第49話 やられた

 両手足を縛られ後ろには海。前には極楽動物同盟の暗部、マタタビタバコを担当する頭目が立ちはだかる。もはや打つ手なしか。


 両手足を縛られて身動きが取れないニャン吉。隣には、今まさに鎖でグルグル巻きにされている情報屋のワニがいる。

『さあ、宇品港の藻屑になれや』

 白と黒の混ざりの猫である黒竹ニャン兵衛がそう言って笑った。彼の背中の模様が藤の花の家紋に見える。


(こうなったら)

 ニャン吉は縄を切ろうと、その手に仕込んでいた寸鉄カミソリを出そうとした。指の間に挟んで隠し持っていたカミソリの安全装置を外す。だが、カミソリの刃を出す前にその足をニャン兵衛に踏まれる。

『そりゃなんやニャン吉。指輪型の寸鉄でカミソリの刃をサバイバルナイフみたいに――ようできとるのこれ!』

『クソッ!』

 寸鉄カミソリを取られたニャン吉は次の手段に移る。


 ニャン兵衛の顔がよそを向いた。今が好機と口の中に含んでいた麻酔針をプッと吐いた。ニャン吉の吐いた麻酔針の速度は尋常ではなく、本人曰く、軽く時速300は出るらしい。だが、その針がニャン兵衛の額に届く直前、ヒョイと避けられた。

『麻酔針か。真実はいつもなんちゃらじゃの』

『すいばり作戦失敗じゃ……』

 とは広島弁で細かい針のようなもののことをいう独特で曖昧な言葉である。飛ばされた針は別の猫に刺さって、その猫は全身を痙攣させながら泡を吹き出した。その威力に驚いたのはむしろニャン吉の方であった。


 一瞬怯んだ猫たちに、ニャン吉は最後の一手を打つ。ニャン吉の頬にはチューブが1本刺さっており、普段は髭に擬態させてある。そのチューブの中に満たされた液体は、塩素系漂白剤と酸性洗剤など混ぜるな危険な物質を濃縮し混ぜたもの。


 そのチューブを舌を巻き付けて口元に運ぶ。そして、危険なガスが充満するチューブの中身を吸い込まないように気を付けて、チューブの端を咥えた。そして、両端の蓋を外した。

(とどめじゃ!)

 ニャン吉はチューブの一端を吹くと、反対側から混ぜるな危険のシャボン玉がフワッと出てきた。いくつもの危険なシャボンが宙を舞う。


 猫たちがシャボンを割ってやろうと手を伸ばすと、ニャン兵衛が『さわるな!』と血相変えて皆を静止した。猫たちはとっさにシャボンを避ける。シャボンの泡が通りすがりの蜂に当たり、蜂は一瞬で絶命した。


『毒じゃ! お前らそれにれんなよ』

『クソッ。やられた』

 ニャン吉はさらに混ぜるな危険シャボンを吹こうとするが、ニャン兵衛に取り上げられた。

『無差別殺人とは卑劣な猫じゃの』

『俺を殺そう思いよる奴がなに言いよるんじゃ!』

 最後の策である「混ぜるな危険なら混ぜて死ね作戦」も失敗に終わった。


 ワニは両陣営の所行を見て思った。

(どっちもどっちじゃのう)


『次回「海の日」』

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