第28話 兵は神速を尊ぶ
兵は神速を尊ぶ。鹿の剥製をその場に放置して、風の如く引き返すニャン吉と鹿三位。
『ニャン吉、私は例の虫歯連中を保護しに行くけえお前は』
『分かっとる、厳島文化会の連中に知らせえ言うんじゃの』
軽く頷いた鹿三位。2匹は二手に別れようとしたが……。
『おっと! どこ行くんやおどりゃ』
茂みや木の後ろから現れた数頭の鹿たちが2匹の行く手を塞ぐ。すでに敵は手を打っていた。森の中でサッと2匹を円形に囲む。
『おどれは鹿三位じゃろうが! 殺殺様から殺せ言われとるで』
目が据わり、よだれを垂らしている鹿だ。この鹿たちは間違いなく鷹派の刺客だ。
鹿三位は前に出て鹿たちを一喝する。
『おい! お前ら殺殺殺殺の野郎が鹿鬼のボスと娘に幹部連中を皆殺しにしたんは――』
『知ってまーすのー』
目の焦点が合わない鹿が、舌をベロンと出しながら言った。そいつは、『うああ』と唸りながら隣の鹿の角を突然一舐めした。舐められた鹿は驚き顔をしかめてそちらを見る。そして、舐められた角を舐めた張本人の尻へぶっ刺した。
『ぐあああ、尻に刺さってダンゴー!』
『くっさいんじゃわれ!』
尻をすぼめて痛がる鹿を見て、笑いの輪が広がる。
敵が尻鹿に気を取られているその僅かな時間。鹿三位はニャン吉と策を練った。
『ニャン吉、お前は木に登って味噌汁のとこ行け。ヤツらは私が引き付ける』
『分かった。その代わり、虫歯姉妹は頼んだで』
2匹は顔を見合わせ頷いた。そして、鹿の間をすり抜けて2匹はそれぞれの任務に就いた。
1番近くにあった松の木に爪を立てて駆け登ると、そこから樹上を移動するニャン吉。
尻を押さえる鹿を突き飛ばして斜面を駆け下りる鹿三位。
彼らは同じ言葉を思っていた。
「三十六計逃げるに如かず」
「兵は神速を尊ぶ」
である。
樹上にて、木の枝を蛇のようにニュルニュルと先端に移動し、木から木へ飛び移るニャン吉。鷹派の刺客たちもその早業に度肝を抜かれ、呆然と白猫を見守るのみ。早々と追跡を諦めた。
――弥山を下山して、味噌汁の家を訪ねるが……、どこにも姿がない。家の人は皆涙を流している。
三浦家の人々が語る言葉を盗み聞きするニャン吉。
「こりゃ、臭すぎる……。どこ行ったんや! 出てこいや! 味噌汁」
「もう、味噌汁はなんでこんなもん持っとんね」
三浦家の奥さんが右手に摘んでいるのは、悪臭の王様、偽蘭奢待であった。あろうことか、味噌汁はよりによって今日、この蘭奢待を焚いてしまったらしい。
いたずらをしたと思われて怒った家族から逃げているようである。
『よりによってなんしよるんや!』と叫ばずにはいられないニャン吉。
刺客に狙われる筆頭の犬がプチ家出をするなんて。
『次回「鷹派の刺客」』
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