第41話 標的変更

 宇品港にて記憶の戻った鹿三位と合流する。


 粉紅葉の吸引で全てを取り戻した鹿三位は、ニャン吉とこれからどうするか話し合った。

『……ほうか、今空き家に文化会の連中が避難しとるんか』

『ほうよ、はよ助けてやらんと』


『いや、それじゃ鷹派の思う壺じゃ』

『じゃがどうするんや……。あいつら待っとるんじゃが』


『私に考えがある』

 焦るニャン吉へ自分の考えを冷静に述べる鹿三位。彼はとんでもないことを提案した。


『こりゃええ機会じゃけえ、呉にある組を従えちゃろう思ってのう』

『呉の組って……鹿鬼組以外にもまだ広島になんかあるんか』


 旧市内の南端である南区。そこから東へ行けば、有名な熊野筆の作られる安芸郡熊野町がある。そこからさらに南下して海辺まで行くと造船業が盛んな呉市がある。有名な戦艦大和もここで造られたものだ。


 呉はなぜかヤクザの町という印象が強いが、そこまで危ない場所ではない。そのイメージは映画などの影響で誇張されたものである。だが、飽くまで誇張されただけであり、決して有名無実ではない。


 呉から南には音戸の瀬戸があり、遥か昔に平清盛が貿易のために開いたと言われている。清盛は音戸の瀬戸の工事を成功させるために、当時盛んだった人柱を廃止。代わりに経石きょうせきという御経おきょうを書いた石を沈めるのである。


 音戸の瀬戸を開いたかどうかは真偽のほどは不明である。だが、経石と言うのは兵庫県の経ヶ島という島から実際に見付かっている。経ヶ島の工事の時、清盛たちが法華経を石に書いて埋めて、人柱を使うことなく工事を行った実話である。


 呉から音戸大橋を渡った先の倉橋島がある。別名は宝島。その倉橋島から西の島へ行くと江田島がある。江田島の端から厳島は近い。


 鹿三位の考えでは、呉を押さえておけば、陸路は北西の広島市、東の東広島市とその先の竹原市。さらに東へ行けば辺ぴな所であるが空港がある。海路は呉の港がある。


『じゃけえ、ここをとりゃええわけよ』

『そりゃええの』

 ニャン吉の顔に邪王猫な笑いが浮かんだ。目は下三白眼で刀傷のように細く釣り上がり眉根に暗い影を落とす。口は裂けんばかりに上がって2本の牙を覗かせているが、中は真っ黒で見えない。


『じゃあ、呉の極楽動物同盟ごくらくどうぶつどうめい潰すで』

極悪動物同盟ごくあくどうぶつどうめい?』


『ニャン吉、極楽じゃ。極楽』

『ほうか、極楽じゃの』


『じゃが、極悪なんは確かよ。猫にも「マタタビタバコ」とかいうもん売りつけよるんじゃ』

『なんやそれ』


『中毒性の高い薬物じゃ。いっぺん吸ったらやめれんよなって、狂ったようになるんじゃと』

『そりゃいけんわ!』


 猫はマタタビを与えると狂ったようになる。


『次回「船の町・呉へ」』

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