第32話 いかれたやつら
血の跡をたどり森の中で虫歯四姉妹の遺体を見付けた鹿三位。その場から立ち去ろうとすると挟み撃ちにあった。
鹿三位を前後から挟み撃ちにする殺殺殺殺と角々鹿々。
春風が鹿々の角に結ばれた黒いシルクのリボンを揺らす。
殺殺の研ぎ澄まされた角先に紋白蝶が留まる。
鷹派の2頭は、その角を鹿三位に突き立てようと突撃した。前後から迫る角をギリギリまで引きつけて、鹿三位は1度フェイントをかけて横に飛んだ。
完璧に虚を突いたと思った鹿三位であったが、それは甘かった。
『ぐうう』
『おう、こりゃこりゃ俺の縄にかかったのう』
鹿々が予め仕掛けておいた縄の罠に引っかかったのである。左右の木に括り付けられた暗く濁った色の縄が首に巻き付いて取れない。
だんだんと青ざめる鹿三位の顔を見ようと、鹿々と殺殺が顔を寄せる。
『うふふ、いい表情しとるのう』といいつつ上から見下ろすように鹿々は見詰める。彼は剥製を作るのが生きがいだったため、その苦悶に悶える表情を眺めるため上から見下ろすのが癖になっていた。苦しむ顔を見詰める理由は芸術家のそれである。
『……死』と一言だけ言って、下から顔を見上げるのは殺殺の方であった。彼は、殺し方に非常なこだわりを持っていた。相手を殺す時、下から見た方が彼にとっては分かりやすいようである。食いしばった歯や、引きつった口元。そのこだわりは、寡黙な職人を思わせる。だが、そんな時彼は気分が高揚してポエムを作るのが癖であった。
『ああ、鹿三位。義賊の鹿。絡まった縄をもっとよく観せておくれ。その食いしばった歯でいい音を鳴らしておくれ。縄と蝿の字がとても似ているのは、絞殺した後に蝿が集るからなのだろうか』
その詩は、悪趣味の極みとしかいいようがない。
今薄れゆく意識の中、鹿三位は今までの生きてきた道を思い返していた。粉紅葉で一旗上げたあの日。父が裏切り者の汚名を被り死罪となった日。ボスへの忠義と怒りの葛藤の日々。そして、ニャン吉と出会ったあの日を……。
突然ニヤリと笑った鹿三位は、両前足を縄の所にかけた。ただの悪あがきと笑う鹿々と殺殺。
『ガッ、グッ』
『なんじゃあ鹿三位』
耳を寄せて断末魔を聴こうとする鹿々。すると、突如縄がスパンと切れて自由になった鹿三位は鹿々の耳を噛みちぎった。
『ぐおおお、耳がちょっと可愛そう!』
『やかましいわ! おどりゃもっと残忍なやり方で殺しよったじゃろうが!』
数時間前、ニャン吉に渡された寸鉄カミソリが鹿三位の足の爪の間から顔を覗かせていた。寸鉄カミソリは巴御前が愛用する発掘用古道具である。
ニャン吉は、以前見た奇々怪奇ファイリングというドラマで、バイクに乗った高校生を木に張り巡らせたピアノ線で首をカットするシーンがあった。それが縄だった時に縄を切断できるようにと手渡された物であった。
『ニャン吉、お前のこと覇道のクズじゃ言うたが、その悪知恵で救われたわ。力と勇敢さだけじゃ死んどったわ。私も悪知恵を発揮させてもらうで』
『次回「狂った追跡者」』
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