
対して、平然とする白猫ニャン吉。そんな中でもワニは、この化け猫の体の仕組みを知りたくなる。その辺はさすが情報屋だ。
やっとニャン吉が浮上した。いよいよ空気と再会できると期待したワニであったが、再び海の底へと潜っていく。ここでワニは最後の力を振り絞って手足をジタバタさせた。するとニャン吉は『ガボボガボ』とかなり息を吐いて何かを言ったが、微笑むだけで行動に変化はない。
もはやこれまでと観念したワニの前に、空気の入ったペットボトルが現れた。ワカメが絡まって海中を漂っていたようである。いつもならば『マイクロプラスチックをドラマチックに撒くなやヒューマノイド』と苦言を呈するところだが、今回ばかりは救いの手に見えた。
ペットボトルに絡まった海藻類が、まるで千仏が来迎し御手を差し伸べて迎えに来たように見えた。
後わずかのところでニャン吉は急浮上し水面から顔を出す。ワニは九死に一生を得た心地だ。
『なんしよんや! 泳ぎにくいじゃろうが』
『グハア! グハア! スーハー……』
どれだけ経っても返事をしないワニに痺れを切らしたニャン吉は再び潜水しようとした。
『や……やめえや! お前化け猫か!?』
『なんや、海の水が辛いぐらい我慢せえや』
『そ……そっちじゃないわ! 何時間潜る気や! どれだけ息止めりゃ気が済むんじゃ!』
『……息って?』
素朴な疑問を投げかけたつもりのニャン吉であったが、ワニは息が止まりそうなほど驚いた。詳しく聞いてワニが恐れ入ったのは、ニャン吉にとって息継ぎは1日に1回くらいで大丈夫な事実である。
『おどりゃ地獄に落ちてもやっていけそうじゃの。水地獄なんかどうじゃ』
『地獄なんか信じとらんわ』
『お前見とったら神も仏もおる気がしてくるわ……。化け猫め』
『……そりゃええとして、ここどこや』
まさに迷子の子猫ちゃんである。
『次回「ここは」』
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